「しっかり掴まってろ!」
「お主こそ落とすなよ」
「わかってる」
俺はもう一枚スクロールを取り出して、進行方向に魔法陣を展開し通路を開く。魔力量と紙の耐久性の問題で、使い捨ての魔法陣なのだそうだ。
着いたらすぐ隠蔽の魔法を使わなきゃならねえし、ここは細心の注意を払ってと。
次の紙を用意して慎重に発進する。
通過先は駐車場のすぐ近く。俺はすぐさま隠蔽魔法を発動させ駐車場に入った。
この魔法は確かに俺達を周囲から見えにくくしてくれるが、勘のいいやつは気づくこともあるらしいからな。
万が一ってこともある。荷物にベタベタとスクロールを貼り付け素知らぬ顔で移動を開始した。
しんどい。重い。
政宗め、何本持たせたんだ。すげえ重てえぞ。ぶっちゃけ鉄の棒なんだから重いよ。そりゃわかる。だがな、この重量を持ちながら涼しい顔して歩くのはしんどいんだっての!
こんなの千本も集めようなんて思った奴アホじゃねえのか。
部屋へ刀を置いた途端に倒れ込む俺を、おかえりーと妙に間延びした声が迎えた。
「おう、帰ったぜ」
「ええっと、そちらはー……誰だっけ」
「仙台で会ったろうが! なるみちゃんだよ」
「しげざねじゃ!」
「あーしげちゃん? なるみちゃん? いらっしゃーい」
「……どうした?」
「どうもしないー」
はい? 意味がわからんのだが。
「勇治も行ってみようよー。すげー和むから」
魔王討伐に和む要素があるのか? ぽへーっとした蓮は魔法陣が書かれた紙を振りながら、俺の手を引っぱる。にまにま笑いっぱなしなのが、ちょっと気持ち悪ぃぞ。
「待て待て待て待て」
「待たないー」
「なるみちゃんもいるから! 一回落ち着こう! なっ! そうだ、ラウールはどうした」
「研究ぅ」
研究だ? こいつの話はさっぱり要領を得ないな。俺は留守番の女の子を振り返って事情を聞いた。まとめると、こういうことらしい。
蓮の服のポケットから小さく丸めた紙を見つけたのが事の始まり。
最初はゴミかと思ったが万が一必要なものだったらと広げてみたら魔法陣が書かれていた。
迂闊に発動させてはまずいとラウールが解析を始めたが未だ終わらない。その間、蓮は偵察に向かい、呼び戻してくれ、と頼んでおいた時間になって帰ってきた。
「それからずっとこうなんです」
「うーん」
向こうで何があった? 俺を連れていきたがるってことは、その「和む」ものを見せたいんだろう。
しょうがねえ、行ってみるしかねえな。
「なるみちゃん、悪ぃけどちょっと待っててくんねえか」
「しげざね! って、ああ……もうそれでよいわ。オレも行こう」
「助かる。勇者様がボケてちゃ締まらねえもんな。原因確かめて何とかしねえと」
「ついでにお主も実地で訓練しよう」
そう言って成美は包みを解きにかかった。
「蓮、向こう行くぞ」
「うん。早く行こう」
にまあっとホントに薄気味悪いほど嬉しそうに笑う。お前本当に蓮か?
そのまんまでいいからと、ぐいぐい引かれた手を無理矢理振りほどく。
「何言ってんだ。せめて武器を持て」
「いらないよー、和みに行くんだからさー」
アホか! 危険だろうっていう俺の言葉は無視するし、やたら反抗的に装備をつけるのを拒否するのは何なんだ。
やっとの思いでなんとか胸当てをつけさせる。幼児の着替えかっつーの。出発前から疲れた。
「終わったか?」
「ああ、こいつやっぱりおかしいぞ」
「取り憑かれてでもいるようだな」
「てことは、今回の敵はそっち系の魔物か」
精神操作系の敵とは、めんどくせえことこの上ねえな。まあ、心構えができるだけでも良しとするか。
「それでお前、布都御魂はどうした?」
「……」
おいおい、まさか置いてきたのか!?
「やべぇぞ! なるみちゃん、急ごう」
慌てて留守番の子に後を頼み、俺達は異世界へと向う。
「……すまないが、そんな感じで頼むわ」
「はい。皆さんが向こうに行かれたら一旦通路を閉じる。そして一時間後に通路を開ける。で、いいんですね?」
「ああ、そんで五分経っても俺らが戻らなかったら通路を閉じてくれ。こっちに変なもの連れてきたらまずいからな」
「了解です! いってらっしゃいませ」
そして、俺達三人がアルに乗って飛び込んだ先には、もふもふが広がっていた。
「うわ、一面のもふもふ」
「和むよねー」
和むよねーじゃねえよ! って言いたいとこだが、ここいら一帯、子兎やら子狐やら小犬小猫まで、ちんまいのがわんさかいる。これは確かに和むかも。
「あった!」
一箇所だけ、そいつらが寄りつかない場所に抜き身の刀が転がっている。さすがに持ち去ることはできなかったか。とりあえず降りて刀を回収しよう。
こいつら……アルを降ろすと、ちまちまと寄ってきて可愛いをアピールしやがる。
ちょっとキミ達どきなさい。足の踏み場もないじゃないかあ。
しょうがないから一匹ずつ抱いて足場を作っていく。くっそかわええええ! なんだよ、すんげえ可愛いなこいつら……って違う違う! 絆されんな! 俺。
あ、もしかしてこれか? 直に触れるとやべえやつかも。
とにかく俺は刀に向かって前進する。近寄るもふもふ。前進。もふもふ。くっそかわええええ! 待て待て、違う! 前進。もふもふ。目指すのは布都御魂、刀だけ見ろ! 前進。もふもふ……
たかが数メートルの距離、こんなに疲れるとは思わなかった。刀を手にして大きく息を吐く。なんだろう、靄ってた意識がクリアになっていく。そうか、刀自体に神威が宿ってるんだっけ。
それならと、刀を構えると動物達がずざっと音を立てて引いていく。
「ほらほら、どけ! なるみちゃん、蓮を掴まえててくれ!」
「やっておる! 早くしろ! 抵抗が強くて押さえきれなくなる」
俺は一気に詰め寄り、なるみちゃんが離れると同時に蓮に刀を押し当てた。
「いい加減、正気に戻りやがれ!」
蓮の頬から一筋ついと血が流れる。と同時にざわざわとした気配が分離した。
「この……おとなしく我に身をまかせておけばよいものを」
「お前が親玉か」
でかい狐が憎憎しげに口をゆがめながら言った。背後でわさわさと何本もの尻尾がゆれている。
「もう少し時間があれば、その身も心も食ろうてやったに。いらぬことを」
何だと?
「蓮! 大丈夫か」
「あ……ああ……大丈夫だ。あれ、なるみちゃん? なんでここに?」
「それは後で。まずはこいつを倒さねばなるまい」
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