一瞬、どこかのトンネルか通路? みたいな場所を抜けたイメージがあたしの中を通り過ぎた。
そして周りの状況が変わってることに気づく。ほんの少し薄闇が広がり始めてる道は、どう見ても走り慣れた道とは違っていた。
電柱がない、車が走ってない、そもそも人すら歩いてない。ビルもお店もイルミネーションもない。
あたしは一体どこを走ってるの?
遠くまで広がる草原やら散在する小さな林やら。家はあるけど、ファンタジーの世界にでもありそうな西洋風の平屋ばかり。
ああ、でも道が広く整備されてるのはいいな。ってそこを気にするのもどうなのよ。
ねえ、本当にここどこ? いくら会社が都下でも、こんな実家の田舎道みたいなとこないし。
辺りを見回していたせいで、危うく彼を見失うところだった。慌てているのか、蓮はあたしに気づいてないみたい。
とにかく必死で彼を追いかける。見失ったら一人で知らない場所に置いてけぼり確定だ。
さっきから全然機能してないナビが余計にあたしを焦らせる。
蓮はバイクを止め一軒の家に入っていった。あたしもその家に向かってバイクを走らせる。
止めてある黒いバイクの横に並べて停める。ヘルメットを脱いで家のドアを叩こうとすると、中から声が聞こえてきた。
「……いきなり……いて……」
「……とは初めてです。指揮官までいるらしく、こちらの警備の者だけでは対応しかねている状況なのです」
「じゃあ、そのゴブリンの群れを追い払えればいいんだな」
「はい。後は補給物資を運べば我々でもなんとかなると思うんですが、とにかく数が多くて」
「では先に行く」
「蓮!」
「つかさ!? お前なんでここに?」
ドアが開いて彼が出てきたけど、それはあたしが聞きたいよ。ここがどこで、なんであんたが中世騎士みたいなコスプレして出てくるのか。
「勇者様、この者は? 何者ですか」
「勇者ぁ!?」
素っ頓狂なあたしの声に蓮は頭を抱えて呻いた。
「ええっと、お前異世界物とか好きだったよな? そんで初めて会ったのも即売会だったよな?」
こくこくと頷く。目を丸くしたままのあたしの肩にポンと手を乗せて蓮は言った。
「そのまま受け入れてくれるとありがたい。俺、異世界で勇者やってる」
「……はい?」
なん……ですと?
「ここの世界の勇者をやってる。ついでに聞くがお前、空飛んだりするのは苦手か?」
「いやぁ、それはないかな。うん、大丈夫だと思う」
普通に聞かれて普通に答えて、異世界で勇者のところを丸っきりスルーしてしまった。
待って待って。スルーしちゃダメだ。異世界で勇者って、ここの世界ってどういうことなのよ。
「これ、こっちからでも変えられるのか」
「勇者様のと同じ構造ですよね。それなら大丈夫です」
「そうか、頼む」
頭の中がぐるぐる回ってるあたしをほっぽって、蓮は何を話してるの? 何か取り替えるの? その人誰?
もう頭の中が謎だらけで何をどう突っ込んだらいいのかわからない。
蓮は振り向くとそんなあたしの手を取った。
「つかさ」
まっすぐに目を見つめられて胸が大きく鳴った。何? そんな真剣な目で見られたら……一瞬で何もかもが吹っ飛んで、ドキドキしてるあたしに蓮はこう言った。
「つかさ、黙って俺について来てほしい」
「へぁ?」
やだ、焦って変な声出ちゃった。もう動悸が激しすぎて胸が痛い。それってもしかして……
「……うん。あ、あたしでよければ。でも、そんな急に」
「ありがとう! 今、荷作りさせるからな!」
……荷造り?
何よっ! 荷物運ぶからついて来いってことか! 勘違いしたじゃん。ハグしたって許さないんだからあっ。
はあぁ……そうだよね、プロポーズにはまだ早いよね。落ち着け、あたし。よく考えてみなさい。こんなわけのわからない状況なんだぞ……悲しい、悲しすぎる……
「すまん、時間が惜しいんだ。後でちゃんと説明するからな。とりあえずこいつに乗って俺と一緒に補給物資を運んでくれないか」
「え? ちょっと! あたしのバイクどこよ。こいつって?」
「こいつだよ」
蓮の指差した先。そこには黒と赤の二頭のドラゴンがいた。
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