このまま順調にスターリットまで到着出来ると思っていたが、そうそう上手くはいかないらしい。
自分達の運命は、とことんまでに貧乏神やら死神やらにつきまとわれているらしいと実感してしまう。
そんなものにつきまとわれたくはないのだが、ここまで不運が続くとそう実感してしまうのも無理はない。
「うおっ!?」
「っ!?」
いきなり船体が揺れた。
船室で大人しくしていたレヴィアースとオッドは、いきなりの衝撃に緊張する。
こういう揺れはよく知っている。
宇宙船が被弾した時のものだ。
或いは、何かにぶつかった時の音だ。
「おいおいおいっ! 冗談だろっ!? 後一日でスターリットだぜ。このタイミングで襲撃とかトラブルとか、マジで勘弁してくれよっ!」
うわああああ……と頭を抱えるレヴィアース。
気持ちはよく分かる。
しかしこういう状況ならば大人しくしていられない。
何らかの対策を講じなければ、ここで宇宙の藻屑となってしまう。
「船橋へと行きますか?」
「それは俺が行く。状況が分かるまで、オッドはここで大人しくしていろ」
「しかし……」
「動けるようになったとは言え、今ので痛みがぶりかえしただろう? 無茶すんな」
「…………はい」
七日間大人しくしていたお陰で、傷はほとんど塞がったし、痛みもほぼ無くなっている。
しかし今の衝撃でそれらが少しぶり返してしまったのだ。
回復しかけている時の大衝撃にはかなり辟易とさせられる。
ここで無茶をして再び寝込んでしまっては、レヴィアースに迷惑をかけるばかりだ。
負担を押しつけると分かっていても、ここはレヴィアースに頼るしか無い。
「レヴィは大丈夫ですか?」
「俺の方はもう平気だ。痛みもねえよ」
「そうですか。ではお任せします」
「おう。お任せしろ♪」
素直に任せてくれるのが嬉しいらしく、レヴィアースはオッドに笑いかけてから船室を出て行く。
そして船橋まで走った。
「おいっ! 何があったっ!?」
緊急事態なので客人が船橋に入ってきても文句は言われなかった。
しかし構っている余裕も無いらしい。
「死にたくなかったら大人しくしていろ。今は海賊の襲撃を受けているところだ」
「何だって?」
「だから、海賊の襲撃だっ! このあたりには出没しない筈の奴らなんだが、今回は運が悪かったっ! 今は必死で凌いでいるんだから、死にたくなかったら邪魔すんじゃねえっ!」
船長がレヴィアースに怒鳴りつけてくる。
スクリーンには必死で応戦している様子が映し出された。
輸送用の貨物船であっても、海賊の自衛用に砲ぐらいは装備されている。
応戦出来ているのもそのお陰だろう。
「砲だけじゃどうにもならないだろう。戦闘機は無いのか?」
「一応、護衛に雇っていた戦闘機操縦者がいたが、ついさっき集中攻撃を受けて撃墜されちまったよっ!」
「………………」
そりゃあ、たった一機で出ればそうなるのも当然だ。
母艦を盾にして上手く立ち回れば一機でもなんとかなるのだが、戦闘機操縦者を雇い入れるなら、最低でもバディにするべきだ。
そうしなければ集中攻撃の的になることは分かりきっている。
しかしこの船長はそれを分かっていなかったらしい。
いや、今まではそれで何とかなっていたのだろう。
しかし今回は大ピンチだ。
「おい。予備機はあるのか?」
「何だと?」
「だから、戦闘機の予備だ。あるのか、無いのか。答えろ」
「予備はない。だが今回の荷物に一機だけ含まれている。リーゼロック製の最新鋭だ」
「………………」
意外なところで懐かしい名前を聞いた。
リーゼロックの機体ならば信頼出来る。
「売り物であってもここで撃墜されたら意味が無いな。だったら活用してみないか?」
「何だと?」
「俺が乗ってやる。だからリーゼロックの最新鋭機を出せ」
「……乗れるのか?」
「ああ。ここで問答するよりも、さっさと決めた方がいいぜ。俺は死にたくないし、あんた達もここで沈められたくはないだろう?」
「無事に済んでもぶっ壊したら弁償して貰う。それが条件だ」
「分かった」
レヴィアースの態度から、彼が本当に乗りこなせるのだと分かった船長は、賭けに出ることにした。
どのみちこのままでは沈められるのだ。
だったら一か八かの博打を打つしかない。
死にたくなければ最後まで足掻くしかないのだ。
レヴィアースは鍵と起動パスワードを預かってから、格納庫へと向かう。
そして戦闘機へと近付いた。
「………………」
これがリーゼロック製の戦闘機か、と少し感心する。
名前はレギンレイヴ。
なかなかにいい趣味をしている。
そしてレヴィアースの好みのフォルムだった。
すぐに乗り込んでから鍵を差し込み、起動させる。
今まで自分が乗っていたエミリオン連合軍制式採用機アークセイルとは少しだけ操作感覚が違っているが、彼も本職なので大体は分かる。
始めて乗る機体であっても、後は操縦しながら勘どころを掴んでいけばいいだろう。
「格納庫を開けっ! 出撃するっ!」
レヴィアースは船橋へと呼びかける。
すぐに格納庫が開いた。
レヴィアースはそのまま宇宙空間へと飛び出した。
「………………」
久しぶりの操縦席。
気分が弾まないと言ったら嘘になる。
しかし二度と乗らないと思っていた戦闘機に、こんな形で関わるとは思わなかった。
しかもよりにもよってリーゼロック製の戦闘機。
不思議な縁もあるものだ。
そしてレヴィアースは状況を確認する。
「戦闘機が十二。母艦が一。確かにこれは集中攻撃されても仕方ないな」
バディを組ませていたとしても怪しいところだ。
戦力が違いすぎる。
というよりも、たった一隻の貨物船をここまで集中した戦力で襲いかかる方がどうかしている。
どこの海賊かは知らないが、随分と大袈裟なことをするものだ。
「大体、ただの貨物船なら十二機も出撃させて、母艦の砲撃も含めたら、コストの方が割に合わないだろうに」
戦闘機の出撃はコストがかかる。
出撃の度にメンテナンスが必要になるので、どうしても交換パーツや人件費などのコストがかかってしまうのだ。
こんな一般の貨物船が相手なら二機か三機、多くても五機で十分というよりは、そうでなければコストが見合わない。
それなのにどうしてここで十二機もの大戦力で襲いかかってきたのか。
「もしかしたら、こいつが原因か?」
レヴィアースは自分の乗っているレギンレイヴに意識を移す。
リーゼロックの最新鋭機。
これを奪い取ってしまえば、コストは十分に見合うと考えたのかもしれない。
だとすれば、出撃してきたとしても、なるべく無傷で手に入れたい筈だ。
「少し試してみるか」
この機体が狙いならば、迂闊に攻撃出来ない。
すぐに動きに躊躇いが出る筈だ。
レヴィアースが本気を出せば十二機が相手でも勝てる自信はあるが、それはあくまでも本気を出した場合だ。
『星暴風《スターウィンド》』としての本気を出せば、それが噂になって広まるリスクがある。
命懸けの状況だが、先のことも考えると、そんなリスクは冒せない。
つまり、レヴィアース・マルグレイトの技倆を発揮させないまま、一般の戦闘機操縦者としての実力のみで相手を倒す必要がある。
しかも一体多数で。
はっきりいって不毛すぎる戦いだが、生き延びる為には仕方がない。
やるしかないのならば、やりきるまでだ。
「よし」
レヴィアースはそのまま十二機の戦闘機の群れに正面から突っ込んだ。
そして予想は大当たりだった。
攻撃はしてくるものの、思い切ったことは出来ない。
まさか商品を出してくるとは思わなかったのだろう。
海賊側は最初こそ戸惑っているようだが、こうなった以上覚悟を決めたようだ。
正確には、動きの鈍った奴らをレヴィアースが一気に攻撃して、十二機から六機にまで減らした時点での覚悟だったが。
躊躇っていては自分達が殺されると判断したのだろう。
その判断は正しいが、少し遅すぎた。
相手はレヴィアース・マルグレイトなのだ。
本気で挑んでも勝てない相手に、状況判断を間違えた時点で終わっている。
逃げることを選択していればまだ助かったのだろうが、少しでも自分のことを知ってしまった相手を見逃すつもりはなかった。
味方側は仕方ないが、敵側にまで情報を広めてしまってはリスクが上がる一方だ。
レヴィアースは縦横無尽に動き回り、時にはアクロバットな操縦を披露して、的確に攻撃をしていった。
相手の砲撃をギリギリの動きで避け、時には射線を利用して同士討ちまで行わせた。
一体多数における多数側のデメリットは、射線が重ならないように動かなければならないことだ。
しかし海賊達にそこまでの連携を求めるのは酷だろう。
それぞれが好き勝手に動いているのだ。
射線が重なると判断したら動きが鈍る。
予め重ならないように出来るベテランは二割程度だった。
気遣いというよりは年季の違いだろう。
残り二機になった時点で、レヴィアースも少しだけ際どい戦いを強いられる。
この二機の連携は抜群だった。
的確に攻撃してくるし、ミスを誘われるほど未熟ではない。
となるとレヴィアースとしても純粋な技倆で撃墜するしかないのだが、『星暴風《スターウィンド》』らしさを封じた操縦なので、少しばかり精彩に欠ける。
しかしそれでも元々の技倆がずば抜けているので、何とか凌いでいる。
アクロバットな動きを繰り返して攻撃を凌いでいるが、あまり気楽にはしていられない。
「うぅ……」
レヴィアースの口元から呻き声が漏れる。
腹部の痛みがぶり返してきたのだ。
確かに回復はしていたし、オッドよりはずっと動ける状態だったが、それでも戦闘機で高速機動を行っていれば、身体にかかる負担がかなり大きい。
慣性相殺がある程度効いているが、それでも身体を圧迫する負荷からは逃れられない。
特にレヴィアースのような高速機動で相手を翻弄するタイプの操縦者ならば尚更だ。
「不味いな……」
あまり長引かせると自分の方が沈められてしまう。
痛み止めは一応持っているが、それを飲んだら反応速度が鈍ることも分かっているので出来ない。
腕の差だけならば自分が上だ。
しかし『星暴風《スターウィンド》』としての本領を発揮出来ない上に、ダメージまで負っているのだ。
時間をかければかけるほどに不利なのは明らかだった。
「くっそー。なんだこの縛りプレイ。鬼畜にもほどがある」
ぼやいてみるが、誰も聞いてくれない。
操縦席にはレヴィアース一人なのだから当然だった。
「でもここで縛っとかないと後が不味いしなぁ……」
ぼやきながらも理性は健在だ。
先のことを考えると、ここで正体が露見するようなヘマをする訳にはいかないのだ。
それで命の危機に陥っていれば意味が無いと突っ込まれそうだが、その先に命の危機が待っているのなら、基本的には変わらない。
「しかも機体も損傷させるなときた。はあ、そろそろ投げ出したくなってきたな……」
何を投げ出したいのか。
正体を隠すこと。
生き延びること。
楽になりたいという気持ちが無いと言ったら嘘になる。
しかし、そう簡単に死んでやる訳にもいかないのだ。
自分は、一人ではないのだから。
「あまり長くは保たない。となると、一瞬で決めるしかないな」
脂汗が流れる頬を僅かにひくつかせる。
痛みで意識を手放しそうになってきている。
本当に時間がない。
敵機の連携は抜群。
自分のコンディションは最悪。
しかし、諦めない。
「よし」
レヴィアースは腹をくくった。
ダメージは大きくなるかもしれないが、短時間でけりをつけるにはそれしかないと判断したのだ。
失敗すれば撃墜されるし、そのまま死んでしまうだろうが、どのみちこのままでは死ぬのだ。
だったら覚悟を決めるしかない。
そしてこういう覚悟を決めた時のレヴィアースは絶対に失敗しない。
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