「ちーっす」
「ども、マスター」
数人の男の子がドアのベルを鳴らしながらお店に入ってくる。
「藤次郎、遅刻」
「さーせん! ちょっと片付け長引いちゃったんす」
「あれ? 今日個室埋まってるんすか」
「毎度貸してるとはいえ、あそこはお前達専用の部屋じゃない。本来はお客様のためのものなんだからな」
小声だったけど男の子達とマスターのやり取りを小耳に挟んだあたしはチラリとその子達を見る。あれ? なんかほんのり胸があったかい。
あたしに気づいたマスターは男の子達を目で叱った。
「お客様申し訳ありません。どうぞごゆっくりご利用下さい」
ちょうど横を通りかかっただけのあたしは、それを聞いて何となく申し訳ない気持ちになる。
「じゃ、この人個室のお客さん?」
「成美! 失礼だぞ」
「すんません」
「あ、いえ。大丈夫です、気にしないでください」
「つかさ、どうした」
手洗いから戻った蓮があたしを見つけてくれる。
「あのさ、この子達いつも個室使ってたみたいなの。今日はあたし達が飛び込みで使ってるから。っていうか、よかったら半分使わせてあげたいんだけど」
強引なあたしを不思議そうに見ながら、それでも蓮はいいよと言ってくれた。
「俺らの用事は半分終わったしな。君達良かったら一緒に部屋使うかい?」
「えっ!?」
「いいんすか!」
「お客様よろしいのですか」
「ええ、かまいませんよ」
「ありがとうございます!」
「あざっす。助かります」
あたし達は男の子達を引き連れて席に戻る。そして勇治さんと眞生さんに彼らを連れてきた事情を話した。
「……てことなんです。だから、この子達も半分使ってかまわないですよねっ」
「つかさちゃん、なんだか積極的だな。ま、お前らがいいなら俺はかまわないぜ」
個室っていうより集会室っていう大きさだし、半分こしてもかまわないと思うの。だから、勇治さんも眞生さんも大人げなく威圧感出さないで。何? 何かと張り合ってるの?
「あの! 皆さんありがとうございます。俺達は近くの調理専門学校の生徒です。実習の結果とかもう少し反復したくて……ここが空いている時はマスターに使わせていただいてました。ご一緒の使用を許可して頂いてありがとうございます。三十分ほどお時間いただければ帰りますので、その間ご迷惑でしょうがよろしくお願いします」
この子がリーダーなのかな。この雰囲気の中、ちゃんと事情説明するとか責任感強くて真面目なんだろう。なかなかに好感が持てる。
「お客様、お待たせしました。ご注文の品と、それから少ないですが俺からの感謝の印です」
くすんだラベンダーアッシュの前髪を細身のウェーブカチューシャで上げてる。 黒のシャツとスラックス、ギャルソンエプロンはここの制服らしいけどすごく似合ってるなあ。その子がコーヒーと料理を運んできた。他の子もすぐに立ち上がって手伝いに来る。
給仕を終えると三人とも揃って頭を下げた。
「本日はありがとうございます。ご迷惑おかけしないよう気をつけます」
さっきの子じゃない、この子がリーダーだ。圧倒的なカリスマ感。黒ずくめの姿も伊達の甲冑みたい。そうやって見ると奥州筆頭と家臣団のようにも見えてきた。なんだかドキドキする。あれ、この子オッドアイ?
「俺、視力が左右でものすごい差があるんですよ。だから片方だけコンタクトなんです。で、どうせなら色とか楽しんでみようと思って」
冷めないうちにどうぞと言って彼はお店のカウンターへ戻っていく。あの子だったら納得の独眼竜なんだけど。どうかなあ……っていうか、絶対あの子だと思うんだけど。
「ねえ、蓮。あの子だったら納得なんだけど」
「そうだな、俺もあいつかなって思う」
そう言いながらなんであんたまで威圧感出してんの。何と張り合ってるのよ。
少し経つと休憩時間をもらったらしくオッドアイの子が戻ってきた。他の二人は彼が好きなんだろうな。テンションが上がり出す。
「な、だからこうすると風味が上がるんだよ」
「おおお! さっすが藤次郎くん。これ美味いわ」
「だろぉ?」
「ふむ、これはどのタイミングで? 分量は……」
「それは……」
こっちはこっちでやたらと馴染んでるし。ラウールさん趣味と実益の分野だもんね。
「ラウールさん、違和感ないね」
「好きなジャンルだからな」
「おねーさん、甘いもの好きですか。よかったらこれ食べてみてほしいんですけど」
ケーキ皿を片手にオッドアイの彼が声をかけてくる。
「実習で作ったやつなんですけど試食して感想もらえたらなって」
「ありがとう。あたしでよければ……って、蓮。あんたにもあげるから一緒に食べよ。ああ! 眞生さんも分けましょうよ。そんなに睨まないで」
すったもんだしながら、切り取ったケーキを一口頬張る。
「わ! これ軽くて美味しい」
「お口に合ったみたいでよかったです」
「……ラウールの次かな」
蓮、美味しいなら美味しいって言えばいいのに。
「おい、貴様。名は何という」
「だ、伊達藤次郎……ですが」
「うむ、覚えた」
口をへの字に曲げた蓮と眞生さんの不思議な態度に頭を捻る藤次郎くん。
「二人とも美味しいって言ってるのよ」
「本当ですか。よかった! ありがとうございます」
彼は嬉しそうに笑って仲間を振り返った。
「なるみちゃん、けーた、美味いって!」
「マジかあ! よかった」
「なるみって言うな」
「生地ちょっと工夫したもんな」
「その分クリームが少しきつい気がしますね」
横からひょいと手が出て、ケーキを口に運んだラウールさんが言う。
「師匠……やっぱそうですか」
「ええ、そこをクリアすれば充分に合格点ですね」
師匠? ラウールさんたら、いつの間にそんな間柄になってるの。
でも、これなら警戒しないで話を聞いてもらえるかもしれない。あたしが蓮を見ると彼も頷いた。
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