宇宙には不思議なことが沢山在る。
どれぐらい在るのかと問われればきっと『数え切れないほど』と答える人がかなりの数に上るだろう。
原因不明の宇宙船トラブルに見舞われる宙域や、乗組員の一部が突然発狂してしまうような宙域まで存在する。
そんな不思議の一つとして数えられているのが、現在はフラクティールと呼ばれる歪みの存在だ。
近付いただけで何もかもが破壊される歪みの渦。
ユイ・ハーヴェイによって『フラクティール』と名付けられたそれは、宇宙航行における新たなる可能性だった。
その歪みと同調出来る波長を人為的に発生させることによって、跳躍現象、いわゆるワープ航法を確立させたのだ。
もちろんその技術を確立させる為には莫大な予算が必要だった。
ユイ・ハーヴェイだけの力では到底不可能だっただろう。
しかしそこを解決したのが経済界における稀代の才女マーシャ・インヴェルクと、かつて歴史に名前を残した天才科学者の複製人格AIであるヴィクター・セレンティーノだった。
初期費用における約千兆という、莫大というのも馬鹿馬鹿しくなるような金額をあっさりと援助して、その先の費用も負担した。
それによってマーシャ・インヴェルクの資産は一時的に半分近くにまで落ち込んだが、しかしそこは経済界の女王とも呼ばれた彼女の才能が示す通り、投資家としての能力を存分に発揮して、元通りどころか以前以上の資産額に戻して見せたのだ。
マーシャにとっては見えている金の流れを少しばかり操作してやっただけ、ということになるのだが、それだけの事に苦心している他の投資家が聞いたら発狂するか殺意を抱くかのどちらかであろうと言いたくなる所業だった。
マーシャの天才性は綿密な計算や知的な努力によるものではなく、動物的直感に依るところが大きい。
未来予知にも匹敵するその直感で全ての物事を自分の望む通りに操作出来てしまうという、恐ろしい能力の持ち主だった。
もちろん、思い通りに出来るのはあくまでも金の流れなどという分かりやすいものだけであり、本当に自分が望むものに関しては思い通りになど出来ないのだが。
他人から見れば運のいい女、と映るのかもしれない。
しかしマーシャ本人からすればそれはただの偶然であり、自分に降りかかってきた縁や巡り合わせをどう活用するかによって結果は変わるのだと思っている。
自分自身の過去は決して幸せとは言えないものだったし、その後は幸運に恵まれたけれど、努力を怠ったつもりもない。
自分自身が望むものは、自分自身が前に進むことによって掴み取れると信じている。
そしてこれから挑戦することも、自分が前に進む為の努力の一環だと思っている。
危険は承知している。
それでも、自分が納得する為に挑戦するのだと決めている。
「なあ、マーシャ。本当にやるのか?」
「……俺も、やめておいた方がいいと思う」
レヴィとオッドが心配そうにマーシャへと声を掛ける。
彼女がこれから挑戦しようとしていることは、非常識を通り越して、異常としか思えないようなことだからだ。
しかしレヴィが出来ることは自分も出来るようになりたい。
マーシャはそう考えている。
意地を張っているだけではない。
レヴィの隣に立つに相応しい自分で居たいと、そう考えているだけだ。
それにただ危険に突っ込んでいくだけのつもりはない。
出来ると確信しているからこそ、挑戦するのだ。
「大丈夫だ。レヴィにだって出来たんだから。私とシオンとシルバーブラストなら出来るに決まっている」
レヴィは一人でやりきった。
しかしマーシャにはシオンがいる。
だから大丈夫だと確信している。
「大体、レヴィがうっかり漏らすから挑戦したくなったんじゃないか」
「う……まさかシルバーブラストでそれをやらかすとは思わなかったんだよ。スターウィンドなら出来ると思ってやってみただけなのに……」
「スターウィンドに出来るならシルバーブラストにも出来るさ」
「……否定出来ないのがなんだかなぁ」
これはもう止めても無駄だとレヴィは諦めた。
「まあ、マーシャなら出来ると思うですけどね~」
「………………」
オッドの方はシオンも心配そうに見ている。
こんな無茶に付き合わされる自分の恋人を心配しているのだ。
しかしシオンはオッドへと無邪気に笑いかける。
「大丈夫ですよ~。あたしとマーシャとシルバーブラストに不可能なんて無いのですです」
「……それはそうかもしれないが」
確かにマーシャとシオンとシルバーブラストがあれば可能だろう。
レヴィにも出来たことだ。
レヴィと同レベルの天才である彼女たちが、己の半身でもあるシルバーブラストを操るのだから、同じ事が出来ると考えるのは自然だった。
しかしそれでも心配なものは心配なのだ。
「アネゴもシオンもチャレンジ精神旺盛だよね~。負けず嫌いとでも言うのかな。僕は別に心配していないけどね。むしろ面白そうだから付いてきただけだし。記録を取ったらかなり面白そうだしね」
シャンティの方は全く心配していないようで、既に航行映像記録の準備に入っている。
未知が既知に変わる瞬間というのは、いつでも楽しいものだった。
「原始太陽系を宇宙船で正面から突っ切ってみせるなんて、格好いいよね」
ただし、それが生涯最後の好奇心にならなければの話だが。
★
時間は少し遡る。
問題のロリコンカップル……もといシオンの一途な恋心がようやく実ったことで一安心したマーシャ達は、それなりに忙しくしながらも、日々を楽しく過ごしていた。
マーシャはリーゼロックのお嬢様として、あらゆる部門に精力的に顔を出して、アドバイスをしたり、クラウスの手助けをしたりしていたし、シルバーブラストの性能強化の為の研究もしていた。
もちろん、投資家としてもお金を増やしていて、お金持ちレベルが上がったりもしていた。
個人資産額ではリーゼロック・グループの会長であるクラウスをも上回っているのだから実に恐ろしい。
そしてレヴィは強制的にリーゼロックPMCの戦闘訓練に付き合わされたりしていた。
本来なら所属させて部隊長にでもしてしまいたいのだが、マーシャが怒るのでゲストとしていつも相手をして貰っている。
たまに傭兵として仕事に駆り出されることもあるが、無理に殺す必要の無い任務ばかりなので、レヴィとしても気楽に参加している。
生き残った捕虜については上の方が取引材料に使うらしく、レヴィは嬉々として生け捕りにしたりしていた。
出撃する時はスターウィンドを持ち出しているので、いろいろなことを試すことが出来て楽しいとも感じ始めていた。
シルバーブラストとマーシャの護衛が本来の仕事だが、マーシャ自身はリーゼロックの重鎮として好き勝手に出歩けない立場になっているので、ロッティで大人しくしていることが多い。
もちろん、好き勝手に出歩こうと思えば可能だが、そうすればリーゼロックの人たちが困ってしまうことも知っているので、自粛しているのだ。
自由に宇宙を飛び回って、旅に出たいと考えてシルバーブラストを建造した筈なのに、しがらみに縛られて身動きを封じられているのは複雑だった。
しかしマーシャはそこまで不満には思っていないようだ。
自分とトリスを、そして多くの亜人を救ってくれたリーゼロックと、自分達を受け入れてくれたこのロッティに対して、少しでも力になりたいと考えているのかもしれない。
そんなマーシャの気持ちが分かるからこそ、レヴィはそれを応援したいと考えていた。
シルバーブラストの護衛としてはかなり暇だが、リーゼロックの影響力を増す為の協力なら惜しまずに動こうと決めていたので、自分に出来るのはPMCのゲスト戦力だったのだ。
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