「トリスーーーー!!」
「ふがっ!?」
リーゼロックPMCの会長室に入るなり、トリスはクラウスに飛びつかれた。
七十を過ぎた老人とは思えないぐらいの瞬発力でトリスに突進して飛びついてきたので、慌てて受け止めるしかなかったのだが、しかしここまで熱烈な出迎えを受けるのは完全に予想外だった。
「ちょ……クラウスさん、危ないっ! 危ないからっ!!」
トリスが受け止めなかったら間違いなく床にダイブしていた。
老人の骨密度を考えれば、転倒だけでもかなり危険だと心配するトリス。
「お帰りお帰りお帰りーっ! やっと帰ってきてくれたんじゃなーっ!」
お構いなしにトリスにすりすりするクラウス。
どうやらトリスの注意は耳に入っていないらしい。
「……た、ただいま」
トリスも諦めてから、その言葉を口にする。
ようやく帰ってきた。
そう思えたのは確かだから。
「うむ。お帰り」
クラウスもその返事に満足したようで、にっこりと笑う。
七年経っても快活な老人のままで、トリスは懐かしさに頬を緩める。
「クラウスさんは変わってないな。俺は、こんなに変わったのに」
「うむ。実はリーゼロックで研究しているアンチエイジング技術を自分の身体で試しているところでな。ここ数年、身体的には老化がほとんど進んでいないらしい」
「マジで……?」
「マジマジ。しかも若返ったように体力が向上してなぁ。元気いっぱいじゃ♪」
「ちょっと元気すぎると思うけど……」
「元気が無いよりはよいじゃろ?」
「確かにそうだけど……」
そういう問題なのだろうか……と首を傾げるトリス。
「それにしても立派な尻尾に成長したのう。写真では顔だけしか分からなかったからな。随分と大きくなった」
「………………」
マーシャの物より大きな尻尾をわしゃわしゃと撫でるクラウス。
彼ももふもふが大好きなのだ。
ただしレヴィほど狂ってはいないので、触り方は大人しい。
「おお。そっちが噂のちびトリスじゃな?」
「へ?」
クラウスが好奇心旺盛な表情でちびトリスに近付く。
「うひゃうっ!?」
「おお~。ちっちゃいと軽いのう~」
「い、いきなり何すんだよっ!?」
ちびトリスを抱っこしたクラウスはにこにこしながら頬ずりをした。
「うむ? 新しい家族への親愛のハグじゃが?」
「か、家族?」
「うむ。儂の三人目の孫じゃな」
「さ、三人目?」
「うむ。一人目はマーシャ、二人目はトリス、そして三人目がちびトリスじゃ♪」
「お、俺が爺さんの孫になるってことか?」
「うむ。嫌か?」
「嫌というか……まだいろいろついて行けないというか……」
いきなりすぎて感情が追いつかないのだろう。
ちびトリスは戸惑った表情でクラウスを見ている。
「大丈夫じゃ。ちびトリスは好きなことをして過ごせばいいからな。儂の家を自分の家だと思って、好きに遊ぶといい」
「お、同じ家に住むから、家族って事?」
「うむ。そういうことじゃな」
そういうことらしい。
しかしちびトリスも今の自分には保護者が必要なことは分かっている。
てっきりマーシャが保護者になってくれるものだと思っていたが、マーシャの保護者がその立場になるというのなら、断る理由もない。
「分かった。これからよろしく。爺さん」
「どうせならお爺ちゃんと呼んで欲しいのう。マーシャとトリスも昔はそう呼んでくれたんじゃよ」
「……じゃあ、お爺ちゃん」
「うむ。よろしくな、ちびトリス」
「うん」
こうして、ちびトリスはクラウスの新しい家族となった。
ちびトリスの方も無条件に自分を可愛がってくれるクラウスのことをそれなりに信用したようだ。
「レヴィの方はPMCの方に顔を出しておいてくれ。模擬戦やらせろとハロルド達がやかましくてな。相手をしてやってくれ」
「なんで俺だけっ!?」
「今回の救出作戦の報酬を寄越せと言っておるのう」
「うぐ……。そう言われると弱い……」
「あの……それなら俺も行った方がいいのか……? 俺も、一応は戦闘機に乗れるし……」
「その気持ちは受け取っておくが、トリスには別の仕事があるからな。それに連中が戦いたがっているのはあくまでも『星暴風《スターウィンド》』じゃからな。トリスの腕も聞いておるが、レヴィでなければ満足せんじゃろうよ」
「そうか……」
「落ち込まなくてもいい。トリスにはきちんと仕事を用意してあるし、レヴィに後でもふらせてやれば大喜びでやってくれるじゃろうよ」
「よし。今すぐPMCに行くぞーっ! さっさと片付けてトリスをもっふもふだーっ!」
レヴィが即答で行動を開始した。
会長室を出て行ったレヴィは、勝手知ったるリーゼロックということで、すぐにPMCの方へと向かった。
「マーシャはついて行かなくていいのか?」
「うん。今回はいい。トリスの方に用事があるから」
「俺に?」
「そう。仕事先に案内しないとな」
「い、今から?」
「そう。今から。悪いか?」
「いや。別に悪くはないが。随分と急だなと思って」
「うん。早くトリスを連れていってやりたいからな」
「……仕事、なんだよな?」
「もちろん仕事だ。でも、トリスはこの仕事、きっと気に入ると思うな」
「そうなのか?」
「私はそう思う」
「そうか」
マーシャがここまで自信を持っているということは、トリスに向いている仕事なのだろう。
今の自分に出来ることは戦闘機の操縦や格闘など、あくまでも戦闘関係のみのつもりだが、それで迷惑を掛けたリーゼロックの役に立てるのなら、全力で励むつもりだった。
今のトリスは目的を果たした抜け殻のようなもので、これから何をすればいいのか、何をしたいのかもよく分かっていない状態だ。
自分で考えずにただ仕事を与えられた方が、ひとまずは動ける。
「ひとまずシデンにも同じ職場に行って貰うつもりだけど、それで構わないか?」
マーシャは一緒に来たシデンの方を振り返る。
「それは別に構わないが、俺も一緒に行くってことは、戦闘関係か?」
「さて。それは行ってからのお楽しみだな」
にんまりと笑うマーシャ。
ちょっと意地の悪い笑い方だった。
「マーシャ。そやつは元海賊団の人間じゃろう? だったらハロルド達のところの方が向いているんじゃないか?」
「それでもいいんだけど、トリスのことが心配でここまで来たみたいだから。一緒に居られる方がいいかなと思って」
「なるほどな。そういうことならいいじゃろ。まあどんな仕事も経験は無駄にならんじゃろうからな。出来なければ別の仕事を紹介するから安心せい」
「その、ありがとうございます」
目の前の好々爺があのリーゼロックの会長だということを考えるとかなり緊張しているのだが、トリスやマーシャの様子を見ると、本当に家族として接しているようだ。
だからこそ自分はどんな風に接していいのか分からずに困ってしまう。
「構わん構わん。トリスを心配しているのは儂らも同じじゃからな。同じ気持ちの人間が傍にいてくれるのなら、安心出来るというものじゃ」
「………………」
「………………」
心配されているトリスは居心地悪そうに視線を逸らすが、そんなトリスを見てシデンは苦笑した。
冷徹な頭目だった彼も、この場では不器用な青年でしかないらしい。
新たな一面を見られて、それがまた『弟』っぽいと思ってしまい、和やかな気分になってしまう。
それを馬鹿にされたと誤解したのだろう。
トリスがギロリと睨んでくる。
そんな反応すらも子供っぽくて面白いと言ったら、本気で怒ってしまうかもしれない。
「ちびトリスも同じところに通うからな。仲良くするんじゃぞ」
「お、俺も? お爺ちゃんの家で暮らすんじゃないの?」
いきなりちびトリスが話題に上がったのでびっくりしてしまう。
「もちろん儂の家で暮らして貰うぞ。しかし外に出ない訳にもいかんじゃろう? 同じ歳ぐらいの子供と勉強したり、遊んだりするのが、ちびトリスぐらいの年頃には大事じゃからな」
「へ? つまりそこって……」
「うむ。儂が経営している児童養護施設兼学校じゃな」
クラウスが胸を張って宣言する。
そしてそれを聞いたトリスとシデンが固まる。
「児童養護施設……?」
「学校……?」
つまり、子供達が沢山集まっている場所ということだ。
そこで何をさせるつもりなのだろう。
「……ああ、分かった。警備員だな」
自分に出来そうなことと言えば、それぐらいしかない。
リーゼロックが経営する児童養護施設なら、警備員ぐらいいてもおかしくはない。
そう、無理矢理に自分を納得させた。
「ああ、なるほど。確かにそれなら俺たちに向いていそうだな」
シデンもその言葉を聞いて納得する。
というよりも、それ以外には思い浮かばない。
思い浮かべられない、という方が正しいのかもしれない。
「ふふふ♪」
「ふふふん♪」
「………………」
「………………」
マーシャとクラウスの意地の悪い笑みを見て、何故か寒気がしてしまう二人だった。
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