シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

オッドさんの女難……もとい幼女難 4

公開日時: 2021年9月22日(水) 05:15
文字数:3,629

 そしてマーシャとシオンがそんな恋バナ(?)をしている頃、レヴィはちょっとしたピンチに陥っていた。


 オッドと一緒に街中で買い物をしていたところで、見知った顔と鉢合わせてしまったのだ。


「げ……」


「あ……」


 呻くような声を上げたのはレヴィであり、それにつられて事態の不味さに気付いたオッドは逃げる準備をしようとする。


「………………」


「……どうします?」


「どうしますって、言われてもなぁ。もうあっちは俺達のことをバッチリ認識してるし」


「ですが、確証は無い筈です」


「それもそうなんだけど、あの目は確信しているよな。不味いなぁ。俺、エミリオンの時と違って変装はしていないし」


「そう言えば、エミリオンのパーティーで一度会ったと言っていましたね」


「そうなんだよなぁ。あの人のお嬢さんをちょっと助けた時に」


「相変わらず、お人好しがピンチを招きますね」


「ほっとけ」


「責めてはいませんよ。そこがレヴィらしさだと思いますし」


「むむ……」


「それよりも現状のピンチをどう切り抜けるかが重要です。最悪、ここで……」


「おいおい。物騒なことは考えるなよ?」


「しかし……」


「最悪でも記憶を操作するぐらいにしておけよ。リーゼロックに頼めばそれぐらいはしてくれるだろうし」


「そう言えばそうでしたね。その為には無力化が必要ですが」


「あはは。まあ、そうだろうな。でもひとまず話し合いからにしてみようぜ」


「いいんですか?」


「何がだ?」


「憎くないんですか?」


「う……それはまあ、そうなんだけど。でもなぁ。トリスに諭す立場だった俺が、ここで暴走する訳にもいかないというか」


「貴方らしいですね」


「うぅ……」


「分かりました。貴方に従います」


「悪いな。心配掛けて」


「もう慣れました」


「……そこは『そんなことはありません』とか言うところじゃね?」


「事実ですから」


「う~。すんません。いつもご心配おかけします」


「理解しているのなら、もう少し心配を掛けないように頑張って下さい」


「努力します」


 ということで、目の前にまで迫ってきた相手、エミリオン連合軍の高位将校であるギルバート・ハイドアウロ中将への対応は、話し合いから始めるということになるのだった。


「久しぶりだな。レヴィン・テスタール」


「……髪の色とか、目の色とか、違う筈なんですけど。よく分かりましたね」


 少しばかり意地の悪い笑みを浮かべて言うギルバートに、レヴィは曖昧な笑みと共に返事をした。


「それともレヴィアース・マルグレイトと言った方がいいかな?」


「そいつはとっくに死んだと思うんですけど?」


「そうだな」


「ちなみにそれ以上その話題を引っ張るのなら、俺の彼女が何をするかは保証出来ないので」


「………………」


 マーシャの凶暴さについては身に浸みすぎているギルバートだったので、僅かな身震いと共に苦笑した。


「心配しなくても、ここでどうこうするつもりはない。ただ、話をしたいだけなんだが、少しだけ付き合って貰えるか?」


「構いませんけど。場所はこちらで指定させて貰いますよ」


「構わない」


 レヴィは現在住んでいる家へとギルバートを案内した。




 ロッティに居る間の家としてマーシャが提供してきたのは、のどかな自然に囲まれた小さな屋敷だった。


 丘の上の小さな家、という表現が相応しいのだが、セキュリティはかなりしっかりしているし、小さな家というほど狭くはない。


 ただ、少し離れた位置から見たらそういう風に映ってしまうだけだが、部屋の数は十二もあるし、どちらかというと小屋敷という感じだろう。


 リーゼロックの屋敷とは違い、使用人はいない。


 自分達だけでのんびりと過ごせるように、マーシャが他の人間を入れていないのだ。


 掃除などはシオンが管制する自動機械に任せているし、基本的に人の手は必要無い。


 料理はもちろんオッド担当だ。


 案内されたギルバートは物珍しそうに家の中を見ている。


「今はここに住んでいるのか?」


「一応は。マーシャが提供してくれた家なので、いつ他の場所に移るかは分かりませんけどね」


 レヴィもこののどかな家のことは気に入っている。


 ここに外部の人間を招待するのは遠慮したかったのだが、ここにいるエミリオン連合の軍人がギルバートだけではないかもしれないので、話を聞かれる心配の無い場所に移動する必要があったのだ。


「そうか」


「一応、お茶を頼んでいいか?」


「……分かりました」


 オッドにしてみればもてなす必要を感じない相手なのだが、レヴィの指示では仕方が無い。


 三人分のお茶を淹れることにした。


 ついでにレヴィの好きなお茶請けも出しておく。


「娘さんはお元気ですか?」


「元気だよ。相変わらず君のことが忘れられないらしいが」


「……それは、困りましたね」


 ギルバートの娘であるティアベルを助けたのはただの気紛れなのだが、助けられた方にとっては特別な経験になってしまったらしい。


「まあ、あのマーシャ・インヴェルクが相手では分が悪そうだがな」


「うーん。否定出来ませんねぇ」


 相手がマーシャだと、あの小動物めいた雰囲気を持つティアベルでは分が悪い。


 それどころか、勝負にすらならないだろう。


 もっとも、レヴィ自身はマーシャを一番に考えているので、最初から勝負など成立しないのだが。


「えーっと。それで、エミリオン連合軍の重鎮様が、一般人であるこの俺に何の用なのでしょうか」


 このまま世間話だけを続けたい気分なのだが、そういう訳にもいかないので、レヴィは本題に入るように促す。


「それから、一応訊いておきたいんですけど、俺とばったり会ったのは偶然ですか?」


「会えたのは偶然だが、君がここにいることは知っていた。探すつもりでいたから、偶然ではあっても、必然でもある」


「う……ど、どうして俺を探していたんですか?」


「相当に後ろめたいことがあるような態度だな」


「そ、そんなことはないんですけど……」


 後ろめたくはない。


 むしろ恨みつらみがあるぐらいだ。


 しかしそれをギルバートにぶつけても仕方がないことぐらいは、レヴィにも分かっている。


 しかしギルバートが何処まで情報を掴んでいるかによっては、本当にこのまま帰す訳にはいかなくなる。


 最悪、記憶の操作ぐらいはしておかないと、自分達の安全が脅かされる。


「心配しなくても、君のことを他の人間に話したりはしていない。個人的に調べてはいたが、それも私の内に収まっているだけの情報だ」


「………………」


 そう言われて素直に信じるほどレヴィも純真ではないのだが、少なくとも害意が無いことだけは伝わってきた。


 仮にも自分は娘の恩人なのだ。


 酷いことはされないだろうと考えている。


「ロッティに来たのはファングル海賊団の調査ついでだな」


「………………」


 ファングル海賊団とエミリオン連合軍がぶつかったのは、一ヶ月前のことだ。


 エミリオン連合の調査員が何度かロッティにやってきたし、クラウスにも話を聞きに来たが、決定的な証拠は掴めないままだった。


 エミリオン連合軍の艦隊を壊滅させて、囲い込んでいたセッテ・ラストリンド博士も殺したのだから、エミリオン連合としてはそのままにしておく訳にもいかなかったのだろう。


 しかし一切の証拠を掴ませなかった為、エミリオン連合は大人しく引き下がるしかなかった筈なのだが……


「心配しなくても、調査というのは口実だ。私がロッティに来る為のな。まあ、適当に調査らしきものは行ったが、実りのある情報は見つからなかった」


「そうですか」


 見つかっていたら記憶を消さなければならないところだったのでほっとする。


 必要に迫られない限りは、他人の記憶に手を出したりはしたくない。


「見つからなかったからこそ、リーゼロックの仕業だと確信しているがな」


「………………」


「ここまで痕跡を消してみせる技術力の高さ、そしてエミリオン連合軍を全滅させるほどの戦闘力。私の知る限り、それが出来るのはリーゼロックだけだ」


「………………」


「まあ、あくまでも私の妄想だから、エミリオンに報告するつもりはないがな」


「………………」


 情を見せてくれているのなら分かりやすいのだが、これはどちらかというと貸しとして認識することを要求している感じだった。


 脅迫ではないが、圧力は感じる。


 その気になれば記憶を操作すればいいだけの話なのだが、ギルバートが正面から交渉を持ちかけている以上、話を聞くのが誠意ある対応だろう。


「調査も終わり、今は休暇中だ。たまたま、旅行先で休暇を取るように調整した。だから部下には何も話していないし、待機もさせていない。今更君自身をどうこうしようというつもりもないから、そこは安心してくれていい。もちろん、君の相棒も」


「………………」


「………………」


 レヴィの後ろに控えているオッドについての情報も持っているのだろう。


 先ほどから物騒な殺気を出しているので、レヴィとしてはなかなかにハラハラしてしまう。


 自分を護る為の決意だと理解しているからこそ、無理に止めるようなことはしたくないのだが、ここでギルバートに手を出されては困ることも確かだった。




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