シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

お子様のお守りは疲れるようです 3

公開日時: 2021年5月18日(火) 22:01
文字数:3,096

「……なあ、マーシャ。アレは本当に『博士』なのか? 『変態』以外の何者にも見えないんだが」


 そんな様子を眺めていたレヴィが改めてマーシャに問いかける。


 マーシャの方も気まずそうにため息を吐いた。


「だから『変態』で『天才』なんだ」


「つまり、馬鹿と天才は紙一重の変態ヴァージョンか?」


「いや。紙一重じゃなくて両立してるんだ」


「最悪じゃねえか」


「天才なのも事実だからタチが悪い」


「マジか」


「マジだ」


「………………」


 マジらしい。


 つまり、変態で、天才。


 最悪な組み合わせだった。


「ちょっと、アタシは変態じゃないわよ。自分に正直なだけじゃない」


 内緒話の音量で話していても、二人の会話はしっかり聞こえていたらしい。


 ヴィクターは不服そうに訴える。


 そしてぴっちりパンツの腰をぶんぶん振る。


 下品すぎるから縦に振るのは止めて欲しい。


「それで? そっちの無口そうですっごく美味しそうなイケメンは誰なのかしら? 紹介して欲しいんだけど?」


「………………」


 最後にオッドの紹介を促される。


 今までで一番熱っぽい視線を向けられたオッドが引きつった表情で後ずさる。


 大抵のことには動じない性格だが、今回ばかりは全力で逃げ出したいと思った。


 通信越しでも気持ち悪さの方が先立つ。


「レヴィの元同僚で、今はうちの砲撃手であるオッドだ。あと食事も作ってくれる。かなり美味しい」


 シルバーブラストの食事は元々自動機械の担当だったが、レトルトを温めるだけという酷い食事に不満を訴えたレヴィ達の要望により、オッドが台所に立つことになったのだ。


 栄養バランスは取れているし、味もそこまで悪くない筈なのだが、手料理に慣れているレヴィとシャンティには不満だったらしい。


 オッドはスターリットにいる頃から台所に立って料理を担当していたので、かなりの腕前だった。


 最初は必要だから始めたことだが、最近では趣味の域に達していて、それなりのレベルで作ってくれる。


 下手なレストランで食べるよりもずっと美味しい。


 砲撃手なのか、料理人なのか、時々分からなくなるぐらいの腕前だ。


 マーシャとシオンもオッドの腕前を認めてからは、自動機械よりも彼に料理を頼むようになっている。


 日常生活においては欠かせない大切な人材となっている。


 みんなの胃袋管理人こそが最強なのかもしれない。


「あら~。いいわね。アタシにも作ってちょうだいよ。食べてみたいわ」


「………………」


 直接対面するのは遠慮したいので、オッドは無言で後ずさる。


 そして困ったようにマーシャへと視線を向ける。


「オッドはうちの専属料理人だ。それに博士がどうやって食事をするんだ?」


「もう~。言葉の綾じゃない。つれないんだから~」


 容赦ないマーシャのツッコミに不満そうにむくれるヴィクター。


 しかしレヴィはその何気ない言葉を聞き逃さなかった。


 どうやって食事をするんだ?


 それは食事が出来ない身体ということだろうか。


 しかしどういうことなのか、怖くて訊けない。


 事実を知るのが怖いのではない。


 うっかりそんな質問をしようものなら、


『あら、アタシの秘密が知りたいの? ならベッドのなかでゆっくりと❤』


 などということを言われかねない。


 もちろんお断りだが、言われるだけでもおぞましいので、そんな展開は全力で避ける。


「じゃあ全員の紹介が終わったところで、そろそろ通信を切りたいんだが」


「待ってよ~。折角久しぶりの会話なんだから、もうちょっと楽しませて欲しいわ」


「楽しませて欲しいって、何をだ?」


「そうね~。じゃあアタシのことをもっと知りたい人とかいない? 質問タイムとか受け付けちゃうわよ?」


「「「………………」」」


 つまり暇なので雑談に付き合えということらしい。


 ここでへそを曲げられても困るので、仕方なく通信はそのままにしておく。


「誰か、質問はあるか?」


「………………」


「………………」


「………………」


 生まれた時からの付き合いであるシオンにとっては今更だし、レヴィとオッドにとっては会話すらも避けたい手合いなので、言葉はゼロだった。


 しかしここに勇者がいた。


 こんな変態相手にも無邪気な質問が出来る子供という特権を持った勇者がいたのだ。


「はいはーい。じゃあ僕からのしつもーん」


 シャンティ少年が元気よく手を上げた。


「はいはーい。可愛い子からの質問は大歓迎よ。何かしら? シャンティちゃん」


「博士の主張によると、心は女、身体は男なんだよね?」


「そうよ~」


「じゃあ女の子と男の子、どっちが好き?」


「もちろん男の子♪」


「そんなに男が好きならどうしてシオンを女性体にしたの? 自分好みの男性体にすれば良かったじゃない。そうすればマイスター権限で手を出したい放題だったんじゃないの?」


「こ、怖いことを言わないでくださいよーっ!」


 ニューラルリンクの中で髪の毛を逆立てさせたシオンがじたばたと暴れる。


 傍にいたらぽかぽかと殴っているところだった。


 いや、蹴っているかもしれない。


 それぐらいにおぞましい言葉だった。


「ご、ごめんごめん。そんなに怒るとは思わなかった」


「怒るですーっ! そんな恐ろしいことを言うシャンティくんなんて大嫌いなんですですーっ!」


「うわーっ! ごめん嫌わないでっ! 可愛い女の子に嫌われるとか、男として大ダメージだからっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」


 詰られるシャンティを庇う者は誰一人居なかった。


 どう考えてもシャンティの質問が酷すぎる。


 そんな様子を見てヴィクターも苦笑する。


 分かっていないお子様に対する哀れみの笑みでもあった。


「シャンティちゃんの質問の答えは、アタシは生身にしか興味が無いからよん。いくら可愛い男の子にしたとしても、生身の人間じゃないといろいろ楽しめないじゃない」


「でもシオンって生身に近い感じだよ? 食べるし、手も柔らかいし」


 シオンの手を引いて買い物をした経験を持つシャンティはそう訴えてみる。


 生身との区別が付かなければ、それはもうそういうことでいいのではないかと。


「他の人にとってはそれでいいのかもね。でもアタシはシオンの体構造を全て知り尽くしているからね。そういう訳にもいかないのよ。つまり、性的興味対象外」


「そういうもの?」


「そういうものよん」


 そういうものらしい。


 そういうことで納得しておいた方がいいのだろう。


「だから博士はそういうことを楽しめる身体じゃないだろうが……」


 やれやれとため息交じりにぼやくマーシャ。


 それが聞こえたのはレヴィだけらしい。


 やはりヴィクターの身体には何か秘密がありそうだ。




「さてと。じゃあ一段落ついたところでそろそろ終わりにしましょうか。後のことはマーシャに任せても大丈夫よね?」


「もちろんだ。後のことはこっちで進めておく。博士の助力が必要になったら一度ロッティに戻るから、それまでは好きにしてくれていいさ」


「そうさせてもらうわ。またね~♪」


 怖い笑顔を振りまきながら通信が切れる。


「ふう……」


 マーシャが疲れたようなため息を吐く。


 ヴィクターと接するのはかなりの疲労が伴うらしい。


「相変わらず博士は変態さんなのですよ~」


 シオンの方も疲れた様子でニューラルリンクから出てくる。


 そのままマーシャのところに行き、そして尻尾を頬ずりし始める。


「はふ~。もふもふで癒やされるのですです~」


「……お疲れ、シオン」


 もふもふで本当に癒やされるのかどうかは分からないが、疲れることを強いてしまったのは確かなので、好きにさせておく。


 自分の尻尾を幸せそうに頬ずりするシオンも、ある意味では変態さんの仲間なのではないかという疑問からは目を逸らしておいた。


 そこを直視すれば、レヴィこそを変態扱いしなければならなくなる。


 それは嫌だった。


 しかしその日も遠くないのかもしれない。





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