シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

ヴィクターの秘密 3

公開日時: 2021年8月14日(土) 14:31
文字数:4,685

「もう~。マーシャったら。もう少しビクビクするレヴィちゃんを見ていたかったのに~」


 恨みがましそうに言うヴィクター。


 しかしマーシャは取り合わなかった。


「人の彼氏で遊ぶな」


「あら。独占欲?」


「悪いか? レヴィは私のものなんだから、博士には遊ばせないぞ」


「あらあらあら。随分とあけすけね~。レヴィちゃんもここまで素直になられると男冥利に尽きるってもんじゃない?」


「まあな。でもマーシャは昔から素直で可愛い女の子だったぜ」


「……あっさりとのろけられるとつまんないわね」


 ラブラブな二人の様子を見せられて、自分がからかう余地が無いことがつまらないヴィクターだった。


「でもまあ、貞操が安全だって言うマーシャの言葉には納得したよ。本体がこれじゃあな」


「うふふふ。そうね~。でもこういうことも出来るわよ」


「え……」


 ホログラムのヴィクターはレヴィに近付いてきて、その胸板を撫でまわした。


「うふふふふ~♪」


「………………」


 ホログラムなので、触られている感触は無い。


 ただ、メンタル的にはとんでもないセクハラを受けているような気がして、かなり不快だった。


「お尻も触っていいかしら?」


「お願いします止めて下さいマジで気持ち悪いです……」


 がくがくぶるぶる震えながらマーシャの後ろに隠れるレヴィ。


 確かに貞操は安全かもしれないが、メンタルに多大なるダメージを被ってしまいそうなのが恐ろしかった。


「博士。レヴィが本気で怯えているから止めてやれ」


「え~。そこがいいのに~」


「止めないとここの電力カットするぞ」


「脅迫に躊躇いが無いわねっ!」


 量子コンピュータが消費する電力は膨大なもので、そのエネルギーをカットされたらヴィクターは稼働出来ない。


 それどころか、いきなり電力をカットされた場合、バックアップデータも取れずに再起動の際、何らかの不具合が生じるかもしれない。


 そんな恐ろしいことは遠慮したかった。


「博士の頭脳は貴重だけど、レヴィの安全には代えられないからな」


「マーシャ……」


 じーんと感動するレヴィ。


 恋人の愛情が感じられてとても嬉しくなってしまうのだった。


「それからこれがユイから受け取ってきたフラクティール・ドライブの進捗データだ。博士のところにはまだ届いていないだろう? コピーするか?」


「するする~♪ 最近はこっちのメンテナンスにかかりっきりで、すっかりご無沙汰だったのよね~」


「ユイも博士には感謝していたぞ。アドバイスのお陰で随分と研究が進んでいるみたいだ」


「そりゃあアタシは天才ですもの~」


「否定はしないけどな」


 天才なのに変態なのが困りものなのであって、天才であることは否定しない。


「でも出発を控えているんだから、シルバーブラストとスターウィンドを優先してもらうぞ」


「分かってるわよ。もうほとんど終わってるから、問題無いわ」


「ならいいけど」


 マーシャはデータのコピーだけをさせて、部屋から出て行く。


 レヴィももちろんついて行った。




「ああ、怖かった。まさかあの変態が人間じゃなかったとはな……」


 ホログラムにセクハラされたレヴィはビクビクしながらマーシャにぼやいた。


 まだ気持ち悪さが消えない。


「多分、元々は人間だったと思うんだよ」


「え?」


「ヴィクター・セレンティーノ博士は三十二年前に死んでいる。実在した人物なんだよ」


「そ、そうなのか? じゃあもしかしてアレって幽霊みたなものなのか?」


「正確には違う。というよりも、名前が同じだけの別人だと思う」


「え?」


「まあ、厳密には別人とも言えないけど」


「訳が分からないぞ」


 マーシャの説明は端的すぎて、よく分からない。


 前後のつながりを最初から理解しているマーシャと違って、レヴィはヴィクターに対する知識がほとんど無いのだ。


「惑星レストリアのことは知っているか?」


「もちろん知っているけど。つーか現役時代に一番多く戦った国だったな」


「だろうな。レストリアとエミリオン連合はかなり大規模に敵対していたからな」


 軍事国家レストリア。


 表向きは共生を謳うエミリオン連合とは違い、他国を支配して管理下に置こうとする国だった。


 国民のほとんどは従軍を強制させられ、国が一丸となって巨大な戦力となっている。


 レストリアに植民地支配されている国も少なくはない。


 そしてエミリオン連合の管理下にある惑星にもちょっかいをかけてくるので、結果として戦闘が多く繰り広げられていたのだ。


 当時のレヴィの活躍もあり、今では活動規模を縮小させられているが、それでもエミリオン連合を脅かす勢力であることは間違いない。


 レヴィにとっても色々と苦い思い出だ。


 捨て身で向かってくるレストリアの戦力に対して、部下を護りきれなかったことも少なくはないのだ。


「あいつらとは二度と関わり合いになりたくないんだけどな。それで、レストリアがどうかしたのか?」


「いや。ヴィクター・セレンティーノはレストリアの科学者だったんだ」


「……マジで?」


「ああ。レストリア戦艦の管制頭脳は当時のエミリオン連合軍よりも優秀だったことは知っているだろう?」


「知っている。今ではかなり追いついてきたけど、二十年ぐらい前までは戦艦の性能にかなりの差があったらしいな」


「それを開発していたのがヴィクター・セレンティーノ博士だ」


「……マジですか。あの変態がそんな物騒なことをしていたのか」


「だから、今の博士は別人だ。本来のヴィクター・セレンティーノ博士は二十三年前に死亡している。そしてレストリアはその頭脳を惜しんで、彼の脳細胞を核にした人工頭脳を造り出そうとしたんだ」


「……それって、デジタルクローンみたいなものか?」


「そういうことだな。人間よりも優れた、人間に従う人工頭脳を造ろうとしたらしい」


「あー。大体分かった。あの変態はその成功作……もとい失敗作なんだな?」


「そういうことだな。当時のヴィクター・セレンティーノ博士の頭脳をそのまま再現しているが、人格はかなり違っていたらしい」


「じゃあオリジナルはあんな変態じゃなかった訳だな」


「そういうことだな。そして博士は人間に従うのはまっぴらご免だということで、レストリアから逃げ出したんだ。当時はレストリアの最新鋭艦を奪い取って、そこに自分の人格データを移行して、追っ手を振り切ったらしい」


「人間が乗っていなければ疲れ知らずで運行出来るって訳か」


「そういうことだな。まだ追っ手との戦闘中に私と会ったんだ。といっても、宇宙空間における通信での対面だけど」


「そして保護したのか?」


「面白そうだったからな。それに博士の天才性は疑う余地も無かったし。あと、敵が気に入らなかった。目的者になった私ごと殺そうとしたし」


「……流石はレストリア。非人道がスタンダードなんだな」


「そういうこと。博士と協力して敵を全滅させて、博士のコアデータだけこっちで引き取ってから、船の残骸は現場に放置。リーゼロックの量子コンピュータにコアデータを引っ越しさせて、現状の出来上がり」


「なるほど……」


 波瀾万丈すぎる展開だった。


 しかし、そういうことならあの博士がマーシャに協力している理由も理解出来た。


 恩人であるマーシャの力になってやりたいということだろう。


「シルバーブラストの開発やスターウィンドの開発にも手を貸して貰ったけど、博士自身は自分が面白いと思うこと以外はあまり研究したくないみたいだからな。成果はかなり限定的なものになっているんだ」


「なるほど」


「それでもリーゼロックの利益には莫大な貢献をしてくれているけど」


「いいことじゃないか」


「その分、予算は際限無しに使われるけど。かなりの金食い虫……いや、金食い変態というべきかな……」


「………………」


 酷い呼び方だった。


「しかしその後は追跡とかされなかったのか? レストリアの軍事機密なら、もっとしつこく食い下がってきそうな気がするんだけど」


「また代わりを造ればいいと思ったんだろうな。オリジナルの脳細胞標本は残っている訳だし」


「なるほど。じゃああの変態と似たような人工頭脳が今のレストリアにはあるってことか?」


「無い」


「え?」


「あの博士は偶発製品なんだ。人間の脳髄を元にして完璧な人格と頭脳を復元するなんていう発明が、そうほいほい成功してたまるか。博士は偶発的な成功例であって、その後は全く成功しなかったらしい。人格として起動しなかったものもあるし、起動した後はすぐに自滅したりということばかりで、結局は予算を食い潰して計画そのものが頓挫している」


「詳しいな」


「博士のことがあるからな。その後のレストリアの状況についてはマメに監視していたんだ」


「なるほど」


「だから博士の身元がばれると確かに危ない。だけどあの調子で大人しくしてくれているなら大丈夫だろう」


「大人しいか? アレ」


「シオンみたいに有機体を得て動き回ったりしないなら、大人しいものだと思う」


「げ。それは確かに。つーか、本人はそれを望んだりはしなかったのか? 生身に近い身体を得たいっていう願望ぐらいは持ちそうなものだけど」


「私もそれは提案したんだ。実際、有機体に人格データを移し替えたこともある」


「あるのか。それで、どうなった?」


「不評だった」


「不評って……なんで?」


「ヴィクター・セレンティーノとしての頭脳は持ち合わせていても、記憶は一切持っていないらしいからな。つまり、今の博士は人間として生まれた記憶は持っていなくて、機械として生まれた自分としての意識が強いんだ」


「それが何か問題なのか?」


「大問題だ。人間にとっては当たり前のことでも、機械には耐え難いことが数多く存在するんだ」


「?」


「例えば機械ならば三百六十度どころか、複数のカメラと接続して無数の目を得ることが出来る。だけど人間の目は二つきりで、前しか見えないだろう?」


「そりゃそうだ。……ああ、分かった。つまり人間の身体の不便さに耐えられないってことなんだな?」


「その通り。目に見えるものだけじゃない。有機体を用いている以上、食事という定期的な栄養摂取や睡眠、排泄なども必要になる。処理能力も大幅に落ちるし、受け取れる情報も制限される。機械として生まれて、その万能さを当たり前の感覚として受け入れてきた博士にはそれが耐えられなかったんだな。すぐに高性能量子コンピュータにコアデータを移して、以後は無数の機械と接続したりしながら生活している」


「でもあの場に閉じ込められて不満だったりしないのかな」


「その気になれば戦艦にコアデータの一部を移して自由に動き回れるからな。不便さは感じていないらしい。人間として当たり前に望むことが、博士の中には無いからな。強いて言うなら生身を得て男にセクハラしたいというぐらいか」


「……あいつには生身なんて一生必要無いと思う」


 ぶるぶると身震いしながら言うレヴィ。


 ホログラムのセクハラだけでも恐怖体験だったのだ。


 生身でやられたら間違いなくトラウマになる。


「まあ、そんな感じで、博士の気になる秘密はこれだけだ」


「うーむ。レストリアの軍事機密か。なんか、リスクの高い情報だけ与えられただけのような気がするな」


「じゃあ秘密にしたままの方が良かったか?」


「それも複雑。マーシャにはあんまり隠し事とかされたくない」


「そう思ったから教えたんだ」


「うん。まあ、知ることが出来て良かったよ」


 隠し事があるよりは、無い方がいい。


 今のレヴィはマーシャに隠し事をしているつもりは無いし、問われた事に関しては正直に教えるつもりでいる。


 マーシャも同じようにしてくれたら嬉しいという気持ちはある。


 何でもあけすけな関係というのは少し違うが、二人はちょうどいい距離感でお互いを尊重していた。



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