「初めまして。お前が運び屋のレヴィだな?」
立ち上がるとそれなりに背が高い。
モデルのようにすらりとした体型だった。
といっても、痩せすぎな訳ではない。
出るところは出ていて、くびれているところはしっかりとくびれている。
つまりナイスバディということだ。
顔も文句無しの美形なので、レヴィとしては少しご機嫌になる。
「まあな。それにしても人が悪いな。先に来ていたんなら、もっと早く声を掛けてくれたら良かったのに」
「それは悪かった。一応、待ち合わせ時間を意識していたつもりなんだ」
「ああ、なるほど」
時計を見ると、ちょうど待ち合わせ時刻である十九時だった。
その時間まではレヴィのプライベートを優先したのだろう。
「改めて、今回の依頼人であるカレン・ロビンスだ」
「運び屋のレヴィだ」
「よろしく」
「こちらこそ」
二人は握手をした。
取引相手との最初の接触は上々だった。
「なんだ。依頼人はマーシャだったのか」
そして店主の方が呆れたように呟いた。
「マスター? この女のことを知っているのか?」
「まあな。うちの常連だよ。といっても、そこまで頻繁に来る訳じゃないけどな。スターリットに立ち寄った際は必ず寄ってくれる」
「へえ。珍しいな。外の客まで覚えているなんて」
「もちろんだ。マーシャはいい情報やつまみも持参してくれるからな。俺にとってはかけがえのない上客だ」
「いい情報って、酒の?」
「ああ。各地の酒の情報をいろいろと教えてくれる。マーシャを介して仕入れた酒もあるしな」
「へえ。意外な繋がりがあるんだな。そうか。マーシャっていうのが本名なのか」
カレンことマーシャを見て納得したように頷くレヴィ。
マーシャの方は意外そうにレヴィを見た。
「偽名だって気付いていたのか?」
「うちにも優秀な情報収集担当がいるからな。あんたの経歴は出来る限り調べさせて貰った」
「何か不備でもあったかな?」
自分の仕事に自信があるのだろう。
偽名だと見破られたことが不満なようだ。
「いいや。完璧な経歴だったよ。完璧すぎた。不自然な点なんて何一つ無い。そこがおかしい」
「おかしいかな?」
「人間の記憶までは調べなかったけどな。この辺りは単なる勘どころだな。違和感があった。ただそれだけだ。経歴を見て、ざらついた感覚があった」
「ふむ。なるほどな。どれだけ完璧に見せても勘だけは誤魔化せない。そういう意味では確かに私の不手際という訳ではないな」
「ああ。見事な経歴詐称だよ」
「詐称は酷いな。一応、投資家というのは本当だぞ」
「名前は?」
「それは適当に作ってみた」
悪びれない態度のマーシャを見て、レヴィは面白そうに笑った。
経歴を誤魔化したのはこちらに悪意を持っているから、という訳ではないらしい。
マーシャの態度はかなり好意的だ。
これがレヴィを油断させる為の演技ならば大したものだが、彼も危険に対する勘は鈍っていない。
マーシャがレヴィに悪意を抱いていないことぐらいは感じ取れた。
「本名は?」
「マーシャだ。マーシャ・インヴェルク」
「ふうん。マーシャね。いい名前じゃないか」
「レヴィアースというのも綺麗な名前だと思うけどな」
「っ!?」
にっこりと笑うマーシャ。
銀色の瞳は真っ直ぐにレヴィを見つめている。
「そこまで驚くことか?」
不思議そうに首を傾げるマーシャ。
「当たり前だ。俺は名乗った覚えは無い」
運び屋のレヴィ。
それが彼の通り名だった。
スターリットで生活するにあたって、偽名の戸籍は用意してあるが、それも本名は使っていない。
レヴィン・テスタール。
それが現在のレヴィが使っている名前だった。
本名であるレヴィアース・マルグレイトはとっくに捨てた筈の名前だった。
いや、捨てた訳ではない。
ただ、使えない名前なのだ。
レヴィアース・マルグレイトは三年前に死んでいる。
少なくとも表向きはそういうことになっているし、かつて所属していたエミリオン連合軍においても殉職扱いになっている。
自分を死んだことにしたレヴィは紆余曲折を経て今の生活に馴染んでいる。
だからこそ、過去の名前を知る者に対しては警戒せずにはいられなかった。
「ある程度自分の正体を知られていると警戒したからこそ、私と会うつもりになったんじゃないのか?」
「………………」
それはその通りだ。
そしてその予想は当たっていた。
そうなると、レヴィはマーシャに対する対応を決めなければならない。
今後の安全を脅かす存在になるのなら、殺す必要がある。
しかし悪意を向けてこない相手を殺すのは気が引けた。
「どうして俺の本名を知っている?」
「個人的な憧れ、というのが第一かな」
「?」
「『星暴風《スターウィンド》』は操縦者にとっての憧れだから」
「……その名前も知られているのか」
「私も操縦者だからな。もちろん操縦者になろうと思ったきっかけはレヴィアース・マルグレイトへの憧れだった」
「そりゃどうも。あんたも戦闘機か?」
「ある程度は操縦出来るけど、私の本職は宇宙船の方だな。どうやらあっちの方が相性が良かったらしい」
「そうか」
「どうして正体を知っているのか、についてだが」
「………………」
一言すらも聞き逃すまいとレヴィはマーシャを見つめた。
しかしマーシャは悪戯っぽく笑うだけだった。
「偶然だ」
「は……?」
「実は二年ほど前にこの星に訪れた時、偶然見かけたんだ」
「見かけたって、俺を?」
「ああ。だから生きていることが分かった」
「ちょっと待て。どうして俺がレヴィアースだと分かったんだ? 顔を見ただけだろう? 俺とあんたは今日が初対面の筈だ。面識が無い相手がレヴィアースだと、どうして分かったんだ?」
「………………」
その質問にマーシャは寂しそうに笑った。
どうしてそんな目を向けてくるのか、レヴィには分からない。
「憧れていると言っただろう。そんな相手の顔ぐらいは、データを手に入れていたりするのさ」
「普通は他人のそら似だと思うだろ?」
「ああ。だからレヴィについて調べた」
「経歴にも不自然なところはなかった筈だが?」
シャンティに作って貰ったレヴィン・テスタールの偽造経歴は完璧な筈だった。
しかしそれはマーシャも同じなのだ。
「強いて言うなら、勘かな」
「………………」
レヴィも同じ返答を返している為、そう言われると反論出来なかった。
「それに戦闘機の操縦も、運び屋としての運転技術も、卓越した反射神経が無ければ不可能だろう? 操縦という意味では共通点が多い。調べれば調べるほどに、レヴィがレヴィアースだと確信していった」
「……すげー執念だな。憧れてくれるのは嬉しいが、そこまで拘る理由が分からないな。俺はもう操縦者じゃないし、宇宙に戻るつもりもないぞ」
「そうなのか?」
「おい」
「宇宙に戻るつもりはないのか?」
「どうやって? 細々と運び屋稼業をしているが、宇宙船のアテも、戦闘機を手に入れるアテもないんだぞ。それに俺が俺として表に出れば、黙っていない連中もいるだろうし」
「エミリオン連合軍とか?」
「……まあ、その通りだ」
「でもその口ぶりだと、障害がなければ戻りたいと考えていそうだな」
「………………」
レヴィは答えない。
自分でも自分の本心がよく分からないからだ。
今の生活は気に入っている。
運び屋としても充実している。
だけど、無性に宇宙《ソラ》が恋しくなる時もある。
空を見上げて、かつての自分を思い出す時がある。
しかしそれは今の生活を捨ててまで戻りたい過去ではなかった。
レヴィが居て、オッドが居て、シャンティが居る。
生活に不自由はしていないし、仕事も定期的に入ってくる。
だから、今の生活に不満なんて無い筈なのだ。
それなのに、マーシャの言葉はレヴィの心を酷く揺さぶってくる。
まるでこちらを試しているかのようだ。
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