結論として、その男は真っ黒だった。
怪しいどころの話ではない。
男が出入りしていた事務所には、ミアホリックが山ほどストックしてあったのだ。
その量は、レヴィが知らずに運ばされたものの百倍ほどあった。
大量のアンプルの中身がミアホリックだと判明したのは、男が居た場所の会話を聞き取ったからだ。
当然の如くミアホリックと、そしてラリーの名前が出てきた。
キサラギの名前を出す時は、心底忌々しげでもあった。
「やれやれ。あっさりと突き止められたなぁ」
男が今現在いる事務所から少し離れた場所にあるレストランの個室で肩を竦めるマーシャ。
食事は適当に頼んで、それを食べながら映像を見ているのだった。
携帯端末の映像では小さすぎるので、拡張機能を使って、テーブルの上にホログラムディスプレイで表示している。
テレビを見ているような感覚だった。
「でも結局、どこで製造しているのかまでは分からないな」
「まあこの事務所を探れば、どこから運ばれてくるのかぐらいは分かるんだろうけど」
「記録はしてあるんだろう?」
「当然だ。クロドを釈放する為には、どうしても必要な証拠になるからな」
「良かった」
「何がだ?」
「一応、助けるつもりはあるんだなと思って」
「……まあ、レヴィが気にしているみたいだから」
ここで見捨てるような事をすれば、レヴィに嫌われてしまうかもしれない。
そんなことは無いと分かっているのに、それでも不安になってしまう。
マーシャはそんな気持ちを表に出したくなくて、つい意地を張った物言いになってしまう。
嫌われたくないからではなく、レヴィの為に仕方なくやっているのだ、という体裁を整えたのだ。
「でもこのゴキレンジャーくんはかなり役に立つんじゃないか? 俺達だけだったら建物の中までは調べられなかっただろうし、会話も聞き取れなかったし」
「まあ、認めるのは癪だけど、その通りだな」
むむむ、と唸りながらもそれだけは認めなければならなかった。
せめてあの見た目だけでも何とかして欲しいとは、切実に思うのだけれど。
何かあった時の為に近くで控えているのだが、この調子なら船に戻っても大丈夫そうだ。
「あーあ。こんなことならデートの続きでもしておくんだったなぁ」
マーシャが残念そうに言うと、レヴィも頷いた。
「まあ午前中だけでも結構楽しかったし。デートならまたすればいいさ」
ぽんぽんとマーシャの頭を軽く叩く。
「今からでも夕食は間に合うな。よし、どこか台所付きの部屋を取るから、材料を買いに行こう」
「映画は?」
「お腹空いたし。映画よりもレヴィに何か作って欲しい」
「……折角レストランにいるんだからここで注文していけばいいんじゃないか?」
食べ物は頼んだのだが、既に胃袋の中に収まって久しい。
大した量は食べていないので、すでに空腹状態なのだ。
「今日は私の為のデートだってことを忘れていないか?」
「いや。忘れてはいないけど」
レヴィがプランニングしたとは言え、勝利者としてマーシャに優先権がある。
つまり、レヴィに拒否権は無い。
二人はスーパーマーケットまで移動して、料理に必要な材料を購入した。
「肉料理がいいんだっけ?」
「うん。どんなのを作れるんだ?」
「オッドみたいに凝ったのは無理だぞ」
「それは知ってるけど。でも焼くだけとかは嫌だぞ。ちゃんと料理して欲しい」
「分かってる。部屋にはどれぐらい調理器具が揃っているんだ?」
「高い部屋だから一通りは揃っていると思うぞ。各種調味料と包丁、各種鍋、計量道具、オーブンとか。あ、電気圧力鍋もあるみたいだ」
借りた部屋の詳細を調べると、マーシャが感心したように呟いた。
これは長期利用者の為にも提供される部屋で、自炊する為の設備が充実しているということだろう。
「それなら料理の自由度は結構高いな。よし、煮込み系にしよう。それならあまり難しくないし」
そう言ってレヴィはブロック肉をカゴの中に入れた。
そして各種野菜と香辛料などを入れて、レジへと持っていった。
★
ホテルに到着すると、マーシャはソファでのんびりとくつろいでいた。
レヴィは台所で忙しなく動いている。
「おーい。少しは手伝ってくれてもいいと思うぞ~」
「うん。頑張れ」
「………………」
手伝う気は全く無いらしい。
これも勝利者の特権ということなのだろう。
敗者であるレヴィに逆らう権利は無い。
ご機嫌そうに尻尾をゆらゆらしている姿を見ると、文句を言う気も萎えてしまう。
自分の為に料理をしてくれるレヴィの姿を見るのが嬉しいのだと、そういう気持ちが伝わりすぎるぐらいに伝わってくるので、こちらも嬉しくなってしまうのだ。
「やれやれ。まあいいか」
いいところで中断されたデートも、締めはこうして予定通りに進められたのだし、良しとしようと割り切った。
そしてオッドとは較べ物にならないぐらいの拙い手際で、のろのろと料理を仕上げていく。
台所に立つことすら珍しいので、随分と時間がかかってしまったが、それでも二時間ほどで料理を完成させることが出来た。
テーブルの上には豚肉の柔らか煮込み、そして鶏肉のサラダが載せられている。
卵を溶いたスープもあるが、こちらは慣れていない為、オッドほどふわふわには仕上げられなかった。
塊が残るたまごスープを見て、マーシャがクスクスと笑う。
「悪かったな。上手くいかなくて」
「まあ、レヴィらしくていいと思うよ」
「むむ……」
下手くそなのが自分らしいと言われると、流石に悔しい。
しかしそれでも美味しそうにスープを飲んでくれる姿を見ると、やっぱりレヴィも嬉しくなる。
「大丈夫。味はちゃんとしてるから」
「当たり前だ」
味まで酷かったら流石に凹む。
「この豚肉は美味しいな。柔らかいし」
「圧力鍋を使ったからな。とろとろになってるだろ?」
「うん。なんていう料理?」
「特に決まった名前は無いみたいだけどな。普通に豚肉の柔らか煮込みとかでいいと思う」
「うわー。まんまだな」
「悪いか」
「別に悪いとは言ってないけど」
「美味いか?」
「うん」
マーシャが笑顔で頷くと、レヴィも安心したように笑った。
とにかくこれでデートはお終いだ。
この食事が済んでしまえば楽しい時間も終わり、仕事モードに切り替えなければならない。
「なあ。やっぱり泊まっていかないか?」
「駄目だ。シオンたちにお土産を買って帰るって約束したし」
「うぅ~。もうちょっと楽しみたいのに……」
「今日は楽しかったよ」
「むう。そう言われると弱いな」
なんだかんだで喜ぶマーシャの顔を見られたのならそれでいいかと思ってしまうレヴィだった。
「この件が落ちついたら、今度はリネスでデートしようか。着物を色々選んでみたいし」
「着物か~。尻尾用の穴は頼んだら開けてもらえるのかな?」
「……無理だと思う」
ランカが尻尾穴付きの浴衣を用意してくれたのは、家の使用人に頼んでやってもらったものだ。
お店の人間にそれを頼むのは難しいだろう。
亜人の顧客など想定外なので、そんな特殊な注文に対応してくれるとも思えない。
お尻の部分に穴を開けた着物の注文など、変態的な趣味を疑われたら目も当てられない。
それだけは絶対に嫌だ。
「そうか。無理か……」
しょぼーん……と肩を落とすレヴィ。
そんなに尻尾穴に拘るのか……と呆れるマーシャ。
購入した着物を自分で加工すれば、尻尾用の穴を開けることは出来るけど……ということをすぐに思い付いたが、それは言わないことにした。
食事を済ませて片付けを終わらせ、頼まれていたお土産もちゃんと買ってから、二人はシルバーブラストへと戻った。
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