ちょっとばかり落ち込むあたしは蓮に宥められながら鹿島神宮を後にする。鳥居を抜けたところでタイミングよくラウールさんから通話が入った。
《勇者様、今よろしいでしょうか》
「大丈夫だ。それと紛らわしいから名前で呼んでくれないか」
《わかりました、蓮様。集落の長と話したのですが間違いないようです》
「こっちも聞いてみた。写しも所在不明もあるらしい。そちらにあってもおかしくないと言っていた」
《聖樹の根元に埋まっているとしたら、掘り返さないといけませんね》
「根が抱えていたような気がするんだよなあ……現地に行くのは明日だな」
《はい》
「とりあえず予定の宿に向かう。お前もこっちに来てくれ」
《わかりました》
何かあればご連絡します、とラウールさんの通話は切れた。勇治さんとも連絡を取って、あたし達は直接宿へ向かう。
初日からいろんなことがあるなあ、頭整理しないと目を回してしまいそう。
最初に宿に着いていたのはラウールさんだった。あたし達は手を振って待っている彼の横にバイクを止める。
「お久しぶりです、ラウールさん」
「つかさ様もお元気そうですね」
「はい。なんかこちらで会うと不思議な感じですね」
向こうではキトンぽい服がすごく似合ってたけど、この人にライダースジャケットは微妙な違和感がある。似合ってないわけじゃないの。何となくこれじゃない感っていうか……
あたしが一人勝手に悶々としてると、少し遅れて勇治さんと眞生さんも到着した。
「よう、こっちの祭りは結構面白かったぞ。そっちはどうだった。収穫あったか?」
「ええ」
「そちらが勇者様と魔王様ですか。お世話になっております、ラウール・フランと申します」
「世話になっているのはこちらこそだ。俺が折原勇治、こっちが黒木眞生。名前で呼んでくれ」
「勇治様と眞生様ですね。よろしくお願い致します」
勇治さんと蓮が話しながら先を歩く。それを見ているラウールさんから妙な棘を感じるのは気のせいかな。もしかして警戒してるんだろうか。
案内されたのは広めの和室が二部屋。
「よし! とりあえず風呂入って飯食おう!」
勇治さんは大きな声で言うと飛び出していく。
あたし達もそれぞれ寛いでからのご飯の時間。飯テロ? ふっ、その程度の言葉じゃ足りないわ。異世界の神シェフが選んだんだもの。
「プライバシーを守る環境と料理で選びましたから、今後も宿は期待していただいていいですよ」
料理は味を見て決めたって言ってたから、どうやって? と聞いたら企業秘密ですと返された。そう言われると余計に知りたいような知りたくないような。
「ふふっ、向こうで私が作って差し上げますね」
「趣味に魔力の無駄遣いをするなよ」
「無駄遣いとは失礼ですね。実益をかねて研究研鑽を重ねているのですから無駄ではありませんよ」
蓮にツッコまれてもラウールさんは軽く受け流す。うん、実益の前には蓮の負けだね。
ほどほどにしとけよと言うと、コホンと咳払いをして話を切り出した。
「状況を整理したいから話を聞いてもらえるか。最初から話した方がわかりやすいと思うから、ちょっと長くなるけど」
皆の目が蓮に集まる。あたしも湯呑みを茶托に戻した。
「俺達は生まれた時に騎竜と契約を交わす。ただ相性が合わないと見做されて契約できない者は多い。ドラゴンの個体数はそれほど多くないから、あいつらは少しでも合わないと思えば拒否する。だからドラゴンライダーは選ばれた存在とも言えるかな。逆に乗り手に事情があって騎竜を手放す場合もあるんだが。まあ、何にせよ一番重要なのは相性だ」
蓮はあたし達を見回して言葉を続ける。
「騎竜の中でも古参の名前を持つドラゴンは、力ある者……例えば魔法に優れた才を持つ者とかだな、そういった者に優先的に与えられる。続く乗り手も指名できるから、先代が見込んだ後継者に自分の騎竜を与えることもできるんだ。それでも相性が合わないと拒否されるのはよくある話だから、俺とラウールがどちらも名前持ちのドラゴンに選ばれたのは奇跡みたいなものかもしれない」
あれ? この感情はなんだろう。寂しい? 悲しい? 湧き上がってきた感情に胸の辺りがもやもやする。
「俺の騎竜ニーズヘッグは親父から譲られた。あいつは聖樹ユグドラシルの根元に住んでて、騎竜の訓練を始める時にそこに迎えに行ったんだ……」
だんだん蓮の声が遠のいていく。なんだかとても蓮との間に距離を感じる。あたしが生まれ育った環境と全然違うんだな。あたしのいる世界にはドラゴンもいないしユグドラシルもない。
向こうの世界を見たはずなのに。騎竜で飛んだはずなのに。受け入れようって思ったはずなのに。それでも異世界の人だなんて何となくしか思ってなかったんだ。
だけど生まれた時のことを聞いて、俺とお前は違うんだって突きつけられたように感じてしまった。
蓮にあんたが何者でも好きだって言ったはずなのに、今更揺れる自分の心に戸惑う。
「つかさ様、大丈夫ですか」
動揺したあたしにラウールさんが心配そうな顔を向けてきた。
「大丈夫……です」
蓮が黙って手を握ってくれて少しだけほっとした。
そうだね、大事な話だもん。まずは落ち着いてちゃんと聞かなきゃ。狼狽えるのはそれからでもいい。
「で、ここからが本題だ。俺は騎竜を迎えに行った時、ユグドラシルの根元に刀箱っぽいものを見た。っていうか見たと思う。ドラゴンに気を取られていてチラッと見ただけだったから記憶が曖昧なんだが……」
「私はユグドラシルに近い所にある集落で聞き取り調査をして参りました」
ラウールさんが後を引き取って話を始めた。
「聖剣、彼方の世界より来たりて国を平らけく成す。彼の剣、神社に奉献され世の尊崇を受けん。而して後、姿を晦ます。或る時聖樹の元、人の子の参りし折り『雷の力持つ剣奉らん』とて其を納むる。その姿、彼の剣と同じ。世の者、其を聖剣とて崇めん」
なんだか似たような話をちょっと前に聞いたような気がする。武甕槌命がそんな感じの話をしてなかったっけ。
「ざっとですが聖剣に纏わる話です。奉納されたものの一時所在不明になり戻って来たということですね。それと今はもう朽ちてしまったようですが社は聖樹ユグドラシルの元にあったのだそうです」
蓮も頷いて話を続けた。
「鹿島神宮に行ったのは、あそこにある布都御魂っていう剣に似たような話が伝わっているからだ。武甕槌命と話せるかどうかっていうのは正直半信半疑だったんだが、彼が言うには模されたこともあったし所在不明の物もあるそうだ」
二人の話からすると、多分明日からは向こうの世界に行くことになるのよね。知らず知らず繋いだ手に力がこもる。
「てことは、聖剣を手に入れるためにユグドラシルの所へ行って穴掘りしなきゃならねえってことか」
「多分そうなると思う」
蓮は勇治さんの言葉に頷いた。
「それから、この先何ヶ所か拠点になる宿は確保した。仙台、盛岡、弘前、札幌には人をやって最低限必要な物を送ってあるけど、それ以外にも途中で泊まることはあると思うから、そこは臨機応変に。とりあえず、こんなとこだけど他には何かあるかな」
なければ好きにしていいと言われて、あたしは部屋に戻ることにした。やっぱり、さっきのもやもやが胸に巣食っていたから。
「あたし、ちょっと疲れたみたいだから先に休むね」
「うん? 大丈夫か。連泊するから明日の朝はゆっくりでもいいぞ」
「ありがと。じゃあ、おやすみなさい」
手を振って笑って部屋を後にした。
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