Dragon Rider

〜ツーリング時々異世界〜
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つわものども

公開日時: 2020年9月18日(金) 23:08
文字数:2,386

「よし、ちょっと休むぞ」


 ちょこちょこ立ち寄って撮影した場所もあったけど、走りっぱなしの時間も意外と長かったなあ。バイクを止めて体をほぐす。

 藤原三代の栄耀栄華えいようえいがの地。きらびやかな金色こんじきの御堂で眠る人達が築いた夢の跡。今は浄土の世界を表すように静かだ。


「昨日言って人だけど、ここなら繋がりやすそうなんだ」

「本当に会って下さるんですか! ありがとうございます」

「ちょっと無愛想だけどな」


 眞生さんはさっきから無言で腕を組んだまま。どうしたんだろう。


「ん、あいつは気にすんな。集中してるだけ」

「集中って何にですか」

「つかさちゃんの先生を連れてくるための通路を開けてる」

「それって、こんなに大変なことだったんですか!?」


 ラウールさんはひょいって感じで通路を開閉してたけど、そんなに難しい魔法だったんだ。


「あの世界との通路と違って、こっちは下手すると変なもの連れてきちまうから」 

「そうなんだ……」


 なんだか物凄く大変なことをお願いしてしまったのかも。ん? あれ? その人達どこから来るの? もしかしてまた異世界の誰かってこと?


「あ、つかさちゃんが気にすることはないんだ。あいつらは事情があってあちこち旅してるけど、今の居場所がたまたま面倒くさい所だったってだけ」

「……来た」


 あたしが戸惑う暇もなく、眞生さんが呟くと同時に目の前に大岩が現れた。


「よし、少しだけ開けるんだ。岩戸を押して!」

「はい!」


 ゴロゴロと音を立てて岩戸に隙間が開く。


 ……ゃぁぁぁぁぁああああああああ!!


 何、あの声? ものすごい勢いで誰かが走ってくる。何かに追いかけられてるの? って追いかけられてる! 何あれ!? 轟々ごうごうと雄叫びを上げながら追ってくる影から逃げてる。走ってきた人影が二つ、岩戸の細い隙間から飛び出した。


「っしゃ! 出られた」

「はあ、はあ」

「よし! 塞げ。急げ急げ!」

「はい!」


 岩戸が閉まる。同時に雄叫びも聞こえなくなった。岩戸が閉まる一瞬、異形の影が目の端を捉える。あんなのが出てきたらって思ってちょっと膝が震えた。あれは何なの。


「黄泉の国の亡者、足早過ぎだわ」

「誰のせいだよ」


 肩で息をしながら倒れ込む二人。眞生さんも岩戸を消して大きく息をついた。


「いや、黄泉比良坂よもつのひらさかの斜度ハンパないねえ」

「臓物を減らそうか?」


 ハンパなく意味のわからない聞き違いをする勇治さんに、息を弾ませながらも呆れたように言い返す声。


「よもつのひらさか。何、ボケかましてんの」

「へ? 黄泉比良坂って……じゃ、あの岩」

千引ちびきの岩だけど。どうかした?」


 呟いたあたしにさらっと返された返事がとんでもなかった。現世うつしよ幽世かくりよの境だったのか。なんだか大変なものを開け閉めしてしまったみたい。っていうか、よく動かせた……あ、眞生さん? 魔王様の魔力なのかな。


「少し休む」

「ありがと、魔王様。亡者少し押さえててくれたんでしょ? 助かったわ」


 うわあ、そんなことまでしてたんだ。


「つかさちゃん、ほれ先生だよ」

「はい。はい? ええと……」

「ども、義経よしつねだよ」

那須与一なすのよいち


 二人を目の前にして、あたしはポカンと口を開けた。


「ねえ、何か固まってるよ? この子」

「うーん、異世界勇者と繋がるのにもだいぶ慣れてきてたと思ったんだけどな」


 帰ってこーいと笑いながら言う勇治さんの声になかなか反応できず、あたしはしばらく呆けていたらしい。



「あの、改めましてよろしくお願いします。荻野つかさです」

「僕は源九郎義経みなもとのくろうよしつね。よろしく」

那須与一宗隆なすのよいちむねたかだ」

「てことでぇ……弓は、よいっちゃんに習えばいいよ」

「義経!」

「えへへ。僕は勇者とあちこち見て回ろうかなあ」


 与一さんに睨まれてもふわふわと明るい義経は、肩口までの真っ直ぐな黒髪を後ろで結んでいる、なんていうか美少年。

 もう美少年過ぎて直視できない。何言ってるんだって思うだろうけど、三次元にこんな人がいたらこっちが照れる。あれは、そう、画面の向こうにいる人よ。うん、だからいてもおかしくないおかしくない。

 無愛想だなんて言われた与一さんは裾を刈り上げた短い髪をガシガシと掻き回す。


「あのな、誰のせいであんな目に会ったと思ってるんだ。少しは手伝おうとか、そういう気持ちはないのか」

「黄泉に落っこちたのは、ちょっとふざけてて転んだだけじゃない。たまたま近くに掴まるものがなくて、よいっちゃんの足掴んじゃっただけだし」

「はあ……お前といるとあんまりいいことない」

「えええ。源氏の弓の上手って名誉を受けたじゃん」

「その後、お前が船頭撃てとか言うから。命令だから従ったけど、あれで名誉もちゃらになったぞ」

「あれえ、そうだっけ? ごめんごめん」

「お前なあ」


 完全にあたし達置いてかれてるんだけど、どうしよう。


「まあまあ、二人とも来たばっかりだし少し落ち着こうや」


 やっと割り込む隙を見つけた勇治さんが口を挟む。


「そうだね、ちょっとこの辺り見て回ろうかな……八百年ぶり……だもんなあ」


 災禍に見舞われたこの辺りは、彼のいた頃とはまるで違うのだろう。多くの建物が焼けてなくなり、今は庭園が広がる。義経は遠い目をして呟いた。


秀衡ひでひら殿の威光も泰衡やすひら殿の裏切りも今はないんだな。ああ、でも……あの人達が思い描いた浄土の世界は受け継がれてるんだね。僕はここの空気好きだよ。秀衡殿と一緒にいるみたいだ」


 ぴったりの言葉があったよねと義経は首を捻る。それは思わずあたしの口をついて出た。 


「なつくさや つはものどもが ゆめのあと」

「そう! それ。後の世の人は上手いこと言うよね!」


 後の世? あ、そうか。芭蕉ばしょうは江戸時代の人だっけ。


「ま、とりあえず僕は魔王様の面倒をみるから。つかさは、よいっちゃんに弓習っといで」

「あ、はい。ありがとうございます」

「じゃあ俺は宿の手配とかしてくるから後は頼んだぜ」

「お前ら……」


 チラリとあたしを見た与一さんは、教えるのそんな上手くないぞとボソッと呟いた。


「それでもいいなら、やってみるか」

「はいっ」

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