そしてすぐにスターウィンドから通信が入った。
「おーい。生き残りがいたぞ」
「本当か?」
のんびりとしたレヴィの声だが、少しばかり切羽詰まっているようにも聞こえる。
「何人だ?」
マーシャが生き残りの数を尋ねる。
保護するのなら客室や医療器具などを準備する必要がある。
船の大きさは三万トン級であり、あの大きさならば五人以上ということは無いだろう。
個人所有の船はそれほど大人数を乗せるようには出来ていない。
このシルバーブラストも大きさこそ十万トン級だが、推進機関やフラクティール・ドライブなどの機能部分が大半を占めている為、不自由なく暮らして行くには今の人数が限界だろう。
訓練場や娯楽スペースを省けばもっと広く使えるだろうが、そんなことをするつもりはない。
長くなることもある宇宙の旅において必要不可欠なものは、少なからず存在するのだ。
「生き残りは一人だけだ。他に死体も無い。どうやらこいつの個人所有らしいな」
映し出されたのは腹部から血を流して死にかけている男だった。
ブラウンの髪にも血が混じっており、顔も負傷しているらしい。
「助かりそうか?」
「すぐに来てくれればな」
つまり、見捨てることも出来ると言いたいらしい。
マーシャ次第だと言っているようなものだ。
試すようなその態度に苦笑したマーシャは、すぐに向かうと返事をした。
マーシャはすぐにレヴィの所へ向かい、負傷者の男を救出した。
客室に移動させてから、医療用のオートマトンを向かわせる。
そして治療プログラムを起動させる。
難病の治療などは難しいが、数千パターンもの治療プログラムが組み込まれているので、死にかけの大怪我ぐらいなら、人間の手を必要とせずに治療してくれる優れものだ。
ヴィクターが創り上げたものなので、その性能は信頼出来る。
シルバーブラストには予備も含めてこの医療用オートマトンが三台存在している。
倒れた男の状態を認識した医療用オートマトンは、すぐに治療を開始した。
組織再生処置も施し始めたので、これで問題無いだろう。
「シオン。念の為、オートマトンの管理を頼んでいいか?」
「お任せなのです~」
シオンは倒れている男の傍について、医療用オートマトンの管制を担当する。
シオン自身は医療技術を持たないので、動作不良が起こらないかを監視するだけだが、機械だけに任せるよりは、誰かが傍で管制していた方が安心出来るだろう。
治療と管制はシオンに任せることにして、マーシャは船を調べ始めた。
生き残った管制頭脳の調査を行う必要があったので、シャンティにも一緒に来て貰う。
ドッキングしたので宇宙服に着替える必要は無く、二人は私服のまま船に乗り込んだ。
操縦室へと向かい、早速調査を開始する。
「管制頭脳は半分以上破壊されている。恐らく、救難信号の発信を阻止したかったんだろうな」
「らしいね。だったら頭脳全部を破壊すれば良さそうなものだけど」
「面倒だったんじゃないのか?」
「それとも逃げるのを優先したかったとか?」
「その辺りは分からないし、興味も無いけど。とにかく調べてみてくれないか」
「了解。ちょっと待って」
シャンティは死にかけの管制頭脳に接続を開始する。
人間ならば数十倍の時間をかけてじっくり調べなければならないところを、シャンティは生身で機械と接続する電脳魔術師《サイバーウィズ》の特性を活かして、ぐいぐいと侵入していく。
電子の世界を泳ぐ少年は、みるみるうちに必要な情報を集めていった。
接続時間はおよそ五分。
それだけで必要な情報は全てゲットしたらしい。
接続を解除したシャンティは、その情報をマーシャの持つ端末へと送った。
「分かったのは大体こんなところかな」
「お疲れ様。戻ったら検証してみよう。この船はどうしようか……」
「放っておいても問題無いんじゃない? どのみちこの有様なら、修理をするにも結構な金額になりそうだし」
「そうだな。船まで曳航してやる義理は無いしな。後で警察が来るだろうから、そっちに任せようか」
「そうだね。じゃあその前にちょこっとここの管制頭脳にお願いしておくね」
「?」
「僕たちが犯人じゃないってことを、調べた時に証明してもらおうと思って。この船の操縦者を救出した映像を残しておけば、誤解されることも無いと思うし」
「そうだな。それで頼む」
「おっけ~」
レヴィがこの船の持ち主を救出した映像を、簡単には消されないようにロックを掛けて保存しておく。
ついでにこれ以上のデータ崩壊を起こさせないように、壊れかけた頭脳の情報領域にもロックを掛けておいた。
解除パスワードは簡易式にしておいたので、後で警察が調べに来た時にはかなりやりやすくなっているだろう。
仕事を完了させたシャンティは立ち上がる。
「じゃあ戻ろうか、アネゴ」
「ああ。戻ろう」
二人は仲良く自分達の船に戻り、ドッキングを解除してその宙域から離れた。
★
自動操縦に任せて惑星リネスへと向かいながら、マーシャはシャンティから受け取ったデータの解析を進めていた。
しかしその間に救出した男の治療が完了したという知らせが入ったので、レヴィに知らせておいた。
「もうすぐ目が覚めるみたいだから、様子を見に行ってくれないか。ついでに色々と話を聞いておいてくれ」
「了解」
助けた以上はレヴィの仕事なので、文句を言うこともなかった。
レヴィはそのまま客室へと向かう。
眠っている男の傍には医療用オートマトンが控えていて、治療は完了しているので、今はバイタルデータの受信のみの待機モードとなっている。
バイタルに異常が出たらすぐに処置する為のモードだ。
しかし今のところ、バイタルは安定しているようだ。
脳波をチェックすると、もうすぐ覚醒することが分かる。
そしてすぐに男の瞼が開かれた。
「……ここは」
意識不明だった男はぼんやりとした様子で目を開けた。
ゆっくりと起き上がって、きょろきょろと辺りを見渡している。
ここがどこなのかを確認しているのだろう。
船乗りにとって、自分が今何処に居るのかを真っ先に確認することは本能のようなものなので、レヴィもそれを黙って見ていた。
その間に男の様子を観察する。
髪の色、瞳の色は共にブラウンで、年齢は四十代前半ぐらいだと思われる。
顔立ちはまあまあ整っており、荒事をそれなりにくぐり抜けてきたような雰囲気も備えている。
堅気の船乗りであることは確実だろうが、かといって非合法に関わっていない訳でもないらしい。
もっとも、その関わりは主に戦闘、ぶつかり合いによるものだろうと予想する。
自衛の為の、或いは護衛の為の戦闘といったところだろう。
今回の件がそれを分かりやすく示している。
ここがどこだか分からずに首を傾げているのを見て、ようやくレヴィも口を開いた。
「お目覚めかい?」
「あんたは?」
男が問いかけてくる。
ブラウンの瞳が訝しげにレヴィを見つめていた。
不信よりも戸惑いの方が大きいようだ。
そんな男の様子にレヴィは肩を竦めて、それから流れるような口調で次々とまくし立てていった。
「俺はレヴィ。ここは俺達の船であるシルバーブラストの中で、あんたのいる場所はその客室だ。で、俺達は遭難していたあんたを助けた。以上」
「…………?」
一気にまくし立てられたので、男は訳が分からずきょとんとしていた。
目が覚めたばかりで、まだ上手く頭が働かないらしい。
そんな男にレヴィは悪戯っぽく笑った。
「予め質問されそうな事を先回りして答えてみたんだよ」
「……なるほど」
男は納得して、言われたことを整理してみる。
レヴィ、というのは目の前に居る相手の名前だろう。
シルバーブラストはこの船の名前。
つまりここは地上ではなく宇宙空間であり、しかも他の宇宙船の中ということになる。
そして今いるのがその客室であり、レヴィと名乗った彼が自分を助けてくれたらしい。
「………………」
そこまで整理して、自分がどういう状況にあったのかを思い出した。
そして自分の現状も思い出してしまった。
真っ先に確認しなければならないことも、思い出してしまった。
「ワクチンはっ!?」
「は?」
いきなり言われて、レヴィの方が首を傾げる。
「ワクチンは無かったか!? 俺の傍に銀色のアタッシュケースがあった筈だっ!」
「あー……もしかしてこいつの事か?」
レヴィはベッドの下に置いてあったアタッシュケースを持ち上げる。
中身は見ていないが、爆発物の有無ぐらいは確認しておいたので、そのまま持ち込んできたのだ。
男はアタッシュケースを受け取ってからほっと息を吐く。
ロックがかかっているのですぐに開くことは出来ないが、無事だったのでほっとしたらしい。
「良かった……」
「大事なものか?」
「ああ。何万人もの命がかかっている大事なものだ」
「………………」
何だか話がきな臭くなってきたぞ……と眉をしかめるレヴィ。
「俺の船がどうなったのか、教えて貰えないか?」
「動ける状態ではなかったからな。船は捨ててあんただけ回収してきた。戻る必要があるのならそうしても構わないが、どうする?」
惑星リネスに向かってはいるが、急ぎの用事がある訳ではないので、緊急性が高いのならこの男の件を優先しても構わないと考えている。
マーシャには後で怒られるかもしれないが、彼女はレヴィの願いには大抵応えてくれるので、宥めておけば問題無いだろう。
しかし男は首を横に振った。
「……いや。俺の船が動ける状態ではないのなら、戻ったところで意味が無い。もちろん回収には向かうつもりだが、それはこの際後回しだ。それよりも頼みたいことがある」
「何だ?」
「命を助けて貰っておいて更に頼み事をするのはこの上なく厚かましいと分かっているが、何万人もの命がかかっている。どうか聞き入れて欲しい」
「内容による」
「……そうだな」
「だからあんたの事情を説明しろよ。時間が無いのはなんとなく分かるが、こっちは何が何だかさっぱりなんだぜ」
「そうだったな。すまない。助けて貰った礼もまだだった。感謝する」
「ああ。それで、何がどうなったんだ?」
なるべく急ぎたいのを何とか自制して、男は事情を話し始めた。
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