部屋の戸を閉めた途端ため息をついてしまった。しっかりしろ、あたし! 蓮に心配かけてどうすんの。
あたしの背中で部屋の戸がノックされる。
「つかさ様、お邪魔してもよろしいですか」
ラウールさんだ。どうしたんだろ。
「すみません、こちらの部屋に茶葉を置いていたのを思い出しまして」
そう言って荷物の中からお茶の葉を取り出す。そして、あたしを振り返って言った。
「先程からお元気がないようですが大丈夫ですか」
「あはは、何でもないんです。いろんなことがいっぱいあって、ちょっと疲れちゃったのかも。今日は早く寝ますね」
「では、よく眠れるお茶を差し上げましょう」
「ありがとうございます」
差し出されたハーブティーはふんわりといい香りで、一口飲んでほうっと息をつく。ため息をごまかすのにはちょうどよかった。
「それで、何を気にしてらっしゃるんですか」
……ごまかしきれなかった。
「あたし、そんなにわかりやすいですか」
「気持ちが素直だからですよ」
ラウールさんは笑った。
この人になら、ちょっとだけ話を聞いてもらってもいいだろうか。
「あたしは蓮のことが好きだし、彼もあたしを好きでいてくれてる……と思いたいです。でも、さっきの話を聞いて、あたしとは違う育ち方をした人なんだな、特別な人なんだなって思ってしまって。あたしは蓮が何者でも好きでいるからって言ったけど、でもやっぱりあたしみたいな普通の子よりは、向こうの世界の……なんていうか特別な人が隣にいた方がいいんじゃないかなって」
一気に言ってしまった。
言ってしまったけどなんか違う。そうか、そうじゃないんだ。
あたしってば蓮を誰かに取られるかもしれないのが怖いんだ。ううん、怖いじゃなくて嫌なんだな。
いつかお姫様が蓮の前に現れても笑って祝福なんてできそうにない。でも、泣いて縋りつくなんてもっとできない。多分あたしは、お姫様相手に白手袋を投げつけるだろう。
「こんなあたしでもいいのかなあ」
「あなただからいいんですよ。あなたのことを話す時、彼は大切な宝箱を見せる時みたいな顔してるんですから。内緒ですけどね」
「……ありがとうございます。少し気持ちが晴れました」
多分、急にいろんなことをたくさん目の前に出されて消化しきれてないんだろう。
子どもの時どう過ごしてたなんて聞くこともなかった。聞いても、はぐらかされたかもしれないけど。
ただ一緒にいることが嬉しくて楽しくて。この人と一緒にいられるなら何も要らない、なんて恋愛小説みたいなベタなこと本気で思ってた。
あたしと同じように育ってきた子なんて、それこそ星の数ほどいるだろう。田舎の山を駆け巡って、初恋の相手にドキドキして、部活の成果に一喜一憂して、受験勉強に四苦八苦して。今まで育ってきたあたしはこれ以上変えようがない。
それは蓮だってそうなんだから、これからあたしは、知らなかった蓮を理解していこう。
「どう足掻いても、あたしはあたし。蓮は蓮だもん」
心の呟きがぽろぽろと外にこぼれ落ちる。
ぼんやりと思いに沈んでいる間にすっかり冷めてしまったお茶を、ラウールさんは黙って入れ替えてくれた。
「少し落ち着かれたようですね。よかったです」
「はい、話を聞いてくれてありがとうございました」
ハーブの香りが落ち着く。こくりと喉を過ぎていくお茶の温かさが体に染みていく。
うん、明日も忙しくなるんだろうし、ちゃんと休んで元気になろう。
あたしが顔を上げると、ラウールさんは大丈夫そうですねと立ち上がった。
「では失礼します。おやすみなさい」
部屋を出たラウールさんを見送って、あたしは大きく伸びをしながら息を吸い、心に残っていたしこりと一緒に一気に吐き出した。
今のあたしと蓮は変わらない。蓮が何者でもあたしは彼を好きでいる。それに、これからのあたしと蓮を積み重ねていけばいいんだ。
ラウールさん、聞いてくれてありがとう。
ちゃんと蓮のことが好きだって言葉にできて、少し気持ちの整理がついた……気が……する?
……言葉にできて……って、いっぱいいっぱいで今更気づいたけど……
うわあぁぁ! 女の子同士でもないのに、ぐっちゃぐちゃな気持ちのまんま、しかも蓮の身内同然の成人男子に散々ぶっちゃけまくったってことじゃないかあ。すっごい面倒くさいやつって思われたかも。
その後しばらく、のたうち回ったのは言うまでもない。
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