シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

宇宙《ソラ》を見上げる運び屋6

公開日時: 2021年3月9日(火) 07:00
文字数:5,590

「知っているよな? というよりも、忘れられる筈が無いよな?」


「……分からないことがある」


「何だ?」


「どうして、そこまで俺のことを知っている?」


 グレアス・ファルコン。


 それはレヴィにとっても忘れられない名前だった。


 レヴィと、そして大切な部下達の命を奪った人間の名前だ。


 その命令を下したのはエミリオン連合の上層部だが、直接手を下したのはファルコンだった。


 諦め、折り合いを付け、忘れたフリをしていた名前。


 それを思い出させられて、穏やかでは居られない。


 胸の中に復讐の炎が灯る。


「レヴィのことなら、ある程度は知っている。言っただろう? 私はお前に憧れているんだ。憧れている対象を調べ尽くすのは当然だろう」


「それだけで済ませていい問題じゃないだろう。シャンティが施してくれた偽装は勘でなんとかなるかもしれない。だがあの事件はエミリオン連合の中でも相当深い闇に葬られている筈のものだ。少し調べたぐらいで分かることではないし、勘でどうにかなるものでもないぞ」


 レヴィという存在を殺したあの事件。


 エミリオン連合に殺され、グレアス・ファルコンに殺されたあの事件。


 あれは『無かったことにされた事件』なのだ。


 歴史の闇に葬られた、忌々しい出来事。


 その事件を嗅ぎつければ、エミリオン連合から暗殺されかねないほどに、危険な情報なのだ。


「そうかな? たとえ闇に葬られた事件であっても、漏れる口を完全に塞ぐことは不可能だ。そこに焦点を当てて徹底的に調べれば、何かがあったことぐらいは察せられるだろうし、とっかかりさえあれば更に深く調べる事が出来る」


「……そうかもしれないけどな。どうしてその事件にそこまで執着した?」


「私が執着したのはレヴィアース・マルグレイトという存在だ」


「………………」


「どうして、と問いたげだな」


「問いかけたら、答えてくれるのか?」


「いいや。答えない」


「……なんだよ、それは」


「いや。まあ、これはただ拗ねてるだけなのかもな」


「?」


「いいや。こっちの話だ。とにかく、私はレヴィに対して悪意は持っていない。もしも騙されていたと判断したのなら、途中で撃ち殺してくれて構わない」


「………………」


「だから、取り敢えず引き受けてくれないか?」


「………………」


 レヴィは考え込んだ。


 どう考えても目の前に居るマーシャは何かを隠している。


 しかしそれはこちらを騙そうとする類いのものではないらしい。


 むしろ、気付いて欲しいという願望が少しだけ垣間見える。


 何に気付いて欲しいのかは分からないが、それに関しては拗ねられるだけの理由があるのだろう。


 憧れている相手に対して求めていたものに気付けないから、などという乙女な理由だろうか。


 だとしたら可愛らしいとも思うのだが、そういう感じでもない。


 個人的には宇宙船のパーツというものには興味がある。


 それが最新鋭技術ならば尚更だ。


 宇宙そのものにわずかな未練があることも確かだ。


 そして何よりも、グレアス・ファルコンとは因縁がある。


 もしも彼と直接接触が出来るのなら、殺す機会もあるのかもしれない。


 今更そんなことをしても、過去は取り戻せない。


 救えなかった部下は戻ってこない。


 捨てるしかなかった自分自身も取り戻せない。


 レヴィアース・マルグレイトには戻れない。


 それでも、この手で彼を殺せるのなら、多少の危険は顧みないと思える自分がそこにいた。


「一つだけ、条件がある」


「何だ?」


「グレアス・ファルコンが俺の手の届く範囲に近付いてきたら、邪魔はしないでもらいたい」


「つまり、自分の手で殺したいってことか?」


「そういうことだ」


「それは少し難しいかもしれない」


「どういうことだ?」


「地上に降りてきているのは部下達だけだ。グレアス・ファルコンは軌道上から指示を出している」


「む……」


「それとも、宇宙に上がってまで殺しに行くつもりか?」


「生憎と、乗り物のアテがない」


「それぐらいなら私が用意するぞ」


「何だと?」


「私の船にだって戦闘機ぐらい積んであるからな。レヴィが望むなら貸してやってもいい。ただし、一人で戦艦と複数の戦闘機を相手取る覚悟があるならな」


「………………」


 自分の腕はまだ錆付いていない筈だ。


 少なくとも、レヴィはそう自覚している。


 しかし正確な戦力が分からない以上、戦いを挑むのは無謀かもしれない。


 今の生活は失いたくない。


 だけど、過去の因縁も無視出来ない。


 レヴィは苦悩の表情で唸る。


「……分かった」


「分かった、とは?」


「とりあえず、運ぶだけなら引き受けてやる。戦闘員もオッドを貸してやる」


「よし。ならば契約成立だな」


 マーシャはにっこりと笑ってから携帯端末を取り出した。


「何をしているんだ?」


「うん? だから、契約成立したから、前払い報酬を送金しているんだ」


「前払い報酬って……まさか……」


 五百万ダラスだろうか。


 携帯端末を軽快に操作してから、マーシャは満足そうに頷いた。


「よし。これで送金完了だ」


「マジか……」


 念のため、指定口座を確認してみる。


 すると本当に五百万ダラスの送金があった。


 一気に大金持ちである。


「まあ、宇宙船を造るような奴なら、それぐらいの金はぽんと出せるんだろうけど……」


「うん? 宇宙船を造っているからという理由はあまり関係ないぞ。これは私が投資家として稼いだ金だからな」


「そうなのか?」


「ああ。総資産からすればほんのわずかだし、無駄になったとしても痛手にはならない」


「……どんだけお金持ちなんだよ」


「スーパーなお金持ちだな」


「すげえな……」


「ふふん。まあな」


 マーシャはかなり得意そうだった。


 褒められたのが嬉しいのかもしれない。


 そういうところは素直な少女みたいで可愛らしい。


「すぐに出発するのか?」


「いや。近くで待機している仲間に来て貰うから、少し待ってくれ。足も持ってきてくれる筈だからな」


「足?」


「車だよ。今回あんたも乗り込むんだろう? オッドもシャンティもいるんだから、どうしても車で運ぶ必要がある」


「ああ、なるほど」


「もしもし、オッドか? 契約成立だから、セレナスの前まで来て欲しい。近くにいるんだろう? ああ、頼む」


 レヴィは携帯端末でオッドと連絡を取った。


 既に準備万端だという。


 流石は相棒だった。


「十分後に来るぞ」


「じゃああと一杯は飲めるな」


「これからドンパチかもしれないのに、よく飲めるなぁ」


「レヴィだって飲んでるじゃないか」


「まあ、それもそうか」


 酒場で待ち合わせなのだから当然である。


「マスター。ローザを出してくれないか?」


「また高い酒を要求してきたな。マーシャなら問題無いだろうが」


「なんだそりゃ」


「うちでは一杯六万で販売している酒だ」


「ぶっ!」


 レヴィが思わず噴き出した。


 幸い、酒は口に含んでいなかったので、被害はゼロだった。


「うちじゃダントツで高い酒だな。滅多に注文されない」


「そりゃそうだろう……」


 六万もあれば切り詰めれば半月は生活出来る。


 それをグラス一杯の酒に捧げる度胸は、流石のレヴィにも無かった。


「ああ、二杯よろしく。レヴィの分も」


「は?」


「分かった」


 唖然とするレヴィと、儲けになるのなら大喜びで準備する店主。


 出されたルビーのような酒をこわごわと手に取る。


「仕事の成功を祈って」


 マーシャが気安く手に取ってレヴィに笑いかける。


 彼女にとってはこわごわとするようなものではないのだろう。


 金銭感覚が違いすぎて恐ろしい。


「運ぶだけなら成功させるさ。俺もその程度のプライドは持ち合わせている」


「そうだな。『星暴風《スターウィンド》』ならその程度は楽勝だろうな」


「その呼び方はやめろ」


「嫌なのか?」


「捨てた過去だからな」


「そうか」


 マーシャは何も言わなかった。


 自分が口を出す問題ではないと判断したのだろう。


 軽くグラスをぶつけ合ってから、お互いにルビーの液体を飲んだ。


「美味いな」


「私のお気に入りだからな」


「なるほど」


 恐ろしい値段の『お気に入り』だが、この味ならば気に入るのも当然だと思った。


 先ほど飲ませて貰ったレイラとは別の意味で鮮烈な味わいが広がる。


 そして鮮烈でありながら、重厚な上品さもあるのだ。


 まさしく王者の風格を兼ね備えた酒だった。


 これよりも高価な酒も探せばいくらでもあるのだろうが、高いから好みの味になるという訳でもない。


 辛うじて手が届く範囲にこのクラスの酒が存在してくれているというのは、なんだか嬉しかった。






 飲み終わる頃には携帯端末が鳴った。


 どうやら到着したらしい。


「よし。ならお仕事しますかね」


「よろしく頼む」


「任せろ」


 その前に支払いを済ませようとしたのだが、マーシャがカードを店主に差し出していた。


「一緒で頼む」


「おいおい」


 自分の分も含めてレヴィが払うつもりだったのだが、マーシャはそれをさせなかった。


「前払いの上乗せだと思ってくれればいい。場合によっては本当に危険なことになるかもしれないからな」


「む……。まあ、そういうことなら遠慮無く奢られておこうか」


 女性に奢られるのは微妙な気持ちになったりもするのだが、マーシャはレヴィが考えるよりもずっと金持ちのようだし、正当な理由があるのなら受けておく方が良好な関係を維持出来る。


 一緒に行動する間は仲良くしておきたい。


 正体を知られているのでどうしても警戒は残ってしまうが、それでもレヴィはマーシャのことが嫌ではなかった。


 一緒に居るとなんだか懐かしい気持ちにさせられるのだ。


 どうしてなのか分からないが、胸の奥がざわつく。


 三十路すぎて初恋……? などと一瞬だけ冗談交じりに考えたが、そういう感覚でもない。


 すっきりしない感覚だけが残っているのだ。


 一緒に行動する内に、その感覚について何か分かればいいと思った。


 セレナスを出ると、少し歩いたところに大きな車が停まっていた。


 セレナスは狭い路地にあるので、路上に車を停めると迷惑になる。


 オッドは広い道路の路肩に車を停めていたのだ。


「待たせたな、オッド」


 運転席に乗っていたオッドに声を掛ける。


 その後ろにはマーシャが立っていた。


「彼女が依頼人ですか?」


「ああ。マーシャ・インヴェルクって名前だ」


「カレン・ロビンスでは?」


「そっちは偽名だった」


「そうですか」


 偽名だったことには驚かないオッドだった。


 それはシャンティからの情報で分かりきっていたことだからだ。


『マーシャ・インヴェルク』という名前が本名とも限らないが、全てをさらけ出さなければ依頼を受けられないという訳ではない。


 レヴィが受けると判断したのなら、オッドはそれを尊重する。


 オッドはマーシャのことは信用していないが、レヴィに対しては全幅の信頼を寄せている。


 だから彼の判断に従うのはオッドにとって当然のことでもあった。


「うわ~。近くで見るとすっごい美人さんだね」


 亜麻色の髪の少年が後部座席から乗り出してくる。


 灰色の瞳がきらきらと好奇心で輝いている。


「初めまして~。僕はシャンティ・アルビレオだよ。アニキの仲間なんだ」


「初めまして、シャンティ」


 マーシャはあどけなさを残す少年に笑いかける。


 素直な可愛らしさが微笑ましいと思ったのかもしれない。


「うん。よろしくね」


「よろしく」


 オッドとは軽く会釈を交わすだけだったが、シャンティには愛想良くしている。


 案外、子供には甘いのかもしれない。


「運転代わるぜ」


「お願いします」


 レヴィが運転席へと座る。


 通常の運転ならばオッドに任せていても問題はないが、運び屋として動くならばレヴィが運転することになる。


 オッドにはレヴィほどの技倆は無いからだ。


「よし。じゃあ出発しますか。セリオン峠でいいんだよな?」


「ああ」


「具体的にはどの辺りだ?」


「ガルア工業地帯まで頼む」


「ああ、あの辺りか」


 セリオン峠を少し下ったところに、広くて平坦な地域がある。


 そこは人里から適度に離れているので、様々な工場があるのだ。


 ガルア工業地帯と呼ばれる場所だ。


「問題の宇宙船はそこで建造しているのか?」


「まあな。廃工場になった場所を買い取って、そこで建造していた」


「ふうん。まあいいや。じゃあその工場まで運べばいいんだな?」


「そういうことだ。詳しい番地はここだな」


 マーシャは住所の詳しい番地まで表示させてレヴィに見せた。


「ふうん。工場地帯の中でも随分と僻地だな」


「たまたま僻地が廃工場になっていたからな。助かった」


「助かる? 何でだ?」


「今回の件で不必要に被害を広げずに済むだろう?」


「………………」


 自分一人で運ぶ際には被害をまき散らすことを躊躇わない発言をしたのに、こういう部分で心配するのは何かが違うと思うレヴィだった。


 しかしレヴィが引き受けた以上、被害は最小限に留める努力はしてくれるらしい。


「無関係の人間を巻き込むのは本意じゃないんだ」


「俺も、本来は無関係だと思うんだがなぁ」


「仕事を引き受けた以上、立派に共犯者だ」


「まあ、そうだな」


 引き受けた以上は共犯者。


 それが契約というものだ。


 そしてレヴィは契約を重んじる性格だった。


 一度約束したことは必ず守る。


 裏切ったり、騙したりということは考えない。


 そういうことが出来る性格ではないのだ。


 いい年をして純真すぎると、オッドなどは少し呆れているが、レヴィのそういう部分にこそ信頼を置いているのだから、それを責めたりはしなかった。


「じゃあ、出発しようか」


「頼む」


「任せろ」


 レヴィはハンドルを握り、マーシャはその隣に座った。


 いつもならその場所にはオッドが座るのだが、今回はマーシャに譲っておいた。


 オッドは大人しく後部座席へと座る。


 美女の隣に座れなかったシャンティが少しばかり残念そうだったが、今回はこれでいい。


 シャンティも駆り出している以上、いざとなれば自分が護らなければならない。


 銃撃戦になった場合、マーシャがシャンティを護ってくれるとは思えない。


 自分の身を守るだけで手一杯だろう。


 戦闘は自分が受け持つとマーシャが言っていたが、彼女がどれほど戦えるのかは分からない。


 戦闘要員として、オッドも気を引き締めるのだった。






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