風が! 思ったよりも強く吹きつける風に思わず目を閉じる。やっぱり結構なスピードが出るんだな。
目を開けると真っ青な世界が広がる。そして眼下の緑。点在する小さな家々。きらきらと陽に反射する川の流れ。
こんな綺麗なとこなのに争いがあるんだってことが不思議。はあ、それにしても異世界に来ても配達ってなんだかなぁ。
あ……
「見えた、あそこだ」
蓮の声と同時にあたしも気づく。長く続いている柵の一ヵ所、両側から押し合っているところがあった。砂糖の塊を見つけた蟻みたい。
近づくとだんだん見えてくる。あれがゴブリン? 武器を振り回して柵に取り付く小鬼とそれに対抗する人の剣や盾。投げつけられた石で倒れる人に駆け寄って後ろへ引きずっていく様子も見える。
途端にぞわっとした。本当に戦ってるんだ。
ドラゴンのスピードだと飛行時間は短いけどかなりの距離を移動したと思う。途中に森と川があったから、地上の移動はもっと時間を取られちゃうんじゃないの? 増援の人達、早く着かないかな。
「降りるぞ」
「うん」
旋回しながら降下していく。自陣後方の空き地に着地すると、わらわらと人々が寄ってきた。
「勇者様! 来てくださったのですね」
「ああ、荷を降ろせ。そっちにも補給の矢が入ってるから早く持って行ってやれ。今、俺も行く」
「え? 俺も行くって……」
そう言って剣を抜いた蓮を見て、受け入れようって思ってた自分が、この異世界を全然わかってなかったことに愕然とした。
そりゃファンタジーは好きだけど、実際その場に立つことなんて想像もしてなかった。戦うってことは、あんな風に怪我をするかもしれないし下手をするとそれだけじゃすまないこともある。
戦いに行くのが蓮だっていうのも、蓮が倒れたらっていうのも。もしかしたら自分がそうなるかもっていうのも。意味はわかるけど、この場に至っても全然心が追いつかない。
そして、あたしが納得しようがしまいが事態はどんどん進んでいく。
「あのな、俺が行かないで誰が行くんだよ。陣の真ん中でぼーっとしてる勇者とかいないだろ?」
「でも」
上から見たからあたしにもわかる。攻めてきてるゴブリンは結構な数だ。彼一人で対処するのは厳しいんじゃないだろうか。
「そのために補給物資を運んできたんだ。弓矢の攻撃が続けられれば魔法を発動させる時間も稼げるし、俺は直接奴らの指揮官を狙いに行ける」
蓮は悲愴な顔をしてたんだろうあたしに、そこまで深刻じゃないからと言った。
「あいつら単体じゃそんな脅威でもないんだ。今回は数で押してきてるから、ちょちょいと指一本で倒してくるなんて風には言えないだけだよ。ま、増援も来るんだし気楽に待ってな」
「……うん」
「お前はここにいろよ」
じゃあなと手を振って蓮はドラゴンの所へ行く。そして高々と剣を掲げた。
「さあ、反撃だ! 奴らを追い払い交易路の安全を確保する。俺に続け! 行くぞニーズヘッグ」
ニーズヘッグに跨り、おおっと響めく人々の鬨の声に押されるように蓮が飛び立つ。
威嚇するように上空に留まると剣を振って合図を送る。それを機に味方は矢を射掛け始めた。
間断なく降る矢の雨を縫ってニーズヘッグは敵陣へと攻め込む。
「一ヵ所に追い込め。柵の他の場所に近づけさせるな」
「魔法使いは二手に分かれろ。防御班はこっちで障壁を張れ」
「こっち矢が足りない!」
低い位置を滑空するドラゴンの上で剣を振るう蓮にも石や矢が飛んでいく。
柵のこちら側で指揮をする人の指示も、聞こえてくる要請も、あまり楽観的な状況じゃないなって思うくらいに切迫していると思うんだけど。
ハラハラしながら見ていたけど、だんだん居ても立ってもいられなくなってきた。怖いけど、もう黙って見てる場合じゃない。
何かあたしにも手伝えることはないだろうか。
「あの! 何か手伝えることありますか」
「では、矢を弓士隊のところへお願いします」
「はい!」
手分けして右へ左へと走り回り、なんとか大量の矢を配り終える。
そうするとあたしにはできることがない。邪魔にならないようにボルドールと待っているしかできないんだ。
「なんかもどかしい。あたしにも何か手助けできることはないのかな」
『ご主人は何がしたい? 私はまだ戦い方を知らない。飛ぶことしかできない』
「……それだ!」
『ご主人、なにか思いついたのか』
「上空から様子を見て状況を伝えるんだよ。そしたら蓮も戦いやすくなると思う」
『なるほど』
「じゃあ、行くよ」
気楽に待ってろって言われたけど、多分わざとそんな風に言ったんじゃないかな。
待ってるだけで何もできないなんて嫌だ。浅はかで独りよがりな考えかもしれないけど、それでもあたしは手助けできそうなことはしたいよ。
離れたところから見るなら大丈夫だろう。あたし達は上空へと駆け上がっていった。
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