「この辺りは、よく討伐の依頼が出る魔物がいるんです。さほど難しくはないと思いますのでやってみますか」
ラウールさんが指差した先には兎のように飛び跳ねる動物がいた。
「あれが魔物なんですか?」
「ええ。厳密には魔素に当てられすぎた野生動物なんですが、もう魔物と言っていいです。爪は毒を持っているので引っ掻かれないように気をつけてくださいね」
「兎っぽいですね」
ラウールさんは、元はそうですと頷いた。
「あれの排泄物は土壌を壊してしまうので農作物にとっては天敵なのです。ですから定期的に討伐依頼が出るんですよ。魔物化しても毛皮も肉もいい値段で売れますから、依頼として受けていなくても、窓口に持っていけば引き取りしてもらえますし」
「そうなんですね。あたしにできるかな、あまり命中精度は高くなかったしなあ」
「その時は私もお手伝いしますよ」
くぅ……ちょっと悔しいなあ、外してもいいって言われると意地でも当てたくなる。
あたしは弽の紐を手首に巻き、胸当てを付けて足を踏みしめるように開く。弓を構えて魔物がいた辺りを見た。
振り上げた左腕を前方へ伸ばしていく。弓は引かれて矢が口元まで降りてくる……いた! ひゅっと風が鳴り矢が飛び出す。弓弦がくるりと左腕の外へ回った。
矢の先を見ていたラウールさんの杖から光が尾を引いて飛んでいく。
「もう少し下を狙ってみてください」
やっぱり外したか。動く的なんて狙ったことないしなあ……でも競技の練習じゃないんだから、それは言っても仕方がない。しばらくの間、あたしとラウールさんは魔物討伐に邁進した。結果は聞かないで。
「おーい、ちょっと集合」
向こうで勇治さんが手を振っている。なんだろう。
「ええと、今から新米ヒーラーが治癒魔法をかけます。何か変な感じがしたら言ってくれ」
眞生さんはラウールさんへ掌を向ける。
「そうですね。あ、魔力が急速に回復していくのを感じま……ゔげっ!」
「えっ?」
「やりすぎ! 次!」
「ええっ! あたし!?」
「おい!」
動揺するあたしと眞生さんの間に、庇うように蓮が立ち塞がる。思わず蓮の後ろに隠れてしまった。
「大丈夫だ、加減する」
「だって、ラウールさん倒れてるし!」
「問題ない、今ので覚えた」
ホントに!? 眞生さんに掌を向けられたあたしは覚悟して目を瞑った。
「……あれ? 何ともない。疲れも取れてなんだか体が軽い」
「本当か」
「うん、蓮もやってもらいなよ」
心なしかお肌ももっちり瑞々しくなったような気がする。美肌効果もあるのかしらん?
蓮に向けて手を上げる眞生さんを見ながら、勇治さんはそうだったと思い出したようにニヤリと笑った。
「その前にお前にかけてた治癒と負荷外さないとな」
「そんな事してたのか? ゔがぁ!」
「蓮!?」
それを差して、勇治さんは真面目な顔で眞生さんに解説を始めた。
「このようにだな、人ってえのは痛みとか疲れとかを阻害されると、どこまでもいけると思ってしまうわけだ。お前ん家にいた魔人やアンデッドと違うんだぞ。痛みは痛みとして認識してなきゃ危険なのかどうかもわからん」
「なるほど。気をつける」
「早く治してあげてよっ!」
「おお! 治癒は素早く効果的にな!」
「うむ」
呆然と座り込む蓮。大丈夫なのこれ?
「俺あんな疲れてたんだな。手はだるいし足はガクガクするし……びっくりしたわ」
「ねえ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。稽古してた時、一瞬だけど妙な感じがしたんだよな。気のせいかと思ってたんだがあの時か?」
それを聞いて勇治さんは苦い顔をする。
「あー失敗だな。バレないようにやれっつったろ」
「あれよりもっと絞ってやれと?」
「そうそう。ただでさえバカ多い魔力なんだから、そのくらいの勢いでコントロールできないとな。でなきゃ毎回死者蘇生するようなレベルでの治癒魔法になるだろ。んな魔力の無駄遣いしてんじゃねえ」
「死者蘇生!? そんなこともできるんですか?」
「あー例えだよ。さすがにそれは難しいだろう」
笑って答える勇治さんは、なあと言って眞生さんを見る。
「ふむ。次は完璧にやろう」
それにしても、そんな細かいことができるならラウールさんにも倒れない程度の治癒ができたんじゃないかな。もしかしてあんな風に言われたからちょっと仕返ししたとか?
チラッと眞生さんを見ると、彼もあたしを見て小さく笑った。案外そうなのかも……
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