シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

約束の指輪《エンゲージリング》 2

公開日時: 2021年5月20日(木) 22:55
文字数:6,749

「まあ、スターウィンドに積みたいのなら、機体の大きさが今の五倍になることを覚悟するんだな」


「それは困る。つーかそこまででかくなったら既に戦闘機じゃねえし。操作感覚が狂うどころの問題じゃねえよな?」


「だからやめておいた方がいい。長距離移動なら母艦であるシルバーブラストがあるから、必要ないだろう?」


「そうだな。まあちょっとした好奇心だから気にするな」


「それなら仕方ないな。私にもよく分かる。シルバーブラストで実用化するのがすっごく楽しみだし」


「だよな~」


 そんな話をしつつ、のどかな時間を過ごす。


 のんびりとした時間が流れ、それが心地いい。


「………………」


「………………」


 何もない時間。


 マーシャはそこに不満などない。


 しかしレヴィにとってはそうもいかなかった。


 マーシャはレヴィの隣にいられればそれだけで満足だが、レヴィの方は明確な目的があってマーシャと一緒にいるのだ。


 ここで目的を果たさなければここ数日の悩みが無駄になってしまう。


 いや、無駄にはならないかもしれないが、それでも今が最高のタイミングなのだと自分に言い聞かせる。


「レヴィ?」


 悩んでいるレヴィを不思議そうに見上げるマーシャ。


 何か悩んでいることがあるのなら話して欲しい。


 力になりたいと、純粋に想ってくれている。


 その気持ちが嬉しい。


 だからこそ、はっきりと言わなければならない。


 そして渡さなければならない。


「うーん……」


 思いっきり悩んで、迷った末に、レヴィは大きく息を吸った。


「すー、はー……」


「あの、レヴィ?」


 いきなり挙動不審になったレヴィにちょっとだけ引くマーシャ。


 しかしレヴィはマーシャを逃がさなかった。


「ちょっと手を出してみな」


「え? あ、ああ」


 言われた通り左手を出すマーシャ。


 レヴィはその手を取って薬指に金色の指輪を嵌めた。


「え? え?」


 きょとんとしたままその指輪を眺めるマーシャ。


 意味が分からないらしい。


 どうしてそんなものを、そんな場所に嵌めてくれるのか、理解が全く追いつかない。


 嬉しさよりも戸惑いの方が大きい。


「やるよ」


「………………」


 どうやら指輪をくれるらしいと悟った時には、マーシャが真っ赤になっていた。


 ようやく意味を理解したらしい。


「え? ええっ!?」


 この指輪の意味が分からないほど察しが悪いマーシャではない。


 指輪とレヴィを交互に見ながら、本気で戸惑っている。


「ちなみに俺のはこっちな」


 もう一つの指輪を首元から取り出して見せる。


 銀色の指輪がチェーンにかけられていた。


 そこにはレヴィとマーシャの名前が彫られている。


 自分の指輪も外して、そこに刻まれた名前を見る。


 そして言葉が彫られていた。


「『途切れぬ絆』……?」


「いろいろ迷ったんだけどなぁ。店員のお姉さんとも相談して、何がいいか考えたんだ。あのお姉さんは『永遠の愛』とか『愛の誓い』とか『愛しの花へ贈る』とか、やたら夢いっぱいのものを提案してくれたんだけどな。流石に俺には似合わない」


「あ、うん。そういうのを彫られても、ちょっと困る」


 夢見る乙女じみたものは自分には似合わない。


 それぐらいのことは自覚している。


「だからこういうのにしてみた」


「………………」


「欲しかったんだろう? 確かな約束とか、絆とか、そういうものが」


「………………」


 否定は出来ない。


 確かに求めていた。


 焦がれていた。


 しかしそれを求める資格はないと思っていたのに。


「ごめんな。不安だったんだろう?」


「別に、そういう訳じゃない。そういう関係だっていうのは、分かっていたし。だから、割り切っていたというか……」


「強がるなって。本音はあの時に聞いたんだ。今更、無かったことにはならないぞ」


「うう~。一生の不覚だ……」


 それを不覚だと言われても困る。


 知りたがったのはレヴィの方だし、知りたいと思った気持ちこそがレヴィの本心を表しているのだから。


 悔しそうに俯くマーシャの頭をくしゃくしゃと撫でる。


 あの時の少女は、今も変わらず可愛らしい。


 そして愛おしい。


 その気持ちがあるのなら、自分はもっと踏み出せる。


 そう信じられたのだ。


「俺は怖かったんだ。もう二度と、大事なものを失いたくない。だから、大事なものは作りたくなかった。失うのが怖かったから」


「……うん。知ってる」


 知っているからこそ、マーシャもそれ以上を求めなかった。


 求められなかったのだ。


 三年前の悲劇。


 レヴィの目の前で、大事な人間が、部下が、次々と死んでいった。


 仲の良かった人も、そうではなかった人も、共に戦う仲間だった。


 無価値に、無意味に散らされていく命を、ただ見ていることしか出来なかった。


 助ける余裕なんて無かったし、守ることすら出来なかった。


 自分の命と、一番近くに居たオッドの命を守るだけで精一杯だった。


 あの時の絶望は一生忘れられない。


 人生で一番、世界を呪った日でもある。


 レヴィは仲間を失うことを恐れている。


 二度と失いたくないと思っている。


 かけがえのない存在がこの手からこぼれ落ちるのがたまらなく怖い。


 マーシャに対して踏み込めなかったのは、失うことを恐れたからだ。


 マーシャを失った時、自分が壊れない自信が無い。


「でも、このままじゃ駄目だよな。失いたくないなら、今度こそ失わない努力をするべきなんだ。避けているだけじゃ、逃げているだけじゃ、何も変わらない。後悔を繰り返さない為にも、俺が変わらなければならない。やっとそれが分かった」


「レヴィ……」


「守るよ。今度は、絶対に」


「………………」


「だから、約束してくれ。マーシャも自分を守るって。頼むから、俺の目の前で死んだりしないでくれ」


「………………」


 どこか無茶を好むところのあるマーシャの性格を、レヴィは知っている。


 無茶の先にあるものこそが、レヴィに追いつく為の鍵だと思い込んでいる節がある。


 それは間違いではないのかもしれない。


 だけどその為に平気で命まで賭けるような生き方は、もう止めて欲しい。


 シルバーブラストの性能があればエミリオン連合軍の一部を敵に回しても勝てるというのは事実だったが、それでも一歩間違えば死んでいた。


 敵と戦う時のマーシャは楽しそうだったが、それは自分の命すらも平気で賭けているからだと知っている。


 保身の意志が足りない。


 それがマーシャの強さであり、危うさでもある。


「私はそんなに、危なっかしいかな?」


「俺の目から見たら、十分に危なっかしい」


「そんなに弱くないつもりなんだけど」


「知ってる。でも、肝心なところが脆い。俺にはそう見える」


「………………」


 折れても構わない。


 折れるまで自分を貫く。


 そんな風に見えるのだ。


 そしてそれは事実だった。


「だから、自分を守ってくれ。それはこの為の約束なんだ」


 マーシャの指に嵌めた指輪を撫でながら、レヴィは告げる。


「俺も、自分を、そしてマーシャを守る。二度と失わない為に。そして二度と失わせない為に」


「私も、レヴィを守るよ。そして、自分も守る。そしてみんなのことも守る。大丈夫、もう二度と、死んでも構わないって思ったりしない」


 無茶の先に届くものがある。


 死んでもいいと思えるほどの光。


 マーシャはそこを目指していた。


 そこに届いた時、自分が生きた意味を知ることが出来る気がしたのだ。


 自殺願望ではない。


 死にたいと思ったこともない。


 ただ、命を賭けてもいいと思えるものを目指しただけだ。


 そこに届いた結果が生であっても死であっても、どちらでも構わなかったのだ。


 だけどレヴィはそれを望まない。


 ならば、生きたまま目指すのみだ。


 もっと高みに行きたいという願いを、生きたまま、自分を大事にしたまま、目指すのみだ。


「レヴィ」


「ん?」


「抱きついても、いいか?」


「もちろん」


 レヴィは立ち上がって両手を広げた。


 マーシャはその胸に飛び込む。


「レヴィは私の恋人。それでいいんだな?」


 ぎゅっと抱きついて、改めて確認する。


 自分のものだと主張したい。


 その願いが本当に叶ったのかどうか、確かめたかったのだ。


「もちろん。マーシャも俺のものだ」


「じゃあ今度浮気したら怒っていいんだな?」


「も、もちろん。というか浮気をするつもりもないんだが……」


 怒っていいんだな? という言葉にビクビクしてしまうレヴィ。


 浮気をするつもりはないのだが、今までの所業を振り返ると、マーシャを怒らせない自信もなかった。


 来る者拒まず去る者追わず。


 その姿勢に慣れすぎている所為で、浮気を誤解される可能性も否定出来ないからだ。


「というか今度って、俺は浮気をした覚えも無いというか……」


「うん。分かってる。ちょっとお人好しなだけだ。でも助けた女の子に好意を持たれるのは面白くない」


「………………」


 それは困るなぁ、と視線を泳がせるレヴィ。


 困っている相手を助けてしまうのは、避けがたい性分になっている。


 恐らくはティアベルのことを言っているのだろうが、今後は見捨てろと言われても難しい。


 同じ状況を目にしたら、やはり助けようとするだろう。


 その結果、他の女性から好意を持たれて、マーシャに嫉妬されたとしても、それは正当な権利だと主張されてしまうのだ。


 嫉妬してくれるのは少し嬉しい。


 それだけ想われているということだから。


 しかしその結果として殴られたり蹴られたりするかもしれないと考えると実に恐ろしい。


「もう一度確認するぞ」


「あ、ああ」


 挑むような銀色の瞳を向けられて、レヴィはややたじろぐ。


 覚悟していたことではあるが、マーシャの気合いが恐ろしい。


 いや、それが嬉しいという気持ちも確かにあるのだが。


 しかしもう少し闘志を下げてくれないだろうかと思うのはそれほどまでに贅沢な願いだろうか。


「私は、レヴィのもの」


「ああ」


「そしてレヴィは、私のもの」


「ああ」


「これは、その為の指輪。つまり、堂々と恋人だと言える」


「そうだな」


「うんっ!」


 再びぎゅっと抱きつくマーシャ。


 嬉しくてたまらないようだ。


「うーむ。嬉しいことは確かだが、出来ればもふもふが見たかったなぁ」


 これだけ喜んでくれているのなら、きっと尻尾も激しく揺れていることだろう。


 それを見られないのが残念だと思った。


 亜人差別は根強く残っていても、確固たる身分を得たマーシャが殺される心配など無いのだから、晒して歩いてくれてもいいのにと思ってしまう。


 しかしそれはマーシャ自身が乗り越えていくものなので、今は見守ることにしよう。


 少し身体を離したマーシャは、自分の指輪とレヴィの指輪を見較べる。


「どうした?」


「うん。どうしてこの色にしたのかなと思って」


 どうやら色のチョイス、その理由が気になるようだ。


「別に大した理由じゃない。俺の銀色はマーシャの色、そしてマーシャの金色は俺の色だろう? それだけだぞ」


「?」


 意味がよく分からない、と首を傾げるマーシャ。


 こういう部分は鈍いのだなと苦笑してしまう。


 しかしそこが可愛いと思ってしまうあたり、自分もかなりマーシャに参っているのだろう。


 そしてそれはとても嬉しい気分なのだ。


「瞳の色だよ。俺は金、マーシャは銀だろう? それをお互いの指輪の色にした」


「あ」


 納得したようで、マーシャは赤くなる。


 そして嬉しそうにはにかんだ。


「そうか。レヴィの色か。そしてレヴィは私の色なんだな」


「そういうことだ」


 お互いの瞳の色を指輪に込めた。


 それはささやかな意志でもある。


 嬉しそうに笑うマーシャの顔をそっと持ち上げる。


「?」


「こういう時は誓いのキスが定番だろう?」


「ああ、なるほど」


 これはレヴィなりのプロポーズでもあった。


 死人である自分は本格的な結婚など望めない。


 家族とも二度と会えない。


 だからこそ、普通の家庭を築くことは出来ないだろう。


 それでも、新しく手に入れたものはある。


 それを今度こそ手放さない。


 守り切る。


 そういう意志を込めて、この指輪を渡した。


 だから、これはプロポーズなのだ。


 マーシャもレヴィの意志を受け取るつもりがある。


 だから嬉しそうに目を閉じた。


 唇が重なる前、レヴィは改めて問いかける。


「マーシャ。俺と一緒に生きてくれるか?」


「もちろん。ずっと、レヴィと一緒に生きるよ」


 躊躇いの無い答え。


 マーシャの答えはずっと決まっていた。


 ずっと逢いたかった。


 そして逢えた。


 だから、二度と離れない。


 そう決めていたのだ。


 だからこそ、ずっと一緒に生きる。


 それはマーシャにとって当然のことだった。




 重なる唇の感触に、マーシャは幸せそうに目を閉じた。




 指輪を渡して誓いのキスも済ませて、すっかり幸せな恋人同士になったマーシャ達は、ご機嫌に公園を歩いていた。


 マーシャはレヴィと腕を組んで嬉しそうに鼻歌まで歌っている。


「ご機嫌だなぁ」


「悪いか?」


「いや。俺も嬉しいから問題無い」


「うん♪」


 今にもスキップしそうなぐらいにご機嫌なマーシャを見るのはレヴィも嬉しい。


「ともあれ、これでマーシャ《もふもふ》は晴れて俺のものだな」


「……今、微妙な副音声が聞こえた気がするんだが」


 ご機嫌から一転して、ジト目を向けるマーシャ。


 レヴィのどうしようもない性癖が見えてきてうんざりしているのだ。


「もふもふは俺のものだーっ!」


「副音声にすらなっていないじゃないかっ!」


「悪いか? 俺はもふもふが大好きだ。もふもふ出来るだけで幸せだ♪」


「……一つ、訊いていいか?」


「何だ? 何でも訊いてくれ」


「私ともふもふ、どっちがより大好きなんだ?」


「………………」


「なんでそこで黙るっ!?」


 その反応は本気で傷つく。


 せめて即答して欲しい。


「いや、どっちもマーシャだよなっ!?」


「本気で狼狽えた答えを返すなっ!!」


「だってマーシャは亜人で、つまりもふもふで、もふもふあってこそのマーシャだろうっ!?」


「じゃあ私にもふもふが無かったらどうなんだっ!?」


「そんなことは考えたこともないっ!」


「開き直るなっ!」


「というか、もふもふの話題をしたらもふもふしたくなったじゃないか。もう今からもふもふしたいぞ。その邪魔なカツラと腰巻き取ってしまえよ」


「断るっ!」


「俺なら気にしないぞ」


「私が気にするっ! あと、仮に取ったとしても、公衆の面前でもふもふし始めたらただの変態だぞっ!」


「じゃあ今すぐ船に戻ろう。そして二人でもふもふいちゃいちゃタイムだ♪」


「……なんか、感動したのに色々台無しにされている気がするんだが」


「気のせいだ♪」


 がっくりしてしまうマーシャとご機嫌なレヴィ。


 こういう相手だと分かっていても、がっくりしてしまう。


 嬉しいことは確かなのに、かなり台無しな気分にされてしまうのだ。


「はあ。なんだかなぁ……」


「なんでそこで複雑そうな顔になるんだよ」


「なるに決まってるだろう。昔から憧れていた相手が、なんだかかなり残念な風になってしまったんだから」


「そうか? 俺は昔からあんまり変わってないと思うけどなぁ」


「いや。昔はもっと格好良かった」


「今が格好悪いみたいに言うなよ」


「台無しレベルで格好悪いことは確かだ」


「即答かよっ!?」


「事実だ」


 バッサリと切り捨てるマーシャ。


 実に容赦が無い。


 ついさっきまでは幸せそうなカップルだったのに、すっかり一変してしまっている。


 それでも繋いだ手は離さないのだが。


 そこに本当の気持ちがある。


「はぁ……。マーシャも昔は可愛かったのになぁ」


「今は可愛くないみたいに言うな」


 割とお互い様である。


「昔は俺の膝にちょこんと座って、喜んでもふもふされてくれたのになぁ」


「う……」


 それを言われると弱い。


 確かにあの頃はレヴィの膝に座ってもふもふされるのが嬉しかったのだ。


 今は微妙な気持ちになってしまうのは何故だろう。


 ……深く考えない方がいいような気がしてきた。


「今も俺の膝に座ってくれていいんだぞ♪」


「椅子になりたいならそう言え」


「……可愛くない」


「変態じみた性癖に言われたくない」


「………………」


「………………」


 バチバチと火花を散らせる二人。


 険悪ではないのだが、プチバトル勃発的な空気になっている。


「まあいいか……」


 そして折れたのはマーシャの方だった。


「?」


「いや。そんなレヴィも含めて好きになったんだから、ある程度は妥協しないといけないな。うん。妥協する」


「妥協って……俺はそこまで残念系なのか?」


「自覚無いのか?」


「無いっ!」


「堂々と言い切られても……まあいい。妥協。妥協だ。妥協が大事だ」


「自分に言い聞かせるな」


「マインドコントロール完了。大丈夫。私はレヴィが大好きだ」


「微妙に嬉しくないぞっ!」


「なんだ。レヴィは私が嫌いなのか?」


「大好きに決まってるっ!」


「なら問題無いな♪」


「まあ、問題無いな」


 問題無いということにしたらしい。


 微妙に残念な空気になりつつも、二人は幸せそうに歩き始めるのだった。




 ずっと踏み出せなかった気持ち。


 迷っていた答え。


 そして、辿り着いた関係。


 きっとこれからも迷ったり、間違えたりするだろう。


 それでも二人一緒ならば大丈夫。


 みんな一緒なら、更に大丈夫。


 そう信じることが出来た。





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