「えへへ~」
「………………」
結果として、シオンと一緒に出かけることになった。
地上まで降りるだけではなく、レース会場へのシャトルバスも出ていたので、そちらを利用することにした。
「スカイエッジ・レースですか?」
「ああ。知っているのか?」
「マーシャに詳細データを出して貰うように頼まれたですよ。だからある程度のことは知ってるです」
「そうか」
「なんか天翔石の取引材料に使うとか言っていたけど、どんな風に使ったのかまでは分からないです。レースそのものよりも、被害データや機体データの詳細を知りたがっていたので、安全性に関することだとは思いますけど」
「なるほどな」
「折角なので各社の機体データも一緒に渡しておいたですよ~」
「それは、公式の?」
「機密データですです♪」
シオンはこっそりと俺の耳に呟いた。
流石に人の耳があるところで堂々とは言えないらしい。
「………………」
各社の機密データをあっさりと抜き出す手腕は、流石の電脳魔術師《サイバーウィズ》といったところだろうか。
シオンはシャンティ以上の電脳魔術師《サイバーウィズ》なので、その程度は朝飯前なのだろう。
「あんまり危ないことはするなよ」
「心配してくれてるですか?」
「当然だ」
「えへへ~」
シオンは嬉しそうにはにかむ。
自分を心配してくれる誰かがいてくれるのが嬉しいのかもしれない。
俺としては子供がリスクの高い犯罪行為に手を染めることが嫌なだけなのだが、マーシャがそれを必要だと判断したのなら、責める筋合いも無いのだろう。
それにシオンの様子からして、この程度はリスクでも何でもないようだし。
「大丈夫ですよ~。あたしは電脳魔術師《サイバーウィズ》としては最強ですから、この程度のことじゃビクともしないのですです」
「見た目はそう思えないのが微妙なところだな」
「え~? 最強っぽくないですか?」
「普通に子供っぽい」
「む~っ!」
ぷくっと膨れるシオン。
この表情に子供っぽい以外の何かを見出せというのは無理だろう。
シルバーブラストに居る時のシオンはそれなりに頼もしい。
天弓システムを制御している時に精密コントロールなどは舌を巻くほどだ。
人間ではない彼女の人間離れした一面を見せられる時は、一種の神々しささえ感じる時もあるが、それは口には出さない。
こうやって普通の子供として扱うのが、シオンの健全な成長を促す一助になれると思っているからだ。
「むくれるな。子供なんだから、子供らしいのはいいことだろう。少なくとも、子供らしくない子供よりはずっといい」
「そういうものですか?」
「ああ。無邪気に楽しむのは子供の特権だからな」
「じゃあめいっぱい楽しむですです~。ワガママもいっぱい聞いて貰うですです~」
「それは遠慮して貰いたいんだが……」
めいっぱい楽しんでくれるのはいいのだが、ワガママを言うのは勘弁して欲しい。
マーシャやレヴィ、それにシャンティ相手ならば構わないが、俺にそれが集中するとしわ寄せが凄そうだし。
「オッドさんは優しいから、つい甘えたくなるですよ」
「………………」
「それに押しに弱いから、つい強引に行きたくなるですよ」
「それはやめろ」
押しに弱いのを見抜かれて強引に行くとか、悪女の手法じゃないか。
勘弁して欲しい。
「そんな優しいオッドさんがあたしは大好きですよ~」
「そういう台詞は彼氏が出来た時の為に取っておけ」
「今は居ないのでオッドさんに大サービスなのですです」
「しなくていい」
「またまた照れちゃって~」
「………………」
「いひゃいれふ……ごめんにゃふぁいでふ……」
調子に乗りすぎているので、少しお仕置きしておいた。
シオンの柔らかい頬をつまんでからぐいっと引っ張る。
少し強めに引っ張っているので、シオンもかなり痛がっている。
涙目になって謝ったところで、解放してやった。
「う~。オッドさんは怒りっぽいのですです」
「怒らせなければいいだけのことだろう」
自分ではそこまで怒りっぽいつもりはない。
むしろ普段はなかなか怒らないと思う。
「怒りっぽいつもりはない。シオンたちが的確に俺を怒らせようとしているだけだ」
「え~。オッドさんを怒らせるつもりなんてないのに」
「………………」
そうは見えないんだがな。
むしろ面白がっているだろう?
「ちょっとからかって楽しんでいるだけなのに」
「………………」
「いひゃいれふ……ごめんにゃふぁいれふ……」
また引っ張っておいた。
これは怒ってもいいと思う。
「俺はからかわれるのは好きじゃない」
「うう~。分かってはいるんですけど……」
「………………」
「からかうと面白いですから、やめられないですよ」
「またひっぱられたいのか?」
「ごめんなさいです」
自分の頬を両手でガードするシオン。
これで引っ張れないと思ったのだろうが、げんこつという手段が残っていることを忘れている。
頬にガードが集中した分、頭が隙だらけだ。
もっとも、現状でそこまでするほど鬼になるつもりもないのだが。
★
「………………」
観光として外の景色も楽しむという理由もある所為で、バスの速度はかなり遅い。
外の景色も楽しめるので不満はないのだが、時間がかかるとつい眠ってしまうのが困りものだ。
高速バスを利用すれば三分の一以下の時間で目的地に到着出来るのだが、今回はのんびりタイプの通常バスを利用したので、かなり時間がかかっている。
シオンははしゃぎ疲れたのか、俺によりかかって静かな寝息を立てている。
「………………」
すうすうと寝息を立てる寝顔はあどけなく、見ていて微笑ましい気持ちになったりもするのだが、目が覚めるとかなり騒がしくなるので、このまましばらく眠っていて欲しいとも思う。
だったら最初から連れてこなければいいのだが、押しに弱い所為でこうなってしまった。
天空都市、というほどではないが、浮島にある小さな建物や集落は、かなり幻想的な光景ではある。
のんびりと流れていく景色は目に楽しい。
シオンには退屈だったようだが、俺にはかなり楽しめた。
そうやって移動していると、目的地であるスカイエッジ・レースの会場に到着した。
首都からはかなり離れているが、こういった辺境の方がコース作りに都合がいいのだろう。
「シオン。着いたぞ、起きろ」
「ふにゃ~……」
むにゃむにゃとしながら目を覚ますシオン。
しかしまだ意識が本調子ではないようだ。
先ほどまで熟睡していたのだから無理もない。
早く降りないとバスが動けない。
仕方なくシオンの手を引いてからバスを降りた。
「可愛らしい娘さんですね」
「………………」
降りる前に運転手に掛けられた言葉が心に突き刺さる。
……俺はまだ娘がいるような歳じゃない。
「………………」
いや、年齢的には小さな子供がいてもおかしくないかもしれないが、シオンの外見年齢は十五歳ぐらいだし、流石に大きすぎるだろう。
しかし彼女に見られるよりはマシか?
それだとロリコンになってしまうからな。
いや、父親扱いも結構きつい。
「………………」
深く考えたらかなり凹んだ。
「ふにゃ~? どうしたですか? オッドさん」
むにゃむにゃしながらシオンが見上げてくる。
手は繋いだままなので、ますます保護者というか、父親っぽくなっている。
「何でもない。シオンは気にしなくていい」
「そうですか? ところでここはどこですか?」
「スカイエッジ・レースの会場だ」
「到着したですね?」
「ああ」
「誰に賭けるですか?」
「さて。どうしようかな」
「……決めてなかったですか?」
「見物するのが目的だったからな」
「飛翔券を買わなくても中に入れるですか?」
「原則的には入れない」
「でも子供も中にいますよね?」
会場の中には子供もいる。
スカイエッジが駆け抜けるコースはかなりの長距離なので、常に近くで見ることは出来ないが、中心にホログラムディスプレイが投影され、そこからリアルタイム中継の映像を見ることが出来る。
臨場感をたっぷり味わうことが出来るし、終わったら機体はこの会場に戻ってくる。
戻ってきた操縦者達を観客が歓迎する訳だ。
その中には大人だけではなく子供の姿もある。
「基本的に飛翔券を購入出来るのは大人だけだが、一定以上の枚数を購入することにより、同行者も入場することが出来るという仕組みだ」
「なるほど~」
「じゃあオッドさんはあたしの分の飛翔券も購入してくれるですね?」
「まあ、そういうことになるな」
「誰の飛翔券を購入するですか?」
「そうだな……」
俺はホログラムディスプレイに映し出される次のレースの詳細データを見る。
元々操縦者にも機体にも詳しくはないので、誰に賭けても同じだとは思うのだが、どうせなら賭けたいと思える相手がいい。
「………………」
しかし知識が無い状態ではさっぱり分からない。
仕方が無いので一番倍率の高い奴に賭けることにした。
どうせ当てることは二の次というか、割とどうでもいいのだ。
だったら大当たりした時に面白みがある方がいい。
まあ、十中八九負けるだろうが。
倍率が高いということは、弱い操縦者ということだからな。
十枚分の飛翔券を購入した。
入場に必要なのは五枚なので、シオンの分も含めると十枚購入する必要があったのだ。
十枚の飛翔券を提示して、会場の中に入る。
会場の中はほぼ満席だったが、辛うじて二人分の席を確保した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!