それから、レヴィアースの言う『かなり酷い扱い』を経て、マティルダとトリスの二人はようやく安全圏まで逃げ出すことが出来た。
それまでの扱いはレヴィアースの言葉通り、かなり酷かった。
しかし文句を言える立場でもないし、レヴィアースが好き好んでそんな扱いをしている訳ではないことも理解していたので、二人はじっと耐えていた。
たとえ仲間の死体袋と一緒に荷物扱いされようとも、文句は言わなかった。
その後こっそりと自分達の死体袋を引き抜かれて、宅配便で配送されたことについても、じっと耐えた。
レヴィアースは裏街道の人間の手も借りて、軍に気取られることなくマティルダ達をジークスから脱出させることに成功していた。
その手腕はかなりのもので、あまりの手際の良さにオッドが呆れていたほどだった。
少なくとも違法行為であることに違いはない。
それなのに、驚くほど手際がいい。
どうしてそこまで手際がいいのか、オッドには分からなかった。
レヴィアースは知り合いの電脳魔術師《サイバーウィズ》に昔いろいろと便利なことを教えて貰っただけだと言った。
電脳魔術師《サイバーウィズ》とは生身でネットワークに深部介入する能力を持つ人間のことであり、その大半は電脳犯罪者だと言われている。
そんな人間との繋がりを持っていたことも驚きだが、彼らが軍人であるレヴィアースにそこまでの手ほどきをしていたというのも意外だった。
しかしオッドには顔も知らない他人の気持ちがなんとなく分かるような気がした。
レヴィアース・マルグレイトという人間は、不思議と人を惹き付ける魅力があるのだ。
男女問わずに、なんとなく手を貸してやりたくなるような、不思議な魅力がある。
放っておけないような気持ちにさせられる。
レヴィアースは部下からも慕われているし、上司からもそれなりに可愛がられている。
一般入隊どころか、志願入隊ですらないレヴィアースがこの年齢で大尉という立場に上り詰めているのは、本人の実力はもちろんのことだが、それと同じぐらい、その人柄によるものだろうとオッドは考えている。
実力だけあっても、出世は出来ない。
出世に必要なものは、人脈や人柄、そして運なのだ。
そしてレヴィアースは他人から憎まれにくいという、不思議な人柄をしている。
もちろん恐れる人は居る。
特に敵はレヴィアースを恐れている。
宇宙海賊からは驚異的な操縦者として、かなり恐れられているし、彼らのブラックリストにも既に掲載されているだろう。
レヴィアースが出世の道を順調に進んでいるのは、彼に対する妬みや嫉みなどが極端に少ないからだとオッドは考えている。
そしてそれは部外者にとっても同じ事なのだろう。
だからこそ裏の人間からもある程度慕われている。
それからレヴィアースは溜まっていた有給をまとめて消化した。
大きな作戦も入っていないので、上も問題なく長期休暇申請を受け入れてくれたのだ。
レヴィアースはこれから惑星ロッティへと向かうことになっている。
セントラル星系から高速船でも一週間はかかる道のりだ。
現地の行動も含めて三週間の休暇を取っている。
「……本当に一人で行くつもりですか?」
ロッティへ向かうのは、マティルダ達を支援する為だった。
惑星ジークスから惑星間宅配便で脱出させたまではいいが、彼らもそろそろロッティへと到着している頃合いなのだ。
ロッティの人間と通信で交渉して、コテージの一つを長期で借りるように頼んであるので、荷物はそこに運ばれるようになっている。
荷物を受け取って、鍵を玄関に置いたらすぐに出て行くように指示してあるので、今頃は二人も箱から抜け出してのんびりとしているだろう。
人間に変装出来る服装とヴィッグは渡してあるので、現地での行動に支障は無いはずだ。
お金もある程度は渡してある。
ロッティで動いてくれる人間への報酬も含めてかなりの出費になったが、レヴィアースは気にしなかった。
あの二人を助けると決めた以上、出費を惜しむつもりもなかった。
「さすがにあのまま放り出す訳にはいかないだろ」
「あそこまで助けてやれば十分だと思いますけどね」
「助けた以上はある程度の責任を持つ。それが出来なければ助ける資格なんてない。動物を拾う時の覚悟と同じだよ」
「確かに動物でしたけどね」
「そういえば、あの尻尾気持ちよさそうだったなぁ。会ったらもふらせてくれるよう頼んでみようかな」
「………………」
確かに気持ちよさそうではあったのだが、自分が犯罪行為をしている状況でそこまで和まれても困る。
もっと緊張感を持って欲しい。
道徳的には何一つ悪いことをしている訳ではないのに、エミリオン連合の軍人としては完全に違法行為をしているという事実に、やりきれないものを感じたりもするのだが、その矛盾を今更考えても不毛なだけだった。
「俺も一緒に行ければ良かったんですけどね」
オッドが悔しそうに言う。
オッドとしてもここまで関わったのだから、あの二人がどうなるかをある程度は見届けたいという気持ちもあった。
しかしレヴィアースが長期休暇を取る以上、副官であるオッドに仕事が集中することになる。
二人が同時に長期休暇を取る訳にはいかなかった。
出発の日だけは無理をして一日だけ休みを取ったのだ。
明日からはかなり忙しくなるだろう。
「悪いな。仕事の方は任せるぜ」
「貸しにしておきます」
「おう。借りとくぜ。何か手を貸して欲しいことがあったらいつでも言えよ」
「そうします」
こんなことでレヴィアースに貸しを作れるのなら、安いものだという気持ちもあるが、オッドはレヴィアースへの貸しを取り立てるつもりもなかった。
力になりたいという気持ちだけで十分なのだ。
「では大尉。お気を付けて」
「おう」
高速船に乗り込むレヴィアースを見送ってから、オッドは無事を祈るのだった。
★
その頃、マンションの部屋に運ばれた『荷物』であるマティルダとトリスが顔を見合わせていた。
二人で同じ箱に詰め込まれていたのだ。
「もう出ても大丈夫かな?」
「大丈夫だと思う」
箱はかなり頑丈で、防音も完璧だった。
機密性も高いが、その上で酸欠にならないように携帯空調の機械も入れられており、薄暗いなかでも二人は我慢出来た。
一週間以上の時間をこの箱の中で過ごした訳だが、身動きが取れない状況でも二人はじっと耐えた。
排泄その他についての問題も、屈辱的なものはあったが、耐えた。
ジークスから安全圏に脱出する為に、どうしても必要なことなのだと言われたら、耐えるしかなかった。
レヴィアースが自分達を助けようとしていることは疑っていなかったし、ここまで来たら信じる以外に助かる道は無かったからだ。
外部の様子も確認出来るようになっていたので、マンションの部屋に到着して、中に居る人間が出て行ったのを確認したら箱から出てもいいと言われている。
そして箱を受け取った人間は、そのまま出て行ったのだ。
彼はレヴィアースが雇った現地の人間らしく、箱の中身には興味が無いようだった。
人の気配が無くなって、二人は箱のロックを解除する。
一応、外の様子を確認した。
マンションの中の綺麗な部屋には誰も居ない。
二人は箱の中から出て、一息吐いた。
「はあ~。窮屈だった」
「同感。ここ、レヴィアースさんが借りてくれた部屋なんだろう?」
「うん。そうみたいだな。レヴィアースが来るまでは好きに使っていいって言われてるけど」
「外には出たら駄目だとも言っていたな」
「それは仕方ない。非常時以外は大人しくしているしかないだろう」
一応は人間の子供に見える変装グッズを貰っているが、それでも子供二人が見知らぬ土地をうろついてもろくな事にはならない。
「………………」
「………………」
「とりあえず、シャワーでも浴びてきたら? マティルダ、すごい臭いだよ」
ジークスに居た間も三日に一度合同で風呂に入れればいい方だった。
そしてその状況で更に一週間も身体を洗えなかったのだ。
確かに酷い臭いになっていた。
しかしそれはトリスも同様だった。
「トリスも人のことは言えないけどな」
「それは分かってるけど、マティルダが先にどうぞ。こういうのはレディーファーストって言うんだろう?」
「……じゃあ遠慮無く」
ジークスに居た頃は男女関係なく浴場に放り込まれていて、そんなことは関係なかった。
子供だということもあったのだろうが、男女別に入浴を分けるような贅沢はする必要もないと思っていたのだろう。
だからマティルダはトリスと一緒に入浴したこともあるし、そのことに対してなんとも思っていない。
しかしそれを気にするだけの余裕が出てきたのは、少しだけいいことなのかもしれないと思った。
余裕が無い状況よりは、ある方がいいに決まっている。
「………………」
マティルダは一人でシャワーを浴びていた。
シャワーを浴びる間、湯船にお湯も溜めてみた。
汚れてしまった身体をしっかりと洗って、臭いを取る。
レヴィアースがここに来るまでに、綺麗にしておきたかった。
自分を助けてくれた相手に臭いなどということは思われたくなかったのだ。
「………………」
そして自分がそんなことを考えられることに、感動してしまった。
誰かに対して自分を取り繕う。
それはこんなにもワクワクすることなのだと、新鮮な感動だった。
「ふふふ……そっか。これって、ワクワクするってことなんだな」
湯船に身体を入れて、思いっきり伸ばす。
小さなマティルダが入ると、手足を伸ばしても余裕がある。
この空間でお湯をたっぷり使えることの贅沢に、また感動する。
初めての経験ばかりで、楽しいと思える自分に戸惑っていたが、不思議とすんなり受け入れられる。
それはこの環境を与えてくれたのがレヴィアースだからだろう。
他の相手だったらもっと警戒していた。
しかしレヴィアースのことは、不思議と疑う気になれない。
最初は警戒心から襲いかかってしまったが、彼が自分を助けようとしていることをすんなりと信じられたのは、直感以外の何物でもなかった。
しかしその直感こそを、マティルダは何よりも信じている。
自分が信じるものは、自分で決める。
自分が信じたものは、裏切らない。
そういう直感に従って生きている。
その直感が、レヴィアース・マルグレイトは信じられると告げているのだ。
だからマティルダはレヴィアースを信じる。
そして初めて人を信じることが出来た。
その気持ちは、マティルダにとって、とても温かで、そして嬉しいものだった。
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