「ちっ……」
ホワイトライトニングの中でトリスは忌々しげに舌打ちをしていた。
マーシャの船であるシルバーブラスト。
そしてリーゼロックPMCのアンノウン船。
どちらもトリスの味方ではあるが、ある意味では敵でもある。
邪魔は許さない。
獲物だけは譲らない。
そんな気持ちでトリスは攻撃を繰り返す。
戦力差は絶望的だった。
最初の攻撃で戦艦はある程度潰したが、それでも戦闘機の数だけでも五倍の差があるのだ。
流石に今回は生き残れないだろう。
それでも強引な突破を試みれば、トリスだけはセッテのところまで辿り着けると確信している。
自分の腕はその程度には立つと自負している。
だからこそトリスは絶望していなかった。
しかし敵の後方から現れたマーシャ達は、トリスの獲物であるセッテのすぐ近くにいるのだ。
いつ獲物を横取りされるか分からない。
セッテを殺すのは自分だ。
仲間を取り戻すのは自分だ。
横取りだけは許さない。
そんな焦りがトリスの攻撃を更に加速させていた。
「頭目……すみません……」
「今まで、夢を見させてくれてありがとうございました……」
「最期まで、敵を殺し続けてくださいね……」
「ああ。ゆっくり休め」
次々と入ってくる通信は、味方からの最期の言葉だった。
次々と撃破されていく味方の戦闘機。
後方にいるマーシャ達は助けに来られない。
助けるつもりもないのだろう。
トリスのことしか助けるつもりが無いマーシャ達は、他のメンバーのことは気に掛けていない。
トリスの正体を知られれば新たな火種になる可能性もあるので、見殺しにするつもりなのだろう。
そのことを責めるつもりはない。
元より、ここで散るつもりだったのだ。
死を覚悟しているのに助けて貰えないなどと嘆く理由も無い。
だからトリスに出来ることは、いつも通り静かで冷徹な声で見送るだけだった。
利用し合うだけの関係だったが、それでも己の人生を精一杯貫いた相手には敬意を払っている。
だからこそ、最期はゆっくりと、安らかに逝けるように、穏やかな言葉を掛ける。
人間相手でも、それぐらいはしてもいいと思っていたのだ。
「分かっている。殺し続けるさ。最期まで。そしてセッテは必ず殺す」
目的を果たすまでは立ち止まれない。
その為に生きてきたのだから。
だけどマーシャの言葉が、レヴィの言葉が、トリスに迷いを生じさせる。
生き残りたいと願う心が生まれる。
だからこそ、トリスは苦しんでいた。
「考えるな」
余計なことは考えるな。
今は目的を果たすことだけを。
ただ、それだけを。
トリスは操縦桿を握ってから再び前を見据えた。
★
「おいおい。一海賊団にこの戦力って、どれだけ評価されてんだよ、トリスの奴」
「いやいや、トリスだしな。マーシャちゃん同様、滅茶苦茶強くなってるかもしれないじゃないか」
「だよな。帰ってきたら是非とも手合わせ願いたいもんだぜ」
「それよりもレヴィだよレヴィ。あいつともう一回戦いたいぜ」
「終わったら模擬戦させればいいじゃねえか。今回の報酬だ」
「おお~。いいね~。『星暴風《スターウィンド》』と戦うのはなんか楽しいからな」
「勝てないのに楽しいって、不思議な奴だけどな」
「言えてる言えてる」
のどかな会話を続けながら、次々とエミリオン連合軍の戦闘機を屠っているのは、リーゼロックPMCの傭兵達だった。
元々が一流の戦闘機操縦者達なので、エミリオン連合軍とも引けを取らない。
それどころかピーキーなお蔵入り機体をここ数日の訓練で完璧に使いこなせるようになった為、既製品のエミリオン連合軍よりも優位に立っているぐらいだった。
もちろん、手強い相手は居る。
明らかに隊長格だろうという相手も居た。
そういう手合いに一対一の戦闘をふっかけるのが今回の楽しみでもあったが、犠牲が出ては意味が無いので、常に仲間をフォロー出来る立ち位置にいる。
楽しみつつも的確に敵を減らしていく手際は流石だった。
互いの連携がきっちり取れている為、犠牲はほとんど出ていない。
機体が損傷したらすぐに引き下がって母船に戻っている。
それでも損耗は一割以下だった。
「おい、イーグル。セッテの船は攻撃するなよ。トリスに恨まれるぞ」
イーグルがセッテの船を攻撃しようとしていたので注意するハロルド。
「分かってるけどな。でも逃げられないように推進機関ぐらいは潰しておこうと思って」
「やめとけ。そんなことをすれば脱出艇で逃げ出すぞ。前回の二の舞だ。そうなると生け捕りは難しくなる。トリスに引き渡せなくなるぞ」
「うわ。それは困るな」
「退路を塞ぐぐらいにしておけ」
「了解、隊長殿」
後方から現れたのでセッテの船を直接攻撃することも可能だったが、リーゼロックPMCの傭兵達はそうしなかった。
出来ることをしないのは、トリスに恨まれたくないからだ。
可愛がっていた少年から恨まれるのは辛い。
出来ればもう一度、あの時間を取り戻したい。
それは彼らの願いでもあった。
「お? 何だあれは?」
セッテの船から見慣れない小型機が出てきた。
戦闘機ではない。
しかし脱出艇でもない。
明らかに戦闘能力を持ったものだった。
「分からない。だが気をつけろ」
「おう」
「警戒態勢は維持する」
赤い機体は肉厚の蜘蛛のような形だった。
基本は球体だが、全方位に足が生えている。
いや、あれは足ではなく砲身だ。
つまり全方位への砲撃が可能だということだろう。
「馬鹿か? あんなもの使いこなせる筈が無いのに」
ハロルドは呆れたように呟く。
全方位の砲身。
確かに全方位を攻撃出来れば無敵に近いが、それは不可能だ。
人間の知覚ではそれを使いこなすことが出来ない。
前しか見えないし、感覚を頼ったところで限界がある。
全方位対応というのなら機体を動かしてから砲撃した方がマシだ。
システムアシストを利用したとしても、人間の操縦者が避ける方が確実に早い。
「まさかアレにセッテが乗ってる訳じゃないよな?」
「まさか。奴は研究者であって操縦者じゃない。こんな無謀は行わない筈だ」
「だよな。じゃあ潰すか」
「賛成。得たいがしれない奴はさっさと潰しておくに限る」
「よし。じゃあ俺が囮をやるから攻撃頼むぜ」
「了解」
「任せろ」
一人が言い出すと他のメンバーも自然と自分の役割を変えていく。
指示を出さなくても自分達で臨機応変に対応出来るのがリーゼロックPMCの強みだった。
隊長のハロルドの教育の賜物でもあるが、これはレヴィとの模擬戦が効果を発揮している。
どれだけ最適な戦術を駆使しても勝てなかった天才操縦者を相手取るには、常に最適な自己判断が出来る仲間が必要だと考えたのだ。
その結果、今のような形になった。
この状態でレヴィと対峙すればもう少しマシな戦闘が出来るだろうと期待している。
「……は?」
イーグルは最初、何が起こったのか理解出来なかった。
囮を担当した彼は最初は様子見をしようと不明機に近付いたのだが、気がついたら右翼を撃たれていた。
あり得ない位置からの砲撃。
機体スペックにおいては可能であっても、人間である以上、知覚の限界は存在する。
イーグルはそれを知り尽くしているからこそ、全方位の攻撃が可能な不明機にも近付いていったのだ。
この角度からなら砲撃されても避ける余裕があると判断した。
しかしこちらの反応速度を上回る攻撃を行われた。
何が起きたのかすぐには理解出来なかったのも無理はない。
「イーグル! 一旦下がれ!」
「分かった!」
ハロルドの指示ですぐに下がる。
この機体ではもう戦えない。
母船に戻るしかないだろう。
元々がお蔵入り機体なので予備機は無い。
だからこそここで離脱するということは、リタイアするということでもある。
心残りはあったが、犠牲を出すよりはマシだ。
とにかくアレに近付くのは危険だと判断したハロルドは、距離を取った戦闘でデータを集めることにした。
「全員、どこから攻撃が来ても避けられる距離を取れ」
「了解」
「ありゃあ手強い。つーか本当に人間が操縦してるのかねぇ。システム任せの無人機だったりしないか?」
「いや、そりゃ無いだろ。システムがあれだけ働いてくれるなら、俺たちは必要ないじゃないか」
「確かにな」
たった一機でリーゼロックPMCの精鋭を圧倒する性能。
そんなものがシステムのみで可能になるのなら、とっくにエミリオン連合軍で採用されている筈だ。
人間の操縦者が必要なくなるなど、あってはならない。
というよりも、あって欲しくないというのが本音だった。
「死んだら承知しないからな」
「おう」
「トリスをもふるまで死ねるか」
「その通り!」
動機がレヴィと大差ないぐらいにアホらしいが、これもトリスへの愛情の表れだった。
ここで犠牲を出したらトリスが悲しむ。
あの優しい少年が自分達に手を貸してくれた所為で人が死んだなどという事実を飲み込めるとは思えない。
だからこそ犠牲は出さない。
それが最善なのだ。
そしてリーゼロックPMCにはそれが出来るだけの力があった。
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