「それじゃあ行ってくる」
「うん」
翌日、レヴィは臨時教官のアルバイトの為に別行動を取る事になった。
夜には合流するつもりだが、マーシャも今日はベリーベリーズから更に南へ移動するつもりなので、首都からはかなり離れることになる。
移動時間を短縮する為に、車ではなく特別シャトルをレンタルした。
地上ではなく空を移動すればかかる時間は三分の一以下で済む。
レンタル料はかなり高いが、マーシャにとってはこの程度の出費など痛手にもならない。
「レヴィ。これを」
そしてオッドはレヴィに弁当を保たせた。
施設には食堂もあるだろうが、世話焼きのオッドとしてはつい作ってしまったのだ。
「おお、サンキュー。食堂の飯よりもオッドの弁当の方がモチベーションは上がるからな」
「そう言って貰えるのは嬉しいですね」
オッドもレヴィがエミリオン連合軍に関わるのを心配していたが、教官という仕事が好きなことは知っていたので、なるべく気持ちよく送り出そうとしていた。
「頑張るですよ、レヴィさん。しっかり教えてくるです~」
「おう」
「いってら~。お土産よろしく、アニキ」
「軍事施設で何を土産に買えって言うんだよ?」
「うーん。連合軍饅頭とかないの?」
「ねえよ」
あったらお目にかかりたいぐらいの珍品だ。
「じゃあ軍事機密とか」
「自分でかっ攫ってこい」
「やってもいいけど使い道があまりないなあ」
「だったら最初からねだるなよ」
「言ってみただけだし」
「………………」
こんな感じでレヴィは送り出されるのだった。
シャトルがあっという間に遠ざかっていき、マーシャは寂しい気持ちになってしまう。
「さてと。では各自自由行動だ。合流場所は後で連絡するから、観光を楽しもう」
マーシャは気持ちを切り替えてそう言った。
遊ぶ時は遊びまくる。
その切り替えが大事なのだと分かっているのだが、やっぱり寂しい気持ちは拭えなかった。
それから南の街に移動したマーシャは、小物店を見て回った。
ここは工芸品が有名な街らしく、手作りの小物が沢山並んでいる。
観光客にも人気があるらしく、結構な人混みだった。
マーシャはその中をぼんやりと歩いて回る。
どれも見事な工芸品なので、普段ならそれなりに買い込んでいるのだが、今は見て回るだけで、買う気にはなれなかった。
シオンが一緒に遊ぼうと言ってくれたが、オッドとのデートを邪魔するのは気が引けたし、ラブラブな二人を見せつけられるのも今は辛かったので、遠慮しておいた。
シャンティを誘おうかとも思ったが、彼もちょうど攻略中のゲームがあるらしく、そちらを優先したようだ。
観光地に来ていてゲームを優先するのもどうかと思うが、趣味は人それぞれなので、マーシャも口出しをしようとは思わなかった。
「なんだかなぁ……」
レヴィが居ないだけでここまで凹んでしまう自分に呆れてしまう。
会おうと思えばすぐに会える。
夜には一緒に居られる。
それは分かっているのに、一緒に居る時間が当たり前すぎて、一人の時間が寂しすぎて、そんな自分が嫌だった。
いつからこんなに弱くなったのだろう。
いつからここまでレヴィに依存するようになってしまったのだろう。
一人よりも二人がいいと思うのは大事だ。
それは人として当たり前の感情であり、愛情があるという証だから。
その気持ちを否定するつもりはないのだけれど、だからといって一人になる事がここまで耐え難くなるほどに弱くなるのは違う気がするのだ。
たった一人の存在にここまで寄りかかってしまえば、いつか取り返しの付かない事になってしまう。
それは想像ではなく確信だった。
「うー。駄目だ駄目だ。こんなことじゃ駄目だ」
激しく頭を振って何とか気持ちを切り替えようとするマーシャ。
夜には合流出来るのだから、今は一人でも楽しむべきなのだ。
そんな風に考えて拳を握りしめていると、いきなり背後から肩を叩かれた。
「こんにちは」
「わびゃっ!?」
考え事をしていて背後の気配に全く気付かなかったマーシャは、びくーんとなってしまう。
「あ。ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「ちょ、ちょっと驚いたけど……何か用か?」
振り返ると、マーシャと同じぐらいの背丈の女性が立っていた。
年齢はマーシャよりも上で、二十代中盤ぐらいに見える。
キャリアウーマン系の空気を醸し出している、いわゆる大人の女性だった。
髪はレヴィとよく似た赤みがかった栗色で、瞳の色はよく馴染んだ金色だった。
「………………」
その色合いの所為だろうか。
まったく見覚えの無い女性であることは確かなのだが、レヴィに似ていると思ってしまった。
先ほどまでレヴィの事を考えていたから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
「うーん……用って訳じゃないんだけどね。後ろから見ていると、ちょっと挙動不審だったから、どうしたのかなーっと思って」
「きょ、挙動不審?」
言葉に遠慮の無い女性である。
しかしそんな風に見られていた自分の不覚も大いに恥じるべきだった。
「しょぼーんって落ち込んだり、何かに耐えるようにぐっと上を向いたり、かと思ったらまた落ち込んだり……その繰り返しだったから」
「う……それはその……色々と考え事をしていて……」
そ、そんなに目立っていたのか……と恥ずかしくなるマーシャ。
肩を叩かれるまでに背後への接近を許してしまったのだから、これが敵に狙われている時だったら致命的すぎる。
戦う者としては猛省しなければならない隙だった。
しかし彼女がマーシャに声を掛けてきた理由が分からない。
奇妙な誰かの珍妙な行動など、無視しておけばいいのではないかと思うのだが。
「考え事ね。何だか寂しそうに見えたけど?」
「う……まあ、そうではないとは言わないけど……」
遠慮無くずけずけと踏み込んでくる女性である。
いつもならマーシャも適当に切り上げるのだが、レヴィと同じ金色の瞳を見ていると、何だか逆らいづらいというか、もう少し見ていたい気持ちになってしまう。
「もしかして誰かに振られた直後とか?」
「振られてないっ!」
酷い事を言われてしまい、マーシャが憤慨する。
髪の毛が逆立つぐらい怒った。
尻尾が出ていたらぱんぱんに膨らんでいるところだ。
例え話にしても、なんて酷い事を言うのだ。
女性でなければ殴っている。
「あはは。ごめんごめん。なら彼氏とは上手く行っていると思っていいのかしら?」
「当たり前だっ!」
「ならどうして寂しそうにしていたの?」
女性は悪びれること無く、更に踏み込んでくる。
初対面なのに随分と馴れ馴れしいが、不思議とそれがあまり不快ではない。
金瞳効果、恐るべし……と自分で自分に呆れてしまう。
レヴィを恋しがっている現状では、彼と同じものを持つ存在を完全に拒絶することは出来ないらしい。
こういう時、自分の意志の弱さが嫌になってしまう。
「今は仕事で別行動だから。それだけ」
マーシャは現状を簡潔に説明した。
もごもごとなっているのは寂しがり屋の自分を表に出すのが恥ずかしいからだ。
「ふうん。本当は一緒に回りたかったんだ」
「む……」
それはその通りなのだけれど、他人に指摘されると素直に頷きにくい。
「そうか~。それで寂しそうにしていたのか~」
「うぅ……」
「ねえねえ、それならわたしと回らない? 暇なんでしょ?」
「暇だけど、貴女と回る理由は無いと思う」
いきなり話しかけてきて、ずけずけと言われて、それでもこの女性を好意的に捉えろというのは無理な話だった。
金色の瞳だからなんとなく拒絶しづらいが、だからといって何もかもを受け入れられるほどにマーシャの警戒心は緩くない。
「あら、わたしにはあるわよ。それじゃあ駄目なの?」
「……何で貴女にはあるんだ?」
「わたしも今は一人だもの。寂しそうな可愛い女の子を見つけたら、一緒に遊んでみたくなるのは当然でしょ?」
「………………」
当然でしょ、と言われても困る。
警戒心ゼロの積極的な姿勢を示されると、マーシャとしても邪険にはしづらい。
そして押しの強い女性は、マーシャのそんな部分に徹底的につけ込んでからその腕を引っ張ってしまった。
「さあ、行きましょっ!」
「う……うぅ……」
強引に腕を引っ張られてしまったマーシャは、その女性に逆らえず、その日は一緒に回ることになってしまった。
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