宇宙は限りなく広い。
その広い宇宙の中で、人が住める惑星はほんの一握りだ。
その一握りの居住惑星の九割方を管理している、という名目の組織がある。
エミリオン連合という名前のそれは、各星系に存在する居住可能惑星の管理と相互扶助を目的として形成された組織だった。
人類が母星から旅立って、最初に見つけた居住可能惑星。
セントラル星系第一惑星『エミリオン』と名付けられたその星は、人類が最初に移住した惑星でもある。
少なくとも、公式の記録ではそうなっている。
そこから新たな生活基盤を築き上げ、他の惑星へと開拓を進めるまで、五十年近くの時間を必要としたが、エミリオンやその周辺の惑星に眠る資源が豊富だったこともあり、人類の第二の故郷と呼べる場所での発展は順調に進んでいた。
それから百年は人類の本格的な宇宙開拓時代と呼ばれ、様々な居住可能惑星が発見され、移住が進み、人口も増えていった。
同時に、人類以外との知的生命体と遭遇するという問題も発生したが、表向きは順調に対処していったとされている。
「やれやれ。気乗りしない任務だぜ」
「大尉、あまりそういうことは公の場で口に出さないように」
「そんなこと言われてもなぁ。ぼやきたくもなるだろ、これ」
「気持ちは分かりますけどね」
エミリオン連合軍の基地内で、二人の男が愚痴を漏らしながら歩いている。
各惑星から有望な人材を募って形成されたエミリオン連合軍は宇宙最大規模にして、宇宙最強と言われている。
各国から一定数の人員を提供して貰い、予算も潤沢なので、自然とそうなるらしい。
しかし他国の脅威にはなっていない。
エミリオン連合軍はあくまでも宇宙の平和と管理を行う組織であり、他を支配する目的で運用されている訳ではないからだ。
しかし軍である以上、表沙汰に出来ない任務も存在する。
今回エミリオン連合軍第七艦隊が派遣される任務もそうだった。
亜人との内紛が絶えない惑星ジークスにおいて、サンプルとしての亜人の子供を出来るだけ確保すること。
それが今回の任務内容だった。
つまり、人体実験の材料を確保しようという任務だ。
表向きは救出とされているが、救出された子供がその後、どうなるかについては考えたくもない。
惑星ジークスはエミリオン連合に未加盟の惑星だが、亜人との戦争による疲弊の為、援助を申し出てくるついでに連合への加盟も要求してきた。
しかし世論は亜人に対する非道な行為を行っているジークスの連合加盟に否定的だった。
獣との混血じみた亜人のことは差別しているが、それでも非人道的な行いには眉をひそめるらしい。
矛盾した心理だが、感情でころころと変わる世論にそんな整合性を求めても無駄だった。
しかしそこに住む人々の支持が無ければ、政治家もやっていけない以上、変動の激しい世論にはある程度沿う必要がある。
少なくとも名目上は。
エミリオン連合は惑星ジークスの連合加盟による条件として、亜人の奴隷解放を求めた。
しかしジークスはそれを違う方法で実現しようとしている。
亜人の絶滅。
奴隷として働かせるのではなく、亜人そのものをジークスから絶滅することにより、後顧の憂いを無くそうという考えのようだ。
そして後の説明は『戦争による絶滅』とするつもりだろう。
エミリオン連合軍が仲裁に入った段階で、既に手遅れでしたというつもりだ。
そうしなければ、表向きは亜人の権利をも認めることになってしまう。
ジークスの住人にとって、それは出来ない相談だった。
和解するにはお互いを殺しすぎている。
亜人の方も、決して人間を許さないだろう。
それ以前に、この連合加盟は人間同士の契約であって、亜人には関係ない。
亜人の了承を得ていない以上、無理に戦争を止めたとしても、彼らが仕掛けてくる可能性は非常に高い。
だったら介入前に絶滅させてしまおうという考えになるのも当然だった。
そしてエミリオン連合もそれを黙認した。
それどころか、早期決着の為に最新装備を横流しにしたりもしていた。
装備の差が広がりすぎたことで、亜人は一気に劣勢へと追いやられ、絶滅の危機にさらされている。
ジークスの戦争が終わるのも時間の問題だろう。
しかしエミリオン連合には別の思惑もあった。
かろうじて生き残っているであろう亜人の子供を確保し、彼らの身体能力を研究しようという人間達がいる。
軍上層部も亜人の奴隷闘士の戦闘映像を見て、その有用性に気付いたようだ。
人間以上の戦闘能力を持つ彼らの秘密を探れば、軍の強化に繋がると考えたのだろう。
しかし人体実験など、表沙汰には出来ない。
身内の軍に命じて、こっそりと確保するのが限界だった。
そして運悪くその任務を命じられたのがエミリオン連合軍第七艦隊だった。
「腹が痛くなってきたとか言って、休めないかな?」
エミリオン連合軍第七艦隊所属のレヴィアース・マルグレイト大尉は嫌そうにぼやく。
赤い髪をガシガシと掻きながら、本気で嫌そうにしている。
金色の瞳には嫌だという気持ちがありありと示されている。
「大尉……それは無理でしょう……」
その隣で呆れたように呟くのは、彼の部下であるオッド・スフィーラ中尉だった。
ブラウンの髪にアイスブルーの瞳を持つ、落ちついた雰囲気の軍人だった。
少年らしい悪戯っぽさを残すレヴィアースに較べると、大人の落ち着きが感じられた。
端から見ればオッドの方が上司だと誤解されてしまうような二人だった。
元々、レヴィアースの方が年下ということもあり、余計にそう見えてしまうのだ。
レヴィアースは二十四歳、そしてオッドは二十五歳なので、一歳違いだ。
しかも士官候補生として軍に入ったオッドとは違い、レヴィアースは現場からの叩き上げでこの地位に就いている。
最初は二等兵から始まり、その実力だけで大尉にまで上り詰めている。
オッドは准尉から始まり、ようやく中尉に上り詰めた。
それでも十八歳で入隊した割には出世が早い方なのだ。
そして同じく十八歳で入隊したレヴィアースはわずか六年で二等兵から大尉にまで上り詰めている。
この出世速度は異常を通り越して驚異的だ。
しかし彼の出世に文句を付ける人間はほとんどいなかった。
一部の人間の妬みは存在するが、ほとんどの軍人はレヴィアースの出世に好意的だった。
オッドもその一人だ。
年下であり、士官教育すら促成でしか受けていない上官のことを、心から尊敬している。
レヴィアースの真骨頂は戦闘機の操縦であり、彼を戦闘機に乗せれば天才的なセンスを発揮する。
戦闘機による出撃回数も、敵の撃墜スコアも、群を抜いて優秀だった。
いつしか彼は『星暴風《スターウィンド》』と呼ばれるようになり、敵からは恐れられ、味方からは頼られるのを通り越して、信仰すらされる存在になっている。
戦闘機操縦者にとって、彼こそが目指す姿であり、理想でもある。
オッドにとってもそうだった。
多くの操縦者にとって、彼は生き神のような存在だった。
本人はその扱いを嫌そうにしているが、こういうのは本人が嫌がっても意味がないので、ため息交じりに黙認している。
「大体、そういうのは特殊部隊にやらせればいいじゃないか。俺たちは戦闘機部隊だぞ。現地に降りての極秘任務とか、畑違いだろ」
「それもそうですけどね。現在、特殊部隊は別の任務に駆り出されているそうなので、自分達が指名されたようです」
「……だったら他の部隊でもいいだろうに」
「往生際が悪いですよ」
「悪いかよ。子供をこっそり捕まえて人体実験の材料として引き渡すなんて、やりたくないに決まってるだろ」
「まあ、その通りですけど」
オッドも同感だった。
気分の悪くなる任務であることは間違いない。
しかし正式な命令である以上、軍人としての拒否権は存在しない。
「軍人である以上、仕方ありません。自分で軍人になることを選んだんですから、手を汚すことは受け入れましょう」
「………………」
「大尉?」
軍人である以上、呑み込まなければならない闇が存在する。
その覚悟が無い者は軍人失格だ。
少なくともオッドはそう考えている。
しかし目の前の上官がその類いだとは思いたくない。
尊敬しているからこそ、自らの覚悟には背を向けて貰いたくないと考えているのだ。
「そりゃあ、オッドは自分で選んで軍人になったからいいかもしれないけど、俺はなぁ……」
「え?」
オッドは士官候補生として、自分で選んで軍人になった。
てっきりレヴィアースもそうだと思っていたのだが、違うのだろうか。
「もしかして、違うんですか? 好きで軍人になった訳ではないと?」
「当たり前だろ。誰が好き好んで人を殺す職業になんか就くかよ」
「………………」
確かにその通りなのだが、ならばどうして軍人になったのだろう。
オッドが視線だけで先を促すと、レヴィアースも困ったように頭を掻いた。
ここまで興味を持たれているのなら、話さない訳にもいかないだろう。
それに隠すほどのことでもない。
隠したいことでもないのだから、話すことにそれほど抵抗は無かった。
今まで自分から話さなかったのは、嫌々軍人をしているという態度を表に出すのはよろしくないと思ったからだ。
しかしオッドは背中を預けられる部下だし、大事な友人だと思っている。
部下だが、兄のような存在でもある。
だからこれぐらいは打ち明けてもいいだろうと思ったらしい。
「俺は元々、エミリオンの出身じゃない」
「そうなんですか?」
それも初耳だった。
「俺はホルンの出身だよ」
レヴィアースの口から出たのは、徴兵制度のある惑星の名前だった。
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