Dragon Rider

〜ツーリング時々異世界〜
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新しい朝

公開日時: 2020年9月5日(土) 13:02
文字数:2,339

 油のはねる音やトントンと包丁を使う音。できあがった朝食をテーブルへ運ぶ。そして微睡みの中にいる彼を起こしに行くの。


「ねえ起きて。もう朝よ、お寝坊さん」


 そう言って頬をツンツンすると、彼はうるさそうにうっすら目を開ける。そしてもうちょっと……なんて言いながらあたしに腕を回してくる。うふふ……


「お前が起きろ、寝坊助」


 ん? なんだこの口の悪いノイズは? ぼーっとしながら開けた目の前で蓮が真っ赤な顔をしていた。


「いつまでもニヤニヤしてないで、いい加減離せ」

「うおっ!」


 ど、動悸が! 心臓が口から出そう。

 びっくりした。人間、本当にびっくりすると「きゃ〜」なんて声出ないんだな。静まれ心臓。


「び、びっくりした」

「それはこっちの台詞だっつの。起こしに来たらいきなり抱きついてお寝坊さんはないだろ」


 そうだ。昨夜はそのままこっちの世界で泊めてもらったんだっけ。

 蓮が笑いながらカーテンを開けると朝の陽射しが入ってくる。窓からの涼しい風でやっと落ち着いてきた。


「疲れてたんだろ。ちゃんと眠れたか」

「うん」


 よかったと言いながら蓮はドアを開ける。


「飯できてるから着替えてこいよ。お寝坊さん」


 閉まると同時に枕がドアにぶつかった。




「おはようございます」


 食堂へ行くと皆が笑っておはようと返してくれる。うん、やっぱり夢じゃない。昨日会った人達がいる。本当に異世界ってとこにいるんだ。


 木造二階建てのこの建物は他の平屋に比べて格段に大きくて、きっと村長さんとか領主さんとかが住むような家なんだと思う。

 窓から見えた風景はやっぱり長閑な雰囲気で。ゴブリン達が攻めてきたなんていうのが嘘みたいだった。


「お疲れでしたでしょう。眠れましたか?」

「はい。すみません、ゆっくりさせていただきました」

「朝食をどうぞ、お口に合えばよろしいのですが」


 朝日の中でラウールさんの長い銀髪が柔らかく光をはね返す。少し垂れ目の優しい顔。あたし、こんなお兄さんがいたら嬉しかったなあ。

 今朝の食事はラウールさんが作ってくれたのだそうだ。料理が趣味なんですと微笑む彼にお礼を言ってテーブルにつく。


 いただきますの後は至福の時間だった。カリッと焼かれたトーストにコンソメスープ。そう言えばありきたりのメニューだけど、もうシェフの腕が段違い。目の前で焼かれてたプレーンオムレツもふわふわで美味しいなんてもんじゃない。なんなのこの人。神か。

 あ、もしかして昨日のご飯もそうなのかな。うわあ、一家に一人欲しい人だ。

 さらにおすすめは絶品フルーツ。ここの作物は向こうの、あたし達の世界に比べて大振りに育つらしい。そのくせ大味にはならず糖度も高い。


「わあ! これ美味しい」

「お気に召していただけてよかったです」


 ラウールさんがカットしたフルーツに紅茶を注ぎ入れる。


「こうして飲むお茶も香りがよくて美味しいですよ」


 しばらく待ってからカップに注がれた紅茶は贅沢な程に香りが高く飲み心地もよかった。


「はあぁ……朝からこんな豊かな食事がとれるなんて幸せ。もう、最後のお茶まで絶品」

「ありがとうございます。勇者様にもなかなか言っていただけないお言葉が嬉しいです」


 ラウールさんはちょっと恨めしげに蓮を見る。


「何だよ、いつも通り普通に美味いから別にいいじゃないか」

「蓮、あんた贅沢ね。普通に美味いじゃなくて、これすごく美味いだよ」

「んー、でもずっとこれ食ってたからな。俺には普通の食事」


 さらっと言われたけど、これは……ヤバい案件かも。後でラウールさんにお料理教えてもらったほうがいいかもしれない。料理の件をツッコまれる前に、あたしはさり気なく話題の変更を試みる。


「それよりさ、農作物ここで作ってるの? それって見れたりする?」

「ああ、何種類か育ててるから見に行くか?」




 あたし達はドラゴンを駆って空からその畑を見た。

 広い。とにかく広い。元は何もない草原だったのを開墾したのだそうだ。


「すごい! こんな大規模にやってるとは思わなかったわ」

「ここの主力商品だからな。結構いい収入になるんだよ」

「へえ、確かにサイズ大きいし美味しいもんね。手入れも大変なんじゃない?」

「それがさ、ほとんど手入れ要らないんだわ。虫害なんかも心配したけど大丈夫だったし」

「向こうの農家の人達が羨ましがるね。他はどんな所があるの」

「案内してやるけど、本当に何もないぞ」

「いいの、見てみたいのよ」


 だだっ広い草原の中に低木が少しずつ寄り集まってるとか、森林の密度の濃さとか、透明度の高い小川の燦く様とか、向こうでは、わざわざどこかに見に行かなければ見られなかったりする。そんな景色が連なる世界。

 兎追いし彼の山。そんな情景に郷愁を覚える程度には田舎もんだし、あたしはここ好きだな。


「さて、そろそろ戻るぞ」

「そうだね」


 戻る途中、ちょっと気になってたことを蓮に聞いてみた。


「ね、その子の名前なんでニーズヘッグっていうの?」

「ああ、こいつはこっちが本体なんだ。元々そう呼ばれてる」

「そうなの!?」

「向こうでの移動手段をバイクにしたいって言ったら、じゃあこいつを連れてけって話になってさ」

「それってラウールさんが?」

「そう。魔法使いってわりと万能だけど、あいつは万能すぎるんだよな。兄貴……っていうか、もう親代わりだな。ずっと俺の面倒みてくれてて」


 問わず語りに不意に漏れたのは少し重い話だった。

 そっか、ご両親いないんだ……蓮、あまり自分のこと話さなかったけど、こんな事情はよけいに軽々しく言わないものね。


「俺のことばっかじゃなくて好きなことすればいいのにって思うよ」


 と蓮は呟いた。


「でもさ、だからこそあまり頼らないように努力してる。頼りきったら何もできない奴になりそうだからな」


 そう言って風に嬲らせたままの横顔は勇者の顔になっていたと思う。

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