シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

フラクティール・ドライブ試運転開始 2

公開日時: 2021年11月29日(月) 21:53
文字数:3,605

 そして到着すると、そこには宇宙の歪みであるフラクティール・ゲートがあった。


「よーし。フラクティール・ドライブ起動準備完了。ゲートインするぞ」


 マーシャが新しいシステムであるフラクティール・ドライブを手動操作する。


 自動操作でも可能だが、手動操作をすることにより、数値の微調整が可能になるのだ。


 これからフラクティール・ドライブを実装する船には、操舵手にこの手動操作の訓練も積ませなければならないだろう。


 一般普及するまでには課題が山積みなので、当分この技術は自分達が独占出来るかと思うと、かなりの優越感に浸ることが出来る。


 ユイの無謀な研究にいち早く目を付け、大金を費やして援助してきたのだから、これぐらいの役得はあってもいいだろうと思っている。


 今まで何度も無人船によるゲートインとゲートアウトは確認している。


 フラクティール・ゲートの状態はそれぞれで違うので、そのゲートごとの波長を計算しなければならない。


 管制システムの演算領域にかなりの負担をかけることになるので、その辺りも一般の船の課題となるだろう。


 しかしこのシルバーブラストにはシオンとシャンティがいる。


 最高の電脳魔術師《サイバーウィズ》である二人が居てくれるのなら、その演算もかなりスムーズに行うことが出来る。


 この演算を全てシステム任せで出来るようになるのが安全基準としての最終目標だが、マーシャはシオンたちが居るからそこを問題視しなかった。


 最も速くフラクティール・ドライブを実装出来た最大の理由がそこにある。


「演算終了。波長合わせ完了ですです~」


「いつでもいけるよ、アネゴ」


「よし。じゃあ行くか」


 後はマーシャが手動操作でゲートインするだけだ。


 突入前の演算は二人がやってくれるが、突入した際の感覚的な微調整は操縦者であるマーシャの仕事となる。


「……よし。ゲートアウト完了」


 そしてゲートインからゲートアウトまでの操作をスムーズに行えたことで、マーシャも緊張がほぐれたようだ。


 やはり安全だと分かっていても、初めてのことは緊張する。


「お疲れさん」


「うん。予定通りの座標まで出たな。後は通常航行で二時間ほどか」


 惑星リネスに到着するまでの時間はシルバーブラストの通常航行で二時間ほどだった。


 後は自動操縦でも問題無いだろう。


「でも折角だから高速航行で操縦していこうかな」


「マジか。休めばいいのに」


「テンションが上がって休む気になれない」


「なるほど……」


 休む方が落ち着かないテンションというのは、レヴィにも理解出来るものだった。


 シオンも同様なのだろう。


 ニューラルリンクの中で少しだけそわそわしている。


「凄いですね~。本当にかなりの距離を跳躍しちゃいましたよ~。初めての経験でドキドキです~」


「落ち着け」


 そしてテンションが上がりすぎているシオンをオッドが宥めようとする。


 シオンのテンションが上がりすぎると、時々奇行に走ることがあるので、注意が必要なのだ。


「大丈夫ですよ~。まだ航行中ですからね~。気を抜いたりしないですよ~。って、あれ?」


 シオンが何かに気付いたようで、不思議そうに首を傾げている


「どうした? シオン」


「ちょっと気になるものを見つけたですよ~」


「気になるもの?」


「はいです~。念の為、シャンティくんもこの座標を調べて欲しいですよ」


「ん~? どれどれ?」


 シオンはシャンティの端末に情報を送る。


 シャンティは言われた通り、言われた座標を調べてみる。


 シルバーブラストの探知機は軍艦の五倍以上の範囲をカバーしているので、異常があればすぐに分かるようになっている。


 そして異常を見つけたらより詳しく調べる為に、小型カメラを飛ばすこともある。


 シャンティはシルバーブラストから小型カメラを射出して、すぐにその座標へと向かわせる。


 シオンとも映像の共有を行い、二人で解析を続ける。


「うわ。厄介事の予感……」


 そしてそれを見つけたシャンティが嫌そうに呻いた。


「これは、見ない方が良かったかもです……」


 シオンもややテンションが下がったようだ。


「何を見つけたんだ?」


「これです」


 シオンがスクリーンに映像を回した。


 そこに映っていたのは宇宙船の残骸……に見えるものだった。


 残骸というにはまだ原形を留めているが、それにしても手ひどくやられている。


 しかし原形を留めているのならば、中に生き残りがいるのかもしれない。


 こういう船を見つけた場合、見つけた側は救出するのが義務となっている。


 生き残りの調査と救出、怪我をしている場合は応急処置を行い、近隣の惑星の警察に届ける必要があるのだが、マーシャは少しだけ迷ってしまう。


 ここで素直に船を調べて、生き残りが居たら救出しよう、という考えにはならない。


 その先に待っている厄介事、そして現在シルバーブラストが抱えている機密のことを考えると、警察や軍に介入されるのは面倒極まりないのだ。


 人間に対してそこまで優しくする義理は無い、という考えもある。


 身近な人間や、恩のある人たちには優しくするし、出来る限り力になりたいと考えているが、それ以外の人間に対しては割とシビアな考えをしているのだ。


「うーん。しかし船の原型が留められているのなら、管制頭脳も生きているのかもしれないな」


 シルバーブラストが近くを通りながら、この船を見過ごしたという記録が残ってしまうのだ。


 シルバーブラストはれっきとしたロッティ船籍の船なので、捜査の手がロッティにまで及ぶかもしれない。


 何もしていないのにリーゼロックに迷惑を掛けるのは嫌だった。


「見たところ宇宙海賊の襲撃を受けたようだが、どうするかな。このまま見過ごしたら私達が犯人にされかねないし……」


 このシルバーブラストも立派な武装を積んでいる船なので、海賊行為を行おうとすればいくらでも可能だ。


 海賊どころか、軍艦とも、軍隊ともまともにやり合えるのだが、その事実はこの際棚上げにしておく。


「うーん。不味いな」


 今は警察に注目されるような事はしたくない。


 この船を調べられたら、フラクティール・ドライブのことまで知られてしまうし、その場合はリネス軍まで介入してくる可能性がある。


 しかしこの事実を隠そうとするのなら、あの船を徹底的に破壊して、自分達の痕跡を消すことを求められるが、流石にそこまでする気にはなれない。


 人間に対して優しくなれなくても、残酷にもなれないのがマーシャの甘さでもあった。


 しかしその甘さを捨てたら、きっとレヴィから嫌われてしまう。


 嫌われて、失望されてしまうかもしれない。


 だからこそマーシャは非情になりきれない。


「仕方無いから調べるか」


 ここで悩んでいても仕方が無い。


 どのみちこのまま通り過ぎることが不可能ならば、最低限のことはしなければならないと諦めた。


「俺が先に行ってこようか?」


 レヴィが副操縦席から立ち上がる。


 暇なので少しぐらいは仕事をしたくなったのかもしれない。


 マーシャはあまり乗り気ではないようだが、もしも中に生き残りがいるのなら助けたい。


 助けを求める者が居て、自分に出来る事があるのなら、行動を起こすべきなのだ。


 それがレヴィの考えだった。


 しかしマーシャが気乗りしない理由も理解出来るので、ここは自分が動こうと決めたのだ。


「頼んでいいか?」


「おう。任せろ」


 こういう時は素直に頼ってくれるので、レヴィとしても嬉しくなる。


 レヴィは早速パイロットスーツに着替えてから格納庫へ向かう。


 スターウィンドに乗り込んで、発進手続きに入った。


「じゃあ行ってくるぜ」


 シルバーブラストからスターウィンドが発進した。


 それを見たマーシャは複雑そうな表情でスクリーンを眺めている。


「………………」


 自分がやりたくなかった事を代わりに引き受けてくれるレヴィの気持ちは嬉しいけれど、いつもこうやって甘えているのも申し訳ないという気持ちもあるのだ。


 レヴィとしては甘えたり頼ったりしてくれる方が嬉しいのだが、マーシャはそれに対して負い目を感じてしまうらしい。


 甘えることは好きなのだが、嫌なことを押しつけるような甘え方はしたくない。


 それではどんどん弱くなってしまう気がするのだ。


 自分もレヴィに何かしてあげたいと思うのだが、何をしてあげればいいのかがよく分からない。


 スターウィンドの整備や改良は出来る。


 レヴィの要望に応えて、もっともっと強力な機体にしてあげることも出来る。


 料理も覚えたし、新しく増やしたレシピに挑戦してレヴィにご馳走すると喜んでくれる。


 最初はそれが凄く嬉しかったけれど、その感情に慣れてしまうと、もっともっと喜んで欲しいという欲求が芽生えてしまう。


 人を好きになると気持ちばかりがどんどん膨らんで、欲求ばかりが肥大して、加速していく。


 愛情とはなんとも厄介なものだと思いながらも、マーシャはその気持ちを抑制しようとはしなかった。


 苦しい気持ちも確かにあるけれど、それ以上に楽しいという気持ちの方が強い。 


 だからこそ、そういう感情とはきちんと向き合おうと決めているのだ。



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