Dragon Rider

〜ツーリング時々異世界〜
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戦場(いくさば)の後

公開日時: 2020年9月19日(土) 22:44
文字数:1,597

 接岸して最初に降りたのはやっぱり勇治さんだった。


「おお、愛しの大地。俺は帰ってきたぜ」

「何言ってんだ。後つかえてるんだから早く行け」

「おう!」


 ついてこいって走り出した勇治さんだけど、どこ行くのよ。


《やっぱり五稜郭くらい行くだろ》

《今もう向かってるんですか》

《そうだよ》


 強引だなあなんて皆で笑いながら、それから十分ほど走って星形の郭に着いた。

 復元された奉行所の庁舎を前にして立ち止まる。官軍と幕軍との最後の戦場は桜の花に彩られる公園になっていた。今は緑で覆われていて戦の影もない。 


「勇治、これをやる」

「何だよ」


 探し物でもするようにキョロキョロしていた勇治さんの手の中に、いつも眞生さんがつけていたピアスが乗せられた。


「我には貴様に残してやれるものが他にないのでな」

「何言ってんだ?」

「我はこの先貴様らとは一緒に行けぬ。ここで別れよう」

「はあ!? 意味わかんね! 何言ってんだよ」

「僕が教えてあげようか」


 急に別れを切り出した眞生さんに動揺するあたし達。勇治さんじゃないけど意味がわかんないよ。

 そんなあたし達の前に中学生くらいの男の子が現れた。

 真面目そうな、それこそどこにでもいそうな少年。あれって思うところはいくつもあるけど。

 男の子が着ているのは制服なのかな。濃い色のブレザーは冬服じゃないの? なんで夏休みにそんなもの着てるの? 学校行事? 宿題? こんな所になんで一人? 違和感がありすぎて疑問ばかりが湧いてくる。

 蓮が怖い顔であたしを庇うように前に出た。


「誰だ、お前」

「はじめまして、勇者殿。僕が魔王だ」


 魔王? この子が、魔王なの?


「お前が……」

「そう。あなたのいる世界での魔王がこの僕。そこの魔王は僕が貰っていくよ。僕は経験不足だからさ、側近として使える経験豊富な大人が欲しいんだよね」


 そう言って口の端をきゅっと吊り上げる。途端に鳥肌が立つほどの色気を纏う。もう中学生には見えなかった。


「ああ、そうだ。そちらの勇者殿、全員ここへ案内してくれてありがとう」

「え?」


 何を言ってるの? 勇治さん、わざとここに連れてきたってこと? あたし達騙されてた? 呆然としたその顔は、何が起こってるんだかわからないっていうその顔は本当にそうなの? 


「違う……違う違う!」


 後退る勇治さんは怯えたようにブツブツと呟く。


「俺はそんなつもりなかった。ここで待ち合わせって依頼が入ってて……それなら皆で観光がてら来て、俺は話をしに行けばいいかって」


 その呟きには心の中の声がそのまま出てるみたいにみえる。ねえ、敵じゃないんだよね。


「俺は……俺は、裏切り者なんかじゃない!」


 そう叫んで勇治さんは顔を覆って崩れ落ちてしまった。

 何かあったんだろうか。想像以上にダメージを受けてるみたいで、勇治さんは違う違うと呟くばかりだ。


「なんでだよ。なんでこんなことになるんだ? なんでそいつ連れていくとかなるんだよ!」

「契約したからだよ」

「……契……約?」

「そう。僕の側近として使えそうな異世界の魔王を召喚したんだ。そしたら彼を呼び出せたってわけ。海の向こうは僕の力が届きにくいから、ここに来るのを待ってたんだよ」


 男の子はあたし達にもお馴染みになった通路を開いて眞生さんを差し招く。垣間見えた行き先はおどろおどろしい雰囲気だった。


「さあ、異世界の魔王よ。僕と共に来るんだ」

「眞生さん!」

「つかさ……貴様らとの旅は楽しかった」

「眞生さん、どうしても行かなきゃ駄目なんですか?」

「召喚された以上、止むを得ぬ。さらばだ」

「フフフ……本当なら直接僕の元に呼び出しても良かったんだけどねえ。わざわざお別れする時間をあげるなんて僕って優しいでしょ」


 男の子はそう言って声高く笑うと先に通路を越えて行った。

 眞生さんはそれに続いて通路に足を入れかけ、もう一度崩れ落ちたままの勇治さんを振り返る。


「勇治、新月の願いは叶う。また会おう」


 眞生さんが通路に入ると、それはすぐに閉じてしまった。

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