シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

怒れる猛獣マーシャちゃん 4

公開日時: 2021年12月28日(火) 07:03
文字数:5,795

「それは災難だったな」


「本当にその通りだ。アマガセさんはこの件はラリー一家が裏で糸を引いていると判断したらしい。それで檻の中に入るついでに君に知らせて欲しいと頼まれたんだ。もうすぐここから出られるんだろう?」


「なるほどね。助かったよ。ありがとう。ええと……」


 名前を呼ぼうとしたらしいが、知らないことに気付いて困ってしまうタツミ。


「レヴィン・テスタール。レヴィでいいよ」


「ならレヴィで。俺のことはタツミでいいよ」


「了解。タツミ」


 それから詳しいことを話し合った。


 と言っても、お互いに知っていることはそれほど多くは無い。


 レヴィはリネスにやってきたばかりだし、タツミの方も八年間外界と接触していない。


 結局のところ、情報を共有出来たのはミアホリックの使用目的と、今後どうするかについてぐらいだった。


「レヴィのお陰で向こうの戦力増強を一時的に止められたからな。もし良かったらキサラギの方から解放して貰えるように圧力をかけてもらうことは出来ると思う」


「そいつはありがたい話だが、多分それには及ばない」


「?」


「俺にも心強い仲間がいるからな。あいつらがこの状況で黙っているとは思えないんだ」


 特に、マーシャがレヴィをこのままにしておくとは思えない。


 このまま放置していたら、怒り狂ったマーシャが猛獣さながらに暴れまくって檻の中に乗り込んできて、自分の前に現れるような気がする。


 実際にそんなことが起こったりはしないのだが、想像だけでもかなり愉快だった。


 直接檻の中に乗り込んで来ることは無いにしても、何らかの手段で解放してくれる筈だと確信している。


「それよりもタツミはどうするんだ? 釈放された後はキサラギに戻るのか? せっかく自由の身になったんだから、平和に暮らそうとか考えないのか?」


「考えない。俺はお嬢のところに帰る。お嬢お嬢お嬢お嬢お嬢に会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいっ!!」


「あ……やべ……」


 触れてはならない部分に再び触れてしまったようだ。


 ランカ・キサラギのことになると、タツミは理性を失うらしい。


 眼が病んでいる。


 しかしここまで来ると、ランカとタツミの関係も気になった。


 当時は八歳の女の子と、恐らく十代後半ほどの少年だった筈だ。


 恋愛関係になるには少しばかり歳が離れすぎている。


 しかしただの忠誠心と考えるには病みすぎている。


 一体どういう関係なのだろう。


 もっと怖い反応になりそうだと思いながらも、レヴィはおそるおそる問いかけてみた。


「聞いた話だとタツミはランカ・キサラギの護衛だったみたいだが……」


「護衛兼世話係だったな。学校の送り迎えから宿題の手伝いまでやってたし」


「宿題は自分でやらせろよ」


「もちろんそうしていた。分からない所を質問されたから、そこを教えていただけだ」


「家庭教師みたいなものか?」


「似たようなものかな。先生に訊くよりも分かりやすいって、お嬢には好評だったんだぜ」


「へえ。だったら教師になってもよさそうなのにな」


「教員資格は持っていないから無理。お嬢の世話係になってから、慌てて大学卒業資格は取ったけど」


「通っていた訳じゃないのか?」


「俺はミドルスクール中退だよ。その後、先代の当主に拾われてキサラギに入った」


「……頭が悪かったのか?」


「まあ、成績は最低だったけどな。肝心の学費が払えなくなったんだ。両親がいきなり交通事故で死んだからな」


「それは災難だったな」


「別に無理して通いたかった訳でもなかったし、学校を辞めて適当に働こうと仕事を探していたら、キサラギに拾われた」


「随分とタイミングがいいな」


「それがキサラギらしさでもある。自分が仕切っている街で困っている人間がいたら、可能な限り手を貸すのがキサラギの信条なんだ」


「随分とお人好しだ」


「それもあるけど、当然それ以外の理由もある。俺みたいな子供が仕事を探そうとしても、簡単には雇って貰えない。そうなると生きていく為には手を汚さなければならなくなる。治安維持を担っているキサラギとして、それはありがたくないのさ」


「しかしそれで困っている人間全員を雇っていたら切りが無いだろう」


「そうでもない。大陸北部をほとんど手中に収めているんだぞ。関連企業も多いし、仕事先の斡旋には困らない。それにそうやって恩を売っておけば、助けられた側はせっせと働くだろう? 結果として、自分達の利益になるってことさ」


 つまり人助けはしても無償の善意ではない、ということらしい。


 自分にも、そして相手にもメリットがある健全な行動だった。


「タツミも恩義に報いてせっせと働くクチか?」


「まあ先代には恩義を感じているよ。死んだと聞かされて残念だと思っている。こいつはアマガセのおやっさんが教えてくれた事だけどな。だが俺はそれ以上にお嬢を護りたい。小さい頃からずっと俺が護ってきたんだ。八年も離れちまっているけど、今更お嬢を護る役割を他に譲る気は無いね」


「ふうん」


 恋愛感情なのかと思ったが、少し違うのかもしれない。


 どちらかというと保護欲に近いのだろう。


 主人であり、妹のようであり、友達のようであり、そして恋人のようでもある。


 傍に居るのが当たり前で、離れている事の方が不自然で、だからこそこの八年は辛かったのだろう。


 一刻も早く主人のところに帰りたいと願っている。


 それがもうすぐ果たされるのだから、嬉しくない筈がない。


「つまり、お嬢にとっての俺は……」


 誇らしげに胸を張ったタツミは何かを言おうとする。


 そこからどんな言葉が出てくるのか少しだけ興味があったので、大人しくその答えを待っていたのだが……


「犬だなっ!」


「………………」


 酷い言葉だった。


 期待して大損した気分だ。


「この首にはお嬢の鎖が巻かれている。あ、もちろん精神的な鎖だぞっ! お嬢が飼い主で俺が飼い犬っ! でも愛玩動物じゃなくて護衛の猟犬なんだ。だから早くお嬢の所に帰りたいっ! ペットは寂しいと死んじゃうんだからなっ!」


「………………」


 コメントしづらい。


 自らを誇らしげに犬と言うタツミの頭部と臀部には、確かに犬耳尻尾の幻が見えたのだが、もふもふマニアのレヴィであってもそれに萌えたりはしなかった。


 むしろドン引きした。


 自分がもしもタツミの主人ならば、真っ先に捨ててしまいそうなぐらいにドン引きした。


 ランカ・キサラギはよくもまあこんなキワモノを制御出来ているなと感心するのだが、八歳の少女にそんなことが出来ていたとは思えない。


 そうなるとランカはただ振り回されていただけなのか。


 それとも何も分かっていなかっただけなのか。


 いや、八年間一度も会いに来ていないことを考えると、何も分かっていない訳ではなさそうだ。


 レヴィがめまぐるしく思考する中、タツミはお嬢お嬢とテンションが上がりっぱなしである。


 しかしミドルスクール時代の成績は最悪だと言いながらも、その後は自力で大学卒業資格を取得したことを考えると、本来そこまで頭は悪くないのかもしれない。


 むしろモチベーションに左右される性質なのだろう。


「出所はいつなんだ?」


「来週の頭だな。十二人殺した割には早い出所だと思うぜ」


「……皆殺しだったのか」


「あいつらはお嬢を殺そうとしたからな。当然の報いだ」


「………………」


 その声はぞっとするほどに冷たいものだった。


 自らを犬と言って憚らないアホっぷりを発揮した直後に、ここまで冷徹な殺気を放つことが出来る。


 この男も見た目通りではなさそうだと認識を改めた。


 一度の事件で十二人を皆殺しにしたという話だけでもその異常さを窺えるが、タツミは理由も無しに他者に危害を加えるような人間には見えない。


 短い会話の中でもそれぐらいのことは分かる。


「殺したのはラリーの人間ばかりだろう?」


「ああ」


「警察組織はラリー一家の操り人形だっていう印象なんだが、問題無く出所出来るのか?」


「当時のラリーは警察に対してそこまでの影響力を持っていなかったからな。マフィア同士の抗争で相手を殺した場合は、通常の殺人よりも服役期間が短くなる。もちろん仕掛けた側だとそうはいかないけど、応戦した側には情状酌量の余地がある。ある意味で正当防衛だからな。結果として八年間の服役をした訳だが、その間にあいつらは警察組織に影響力を持つようになった。だが、正当な裁判で決まった服役期間なんだ。今更それにケチを付けるなんて出来る筈が無い。それにラリーが警察に影響力を持っている分、キサラギはマスコミに影響力を持っている。ここで下手な真似をすれば、世論を敵に回す事になる。つまり手出しは出来ないってことさ」


「はあ。なるほど。どっちも阿漕だな」


 警察以上にマスコミの影響力の方が恐ろしい。


 何故なら上に立つものにとって、大衆の反応というのが最も有効な武器になるからだ。


 民に見放された王は、玉座を維持出来なくなる。


 北部の女王はそれを知っているからこそマスコミという大衆誘導システムを手中にしたのだ。


 そして南部の王は大衆が遵守するべき法を歪める剣を手にしている。


 どちらも相手の喉笛を食いちぎるには十分な威力を持っているが、それを決定打にするつもりはない。


 純粋な暴力で決着を付ける。


 それが両マフィアのやり方であり、矜持でもある。


「八年間、一度も主人や仲間が会いに来てくれない割には、意外と外の事情に詳しいじゃないか」


「その辺りはおやっさんが教えてくれるんだよ。身内は来てくれなくても、警官は来てくれるからな」


「それも微妙だなぁ……」


「おやっさんはキサラギの支持者だから、こっちも色々助けて貰っている。最近はラリーの眼が厳しくなっているみたいで、なかなか来られないらしいけど。だから今回の件をレヴィに頼んだんだろうよ」


「ふうん。まあいいけど。俺も近い内に出られるといいな」


「仲間の力がどれほどのものかは分からないけど、俺もここから出たらお嬢に協力を要請してみるよ」


「その時は頼む。いつまでもこんな所に居たくないし」


「どう見ても犯罪者って感じじゃないもんな、レヴィは」


「そう見えるか?」


 犯罪者ではないが、人殺しであることは確かだ。


 十二人を皆殺しにしたとタツミは言ったが、レヴィは軍人時代にそれ以上の人を殺している。


 何人殺したかなど、数えてもいない。


 戦闘機の撃墜だけではなく、戦艦も沈めているのだから、下手をするとその数は千を超えるだろう。


 その人数だけを考えれば間違いなく大量殺人犯なのだが、軍という組織の中ではそれが勲章となり、一兵卒から一気に少佐へと駆け上がるスコアになった。


「悪意から犯罪を犯す奴の眼はかなり濁ってるんだよ。さっきレヴィが痛めつけた奴らなんか濁りまくってるぜ」


「そこまでは見なかったけど、そういうものか?」


「ああ。レヴィの眼はそういう濁った感じがしない。澄んでるって訳でもないけど、それでも犯罪者って感じはしない。必要があれば殺人も躊躇わないけど、それは必要が無ければ誰も殺したくないって事だからな」


「………………」


 概ね当たっている。


 レヴィが今まで他人を殺した理由は、任務であり、自衛であり、成り行きでしかない。


 理由が無ければ誰一人殺したくないと考えている。


「まあ間違ってはいない。でも俺はタツミよりもずっと多くの人間を殺しているぞ。間違っても善人とは言えない」


「だろうな。だが悪人でもない。そんな感じだ」


「なら、何に見える?」


「うーん。そうだなぁ……」


 じーっとレヴィを見て腕を組むタツミ。


 そして納得したように手を叩いた。


「ずばり、職人タイプ。戦闘系で何らかの特殊技能があると見たっ!」


「正解」


 レヴィは満足そうに笑って頷いた。


「俺の本職は戦闘機操縦者だよ」


「ということは、宇宙飛行士?」


「そうだ。仲間と一緒に宇宙を旅している」


「へえ。面白そうだな」


「面白いぞ」


「でも操縦者にしては随分強いよな。宇宙飛行士っていうのは格闘技術も優れていないとなれないのか?」


「そういう訳ではないと思うぞ。しかし宇宙に出たらトラブルに巻き込まれる事も多いからな。自分自身を鍛えることは無駄じゃない」


「なるほど」


「今回は地上のトラブルだけどな」


「災難だったなぁ。こっちは助かったけど」


「そう思うならさっさと相手を潰してくれ。今後、他の奴らもこんなことに巻き込まれるかと思うと、かなり気の毒になってくる」


「最大限、努力はするつもりだよ。まあお嬢次第かな。向こうもそんなものを使うほどなりふり構わなくなってきてるんだったら、全面戦争だってそう遠くはないだろうし。そうなれば確実にどちらかが壊滅する。もちろん、こっちは負けるつもりなんて無いけどな」


「応援はしてやるよ」


「何だったらお得意の戦闘機で援護してくれてもいいぜ」


「そうしたいところだが、今は機体ごと没収されているからなぁ」


「あちゃ~……」


「もちろん取り戻すけどな」


 大事な愛機なのだ。


 このままにしておくつもりはない。


 リネス警察やラリー一家を壊滅させてでも取り戻す気満々だ。


 こうして、レヴィとタツミはそれなりに仲良くなるのだった。


 すぐに出て行くタツミはレヴィから必要な情報を得て、外に出た時は大暴れしてくれることだろう。


 いつまでここに居るか分からないレヴィも、マーシャがこのまま黙っている筈が無いという確信がある。


 そして一つだけ決めたことがある。


 タツミやキサラギが何をどうしようとも、レヴィは絶対にラリーを潰すと決めた。


 ワクチンと偽って麻薬を運び込んだ手口も気に入らないが、何よりも他人を騙して陥れ、簡単に切り捨てるそのやり方がレヴィの逆鱗に触れたのだ。


 そのやり方はエステリの悪夢を思い出してしまう。


 今回は死ぬような事にはならなかったが、やり口は全く同じだ。


 考えただけで胸くそが悪くなる。


 湧き上がってくるのは際限の無い怒りだ。


 しかし感情を爆発させるような事はしない。


 むしろ静かにその怒りを研ぎ澄ませ、そして解き放つ瞬間を待っている。


 マーシャと合流して、どうしてこんな事になったのかをシオンとシャンティに調べて貰い、そして決定的な証拠を突きつけてからラリーを攻撃してやる。


 その時のことを考えると、かなり楽しみだった。


 その感情が表に出て、レヴィは獰猛な笑みを浮かべていた。


「………………」


 それを真横で見たタツミは、物騒すぎる気配に苦笑してしまう。


 隣に居る相手は、見た目通りの気さくな男ではない。


 自分と同じように、いつか解き放たれることを待ち続ける獣なのだと理解したのだった。



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