「よし。行くか」
マーシャは尻尾だけではなく、髪の毛の一筋まで逆立たせながら操縦桿を握る。
最大限の集中を発揮している姿だ。
ヘッドギアタイプの同調装置を頭から被り、シオンとの同調率を最大にした。
この同調装置はシルバーブラストのシステムそのものになっているシオンと同様に、船とシオンとの同調率を最大にするものであり、スクリーンによる視界認識ではなく、この船全体の感覚を認識出来るようになるものだ。
もちろん電脳魔術師《サイバーウィズ》ならぬ生身でそんなことをすれば、凄まじい情報圧で脳が焼き切れてしまうところだが、マーシャはそれに耐える訓練を積んでいたし、数時間程度ならば耐えられることも実証済みだ。
レヴィがこの原始太陽系を抜けるのにかかった時間は五時間二十二分。
とりあえずそれを目標にしてみようと決めた。
「シオン。行くぞ。同調率は最大にしているから、機械よりも勘どころを優先して進んでくれ」
「了解ですです~。大丈夫です。マーシャとあたしならきっと無傷で突破出来るですよ~」
「そうだな。レヴィに出来たんだ。こっちは二人だ。出来ない訳がない」
二人とも自信満々だった。
「みんなも気が向いたら手伝ってくれ。シャンティは情報解析と対応、オッドは砲撃でよろしく」
「ああ」
「了解」
オッドはあまり気乗りしなかったのだが、自分を含めたみんなの安全がかかっている以上は、協力しない訳にもいかなかった。
もちろん、シオンが危険な目に遭うことが一番耐え難いのだが。
しかし当のシオンも含めてノリノリなのでどうしようもない。
自分に出来ることでシオンを、そしてみんなを護るだけだった。
そしてシャンティも記録を取ると同時に自分も参加出来ることが楽しくて仕方がないようだった。
割とノリノリである。
「なーなー、俺は?」
「レヴィはもう楽しんだだろう? 今回はおあずけだ」
「えー……」
危険極まりない原始太陽系突破を『おあずけ』扱いする神経が凄まじい。
しかし不満そうにしているレヴィも大差ない。
「仕方無いなぁ。まあ副操縦席でのんびりと眺めさせて貰うよ」
「そうしてくれ。負けないからな」
「へいへい」
「レヴィの記録を抜いてやる」
「えー。抜かれるのはなんか悔しいなぁ」
「こっちは四人がかりだぞ。抜けない方がおかしい」
「むー。それはそうかもしれないが」
それでも抜かれるのは悔しいと思うレヴィだった。
そしてレヴィを抜いた四人は、原始太陽系に挑んだ。
メインで活躍したのはマーシャとシオンだったが、シャンティとオッドも微力ながら手伝いをしていた。
シャンティは少しでも情報を解析して、マーシャ達の役に立っていたし、オッドも大きめの岩石を砲撃で破壊していた。
次から次に襲いかかってくる脅威からも、マーシャは操縦で乗り切り、シオンは天弓システムで乗り切り、ついには原始太陽系を突破して見せた。
その記録、なんとレヴィを抜いて五時間二分。
レヴィの記録を二十分も塗り替えてしまった。
「う~ん……疲れた~。でも、達成感はあるなぁ……ふふん」
原始太陽系を抜けたシルバーブラストは自動操縦に切り替え、今はシオンもニューラルリンクから出てオッドの膝に抱っこされている。
マーシャはぐったりとソファに寝転がっていた。
全身汗びっしょりのグロッキー状態だが、レヴィの記録を抜けたのが嬉しいらしく、ニヤニヤとしている。
「マーシャ」
「ん~」
レヴィがマーシャの頭を持ち上げて、膝枕をしてやった。
「ん~♪」
マーシャは嬉しそうに膝にすりすりする。
「いい腕だな。負けるとは思わなかった」
「ん~。まあ、勝った訳でもないと思うけど。こっちは四人がかりだし。レヴィはたった一人であのタイムだし」
「まあそれもそうか」
汗で濡れているマーシャの頭を、それでもなで続けるレヴィ。
大きな手に撫でられて、マーシャはご機嫌そうに目を閉じる。
「疲れた」
「そりゃそうだろうなぁ」
「レヴィは疲れなかったのか?」
「もちろん疲れたけど。母船に戻って自動操縦のままロッティまで戻ったからな」
「なるほど。じゃあ私も眠ろうかな」
「操縦は?」
「自動」
「いいのか?」
「今回はいい」
いつもは自分で操縦したがるマーシャなので、長時間の自動操縦は好まないのだが、今回は疲労回復を優先したようだ。
レヴィの膝の上で安心したように眠るマーシャは、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
「きゅ~。疲れたのです~」
「お疲れ」
「オッドさんもお疲れですです~」
大好きなオッドに膝抱っこされているシオンはご機嫌な様子でもたれかかっている。
「俺は砲撃にだけ注意していたからな。そこまで疲れてはいない」
「そうですか~」
「シオンは疲れただろう?」
「かなり~」
「寝るか? 自動操縦なんだろう?」
「はい~。ベッドまで運んで、ぎゅっとして欲しいです~。目が覚めるまでず~っと」
「分かった」
「えへへ~」
見ている方が当てられそうなほどのラブラブっぷりだった。
オッドもデレデレはしていないが、シオンへの態度がかなり甘くなっている。
クールな態度のままだが、ひたすらシオンを甘やかしている姿は、十分にデレていると言えるだろう。
「みんなラブラブだよね~」
シャンティだけが一人寂しく呟いていたが、それを聞いているのは誰も居なかった。
「いいもんいいもん。僕にはヴァーチャル彼女がいるもん」
危険も無くなったので、自分の端末を起動してネットワークに接続する。
そしてVR空間にフルダイブして、ヴァーチャル恋愛ゲームでロリ系彼女と楽しく過ごすのだった。
巨乳系彼女とどちらにしようか迷ったが、シオンの姿を見ていると、少しだけロリに走りたい気分だったのだ。
自分もショタな外見なので、ロリコンにはならないだろうという思惑だ。
「久しぶりだね、シャンティくん」
「うん。しばらくダイブしてなくてごめんね~。ローザちゃん」
「寂しかったよ~」
ぎゅっと自分に抱きついてくるヴァーチャル彼女のローザに、シャンティは少しだけデレそうになる。
リアルでもこれぐらい可愛い彼女が居てくれたらなぁ……などと考えてしまうが、無いものねだりをしていても仕方無い。
お姉さん達には可愛がられるが、特殊な環境にいる為、同世代の女の子とはなかなか縁が出来ないのだ。
マーシャなどはシャンティを心配して学校に通うことを提案してきたが、まともな学校に通ったことのない状態でいきなりミドルスクールに馴染めるとも思えなかったので、丁重にお断りしておいた。
学校に通うことに興味が無い訳ではなかったが、学校に通うよりも、みんなと一緒に過ごしたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
「今日はしばらく一緒にいられるの?」
「うん。一緒に居られるよ~。ローザちゃん」
「やったぁ。シャンティくん大好きっ!」
「でしょでしょ~」
ぎゅっと抱きついてくるローザにシャンティがデレデレしてしまう。
よく考えたら虚しいことなのだが、楽しむことも含めてゲームなので、シャンティはデレデレしておくことにした。
ローザを構成しているAIプログラムが言わせているのだということを考えたら、もっと虚しくなってしまう。
それからローザとのデートを半日ほど楽しんでから、シャンティはログアウトしてリアルに戻ってきた。
「はぁ~。やっぱり行動パターンはすぐに読めちゃうよねぇ」
AIの行動パターンはすぐに解析出来てしまうので、攻略に苦労することはない。
それはつまり、彼女を作りたい放題ということなのだが、それはそれでかなり虚しいものがある。
それを開き直って楽しめるほどにシャンティ少年は擦れた性格をしていなかった。
まだまだピュア少年なのだ。
「どこかに言語集積学習タイプじゃなくて、本物の知性を持ったデジタル人格の美少女がいたりしないかなぁ」
こんな時に思い出すのはあの変態博士ヴィクター・セレンティーノのことだった。
彼はオリジナルが死亡した後にその脳細胞を元にして作られたコピー人格であり、言語集積学習タイプのAIとは根本的に違う。
彼を造った研究者達の思惑からは外れた存在になっているが、それでもあれこそが本来の知性を持ったデジタル人格と呼べるものだろう。
人格の複製なので、厳密にはAIとも言えないのかもしれない。
どこかにあの変態と同じような自立人格がいてくれたら、自分は全力で攻略するのかもしれない。
「……って、ないない。そんなレア美少女探すよりも、リアルで美少女探した方がもっと成功率が高いことは明らかじゃんか」
ぶんぶんと首を横に振る。
電脳魔術師《サイバーウィズ》という特殊な能力を持っている所為で、デジタルやネットワーク寄りに願望が傾いている気がする。
これはどうにかしなければならないだろう。
「誰か可愛い彼女を紹介してくれないかなぁ。リアルで」
買い物以外は基本的に引きこもりのシャンティにはかなり厳しい相談だった。
もう少し成長すれば合コンなどにも参加出来るかもしれないが、今の外見ではそれも厳しい。
「うーん。我慢かなぁ……」
しょんぼりしながら、それでも今の生活に不満がある訳ではないので、シャンティはほんの少しのため息交じりに自分の部屋へと戻るのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!