「こら。マーシャとの約束を破るつもりか?」
「っ!?」
聞き覚えのある声にはっと目を開くトリス。
すぐ傍には蒼い戦闘機があった。
「レヴィさん!?」
「おう。もふもふマニアのレヴィ参上だ。助けにきたぜ、俺のもふもふ……もといトリス」
「……本音がダダ漏れなんだが」
「わははは。気にするな♪」
すぐ近くに来たレヴィはスターウィンドを停止させてから、宇宙服姿でトリスのところまでやってきた。
レヴィの宇宙服にはポータブルジェットが付いているので、ある程度は自由に動くことが出来るのだ。
「つーかまーえた♪」
ぎゅっと抱きつかれるトリス。
レヴィは本当に嬉しそうにトリスへと抱きついた。
この宇宙服の下にあの大きなもふもふが隠されているかと思うと、愛おしくてたまらなくなる。
一刻も早くシルバーブラストに連れ帰って、思う存分もふもふしなければという気持ちになっているのだ。
「………………」
本当に嬉しそうに抱きついてくるレヴィを振りほどけず、トリスは少しだけ嫌そうな顔になる。
子供扱いされているようで不快だったのだ。
「さーてと。スターウィンドはちょっと狭いけど、我慢しろよな」
ポータブルジェットを操作してから、スターウィンドまで戻る。
二次爆発が起こるまで、それほど猶予は無いだろう。
レヴィはなるべく急いでスターウィンドへと戻る。
操縦席に座り、トリスを荷台部分に押し込んでから、再びスターウィンドのハッチを閉じる。
「よし。これで落ちついたな」
「レヴィさん」
「ん?」
「その……あそこにある戦闘機は……」
「もちろん助けるぜ。俺も生身じゃ運べないし、あのハッチをこじ開けていたらきっと間に合わないからな。ビームアンカーで牽引していく」
「そうか。ならいい」
「でもいいのか?」
「え?」
「あれはファングル海賊団の一員だろう? みんな死んだ方が後腐れがなくていいんじゃないか?」
「……貴方からそんな言葉が出るとは思わなかった」
「もちろん俺の意志じゃないさ。だけどトリスの立場的にどうなんだ? 生かしておいてもいいのか?」
「……後のことは、後で考える。今は助けて欲しい」
「了解」
後のことは後で考える。
今のを凌がなければ、後先を考えることも出来ない。
確かに正論だった。
トリスの害になるようならマーシャが黙っていないだろうし、なんとかなるだろう。
それに身体を張ってトリスを助けてくれた相手だ。
犯罪者であっても、見殺しにするのは後味が悪すぎる。
「おーい、という訳で助けてもいいか? ファングル海賊団の誰かさん?」
レヴィは通信でシデンへと呼びかける。
すぐに返事が返ってきた。
「そりゃあ助けてくれると嬉しいが、あんたは誰だ?」
「トリスの保護者みたいなものかな」
「……家族がいたり保護者がいたり、頭目もなかなかしがらみが多いな。似合わないというか」
「なんだそりゃ」
「だってそこまで大事にされている奴が復讐なんておかしいだろ。護るべきものを全部無くして、他にやることが無いからこそ、人は復讐に走るんだと俺は思っていたぜ。それなのに頭目はこんなに沢山の誰かに想われている。だから似合わないと思ったのさ」
「だとさ。言われてるぜ、トリス」
「………………」
トリスは気まずそうに視線を逸らした。
沢山の誰かに想われているという事実を突きつけられて、それを振り切ってここまでやってきたことに対して色々と思うところがあるのかもしれないい。
「ビームアンカーで牽引していくから、ちょっと操縦桿から手を離して大人しくしていてくれよ」
「助かるぜ。そもそも、操縦系がイカレてて握っていてもどうにもならないんだ」
「そりゃあ致命的だな。とりあえず俺達の船まで連れて行く。ただし、トリスの不利になる行動をしないと確信出来るまでは捕虜扱いだ。それは了承してくれるか?」
「当然だな。了承するぜ」
「よし。まあ命懸けでトリスを護ってくれたんだから、その心配はしてないけどな。しかし仲間をほとんど見殺しにいた俺たちに助けられることに何か思うところはないのか?」
「俺たちは覚悟の上で行動を起こした。頭目も含めて、全員がここで死ぬつもりだった。命を拾ったのは儲けものだけど、他の奴らまで助けて貰えなかったからといって、恨むのは筋違いだろう」
「ならいいけど」
ファングル海賊団については最初から見殺しにするつもりだった。
相手は何人も殺している犯罪者集団だ。
良心が咎めたりはしないが、それでも後味は悪かった。
せめてトリスだけは助けようとそれだけを考えてここまで戦ってきたのだ。
オマケで一人助けられるのなら、それに越したことはない。
レヴィはシルバーブラストまでシデンの乗るベアトリクスを牽引していくのだった。
★
しかしシルバーブラストに戻ると、ベアトリクスを収容する訳にはいかないとマーシャに言われた。
「おいおい。待て待て。せっかくここまで助けてやったのに、見殺しにしろって言うのかよ。ちょっとあんまりじゃないか?」
頑張って牽引してきたのに今更殺すのは嫌だったので、レヴィはマーシャにそう抗議する。
しかし返ってきたのはマーシャの呆れた声だった。
「誰も殺すとは言っていない。ただ、その機体は収容出来ないと言っているんだ。シルバーブラストの許容量オーバーだ。スターウィンドを格納しなくてもいいなら受け入れも可能だけど、そのままずっと操縦席についているか?」
「……そうだった。それは困る。俺も困るけど、荷台で窮屈に収まっているトリスが更に困る」
「当たり前だ。丸一日もそんな状態で放置していたら命に関わるぞ」
「それは困る。疲労困憊でもふもふが荒れたら大変だ」
「………………」
「………………」
通信画面のマーシャと荷台にいるトリスの両方からジト目を向けられるレヴィだった。
ツッコミを入れるのもアホらしいと呆れられている。
「機体を捨てて人間だけで入り込むなら受け入れられる」
「分かった。という訳だ。海賊のおっさん、それでいいか?」
「構わないが、おっさんはやめろ。俺はおっさんなんて呼ばれる歳じゃねえよ」
「そうなのか? 声だけ聞くとえらい老けているんだけどなぁ。おっさんいくつ?」
「……二十六」
「うわっ! 二十六でその声かっ! ちょっと可哀想になってきた」
「……直接顔を合わせたら一発殴らせろ」
「命の恩人に免じて見逃せ」
「………………」
しょーもないやりとりが続けられている。
案外、レヴィと気が合うのかもしれない。
トリスは荷台で僅かに噴き出した。
シデンにこんな一面があることも意外だったが、こんなやりとりを眺められる状況が嬉しいと感じてしまう自分にも驚いていた。
「私から見たらレヴィも十分におっさんだと思うけどな」
「んなっ!?」
「確かに」
「トリスまでっ!!」
おっさん呼ばわりされたレヴィが号泣する。
まだ十代の二人から見れば、確かに三十路過ぎのレヴィはおっさんと言えなくもない。
客観的な事実として受け入れ……られない。
少なくとも恋人からおっさん呼ばわりされるのはダメージが大きすぎる。
「ううううううう……」
さめざめと泣きながらベアトリクスのハッチを開く作業を行う。
制御系がダウンしているので、手動開閉が必要になる。
最低限の工具はスターウィンドに積んであるので、ハッチを開くことはそこまで難しくなかった。
「ううううううう……」
「……初めて見る命の恩人の顔が泣き顔っていうのは、なんだか微妙な気分だな」
気密ヘルメット越しにさめざめと泣いているレヴィを見て、シデンは呆れ声でぼやいた。
助けて貰ったのはありがたいのだが、あまりにもアホらしいやりとりに少しばかり辟易している。
先ほどまで殺伐とした戦闘をしていたとは思えないぐらいのほのぼの加減だ。
「とりあえず、三人は無理だから。スターウィンドの翼にでも捕まっていてくれ。なるべくゆっくり格納庫に入れるから」
「スターウィンド?」
「ん? ああ、この機体の名前だ」
「すげえ名前を付けるなぁ」
「そうか? 名前を付けたのは俺じゃなくてマーシャだけどな。気に入ってるぜ」
「もしかして、知らないのか?」
「何を?」
「『星暴風《スターウィンド》』のこと」
「……知ってる」
「なんだ。知っててその名前の戦闘機に乗るなんていい度胸してるな」
「……まあ、そのあたりは、ノーコメントということで」
レヴィは気まずそうに視線を泳がせる。
まさか自分のことですとは言えない。
「?」
シデンは不思議そうにしているが、トリスの方は面白そうな表情でレヴィを見ている。
「言えばいいのに」
その声はからかいが混じっていた。
「言えるか。恥ずかしい」
「どのみち操縦を見られればバレると思うけど」
「うぐ……」
レヴィの操縦を見れば一発で『星暴風《スターウィンド》』を思い出すだろう。
しかし今後の展開次第では操縦を見せるどころか、二度と会わないかもしれないので、敢えてバラす必要も無いと思ったのだ。
★
そして三人ともシルバーブラストへと戻ってきた。
「おかえり、レヴィ」
「おう。ただいま、マーシャ。うりゃっ!」
「ふぎゃっ!?」
マーシャが格納庫まで迎えに来ると、レヴィはすかさずマーシャの尻尾をぎゅっと握った。
「何するんだーっ!」
じたばたと暴れるが、尻尾を掴まれたままなので力が入らないマーシャ。
レヴィはそれを知っていてわしゃわしゃと尻尾を撫で回す。
「ふにゃうっ!」
「よくも人をおっさん呼ばわりしてくれたな。このこのこの。もふってやるもふってやるもふってやる。ああ、もふもふ幸せ……」
「ただもふりたいだけだろうがーっ!」
「わははは。そうとも言う。ああ幸せ」
「離せーっ!!」
「すりすり」
「馬鹿ーっ!」
結局、何とかレヴィの魔手から逃げ出したマーシャが締め上げることで決着がついた。
「まったく。シリアスな戦闘の後なんだから、もう少し真面目にやったらどうなんだ」
「いててて。ガチで関節極めなくてもいいだろうに」
「問答無用」
「うぅ……」
しょんぼりなってしまうレヴィだが、この程度でめげるような彼ではない。
「トリス」
「断る」
「なっ!?」
「もふもふはさせない」
「なんでだーっ!?」
「マーシャのあんな姿を見て、俺が了承するとでも思ったか?」
というよりも、マーシャのあんな姿を晒したことに腹を立てているトリスだった。
トリスですらも見たことの無い表情をあっさりと引き出したレヴィに嫉妬しているのかもしれない。
「こうなったら襲ってやるーっ!」
「甘い」
「ふぎゃっ!」
襲ってきたレヴィの腕をねじり上げ、関節を極める。
マーシャ以上に容赦の無い対応だった。
「いだだだだだっ! ギブギブトリスギブ!!」
じたばたと暴れるレヴィは動けなくなるまで消耗してしまうのだった。
「なんっつーか、平和だな」
そんな様子を呆れたように見るシデン。
シルバーブラストの客人は戸惑いながらも目の前の光景を受け入れていた。
「復讐三昧の海賊団に較べたら、そりゃあ平和に決まってる」
横からマーシャが苦笑混じりに頷く。
「それもそうか。海賊団も消滅したようなもんだし、俺も平和な生活に馴染んでみるのもいいかもしれないな」
「そういうことなら協力しようか」
「具体的にはどういう協力をしてくれるんだ?」
「就職先の斡旋とか」
「………………」
「住む場所の斡旋とか」
「至れり尽くせりだな」
「トリスを護ってくれたからな。その程度の恩返しはするつもりだ」
「俺が好きでやったことだから、気にしなくていいんだけどな」
「弟さんの写真とか、持ってる?」
「なんだ、いきなり」
「見てみたいから。どういう部分をトリスと重ねたのかと思って」
「顔立ちは似てないぜ」
シデンは胸元からロケットペンダントを取り出す。
そこにはやんちゃ盛りの少年の姿があった。
シデンによく似た少年だった。
きっとシデンが少年の頃もこんな顔立ちをしていたのだろう。
「確かに似てないな。でも、何でトリスと重ねたのかは分かった」
「え?」
「見ていて危なっかしい感じがするからな。放っておけなかったんだろう?」
「………………」
「理屈じゃなくて、心で感じる何か。きっと、そんなものなんだ。理由なんて」
「……かもな」
どうしてトリスを弟と重ねたのか、本当のところは理解していない。
だけどそれでいいのかもしれない。
心がそう感じたのなら、赴くままに行動するのが正しいと信じるから。
「トリス」
マーシャはトリスの前に立った。
「なんだ?」
「おかえり」
「……ただいま」
「うん」
マーシャは泣き笑いでトリスに抱きついた。
トリスも泣き笑いの表情でマーシャを抱きしめた。
お互いに離ればなれになった家族。
ようやく本当の意味で帰ってきてくれた。
ようやく本当の居場所に帰って来ることが出来た。
まだ問題は残っているが、今はそれだけで十分だった。
二人はしばらくお互いの体温を確かめ合うように抱き合い続けるのだった。
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