翌朝は顔に当たる風で目が覚めた。少し強い風が吹いている。雲が早いから上空はもっと強い風なのかも。
「これはちょっと厳しいな」
「そうですね」
「とりあえず水竜の話を聞きたい。町の方からは連絡あったのか」
「いえ。連絡してくれるように言ってはいるのですが、まだ混乱しているのかもしれません」
上空を仰ぎ蓮とラウールさんは騎竜で飛ぶのを断念したらしい。
水竜に会いに行くというので、あたし達は昨日の湖へ歩き出した。静かな湖面が風に揺られてさざ波を立てている。
水の気配が濃い。霧に包まれてるようなしっとりした感覚。だんだん濃厚になる気配を少し息苦しく感じる。蓮は歩くのが遅くなったあたしの隣をゆっくり歩いてくれた。
「大丈夫か」
「あ、うん。少し湿気で息苦しいかなって思っただけ」
「悪いな。待っててもらったほうがよかったか」
「大丈夫だよ。それに水竜っていうの見てみたかったし」
「そか。具合悪くなりそうだったら言えよ」
湖のほとり。ラウールさんは小さく呪文を唱えると名乗りを上げた。
「私は南の村の魔法使い、ラウール・フランといいます。水竜王殿にお目通りを願います」
水面にポコリと小さな頭が浮く。
「勇者と共に罷り越しました。昨日のオーガの件についてお伺いしたく、目通りを願い出るものにございます」
パシャリと水面を叩く音。魚が尾ひれを翻して潜っていく。魚? にしては大きかったような気もするんだけど。
あの小さな頭も潜ってしまったのか見えなくなっていた。
待つうちにポコポコと水面が泡立ち始める。やがて渦を巻くように中心が下がっていき水底が見えるとそこから扇状にあたし達の足元までの水が引いた。
「ここを来いってことか」
蓮が一歩を踏み出す。あたし達も続いて降りていく。
不思議と歩きにくくはない。不思議なのは水。扇に開いた道の横を水が流れる。こっちには壁でもあるみたいに流れてこないのに、魚が泳いでたり子どもが泳いでたり……子ども!?
「水竜ですよ。顔の横、耳の部分は魚のひれのようでしょう。大人になると足のひれもなくなるそうですが、子どもは腰から下が魚のようにも見えますね」
本当だ。黒目の大きな幼い顔をこっちに向けて一緒についてくる。
あたし達みたいなのは珍しいんだろうか。何人かがこっちを見て笑いながら指差したり、恐々覗いてはピューっと泳いでいなくなったり。
「さて、そろそろ着きます。水竜王は穏やかですが厳しい方なので静かに参りましょう」
周りを見ているうちに着いたらしい。なんだか緊張してきた。
たどり着いた湖の底にはギリシャ神殿のような建物があった。階段の上に男の人が立っている。
「お主が勇者か」
「はい、市川蓮といいます」
「昨日オーガを追い払ってくれたのはお主らか」
「はい」
「礼を言う」
水竜王は想像してたよりも若い人だった。光線の加減なのか青みがかって見える髪を後ろで束ねトーガのような衣装を着ている。
「そのオーガのことで伺いたいことがあります」
蓮は王様に向かって階段の下から顔を上げた。
「昨日のようにオーガが暴れることについて心当たりはおありですか」
「ない。そもそも住処が近いとはいえ我らと接することはほとんどないのだ。まして我らに何か仕掛け暴れるなど。何か悪心に影響されたのかもしれぬ」
定かではないがと前置きをして水竜王は言った。
「遠くから微弱だがあまりよくない力を感じるのだ」
「それは魔王の力でしょうか」
「可能性はあろう。こちらもひとつ聞きたい。なぜオーガを攻撃しなかった」
「攻撃されない限りこちらから攻撃はしたくないです。できる限りはですが。むやみに戦うのは薮の蛇をつつくことにもなりかねませんし」
「そうか……それがお主のやり方なら思う通りやってみるといい」
そう言って王様は懐から小さな袋を取り出す。傍らにいた女の人に渡すと彼女はそれを持って階段を降りてきた。
「それを預けておく。もしも力の源が魔王だった時には役立つかもしれん」
蓮の掌の上で三センチほどの綺麗な青玉が輝く。
「和御魂という。そこな娘に持たせておけ。もう一つ、対になる荒御魂は独眼竜が持っているはずだ。探して二つ共に持っていくがいい」
それは昔の……武将の方ですか? パリピっていうかやたら派手な印象の、もう少し早く生まれていたら天下が、なんて言われてた人? 杜の都にいた人でいいのかな……なんだろう、水竜王の苦笑する気配がしてる。
「娘、それであっている。そやつを探して荒御魂を渡してもらえ」
そう言われても歴史上の人物を探せってどういうことだろう。あたしと蓮は顔を見合わせて途方にくれた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!