《お? あそこ降りられそうじゃね?》
勇治の言葉で下を見ると、広い森林地帯の外れ、木々が途切れ始めた辺りにぽっかりと広場のように明るく開けた場所が見えた。
《いいですね。幸い魔物の気配もありません》
魔物の気配もないどころか、どこか清浄な雰囲気すらしている場所に降り立つ。
なぜ魔王の支配する領域にこんな場所があるのかわからないが、小さな泉が湧き、所々花まで咲いている。なんとも不思議な場所だ。
「とりあえず危険はなさそうですね」
歩き回ってあちらこちらを確認した後、ラウールは緊張を解いた。
「そうだな。ニーズヘッグ、それから皆もゆっくりしてくれ」
蓮がニーズヘッグの首を軽く叩いてありがとうと言うと、やっと機嫌を直したらしいドラゴンはクウッと喉を鳴らし目を細めて顔を擦りつけてくる。
他の騎竜が羨ましそうにそれを見ていた。
「……ぃってえな! なんだよ、アル」
「おや、リンドヴルムあなたもですか?」
いいだろうと言わんばかりに喉を鳴らすニーズヘッグを見て、残る二頭も催促をしてくる。
しばらくの間、三人がひたすらドラゴン達を甘えさせていたのは言うまでもない。
満足した騎竜達は装備を外すと揃って泉の水を飲みに行き、ついでに丸薬のような携帯食料を飲み込んだ。
各種栄養素と魔力の元になる魔素を練り込んだそれは、味はともかく疲労回復に即効性がある。
魔力持ちではない者が食べても疲労は回復するが、魔力が付与されるわけではないのは残念なところだ。
人間も同じものを口に放り込む。
それでも余裕があるなら普通に食事を取れたほうが精神衛生上いいのは間違いない。湯を沸かし、茶でも飲もうということになった。
それぞれ飲み物を啜りながら辺りを見回す。
「それにしても、なんでこんな場所があるんだ?」
「私にもわかりません。不思議ですね」
「ラウールもわかんねえのか。魔物だらけの魔王の領域の中にこんな場所があるなんて、俺達の世界でも聞いたことねえぞ」
中隊程度が余裕で野営できそうな広さがあり、何より障壁でも張られているのか魔物が一切いないのは安心感がある。
勇治の言葉に女の子の声が答えた。
《それはねえ、せーぶぽいんとってやつよお》
「なるほど、セーブポイントか。それならわからなくもねえな……って、誰の声だよ?」
《冗談は置いといて、こっちこっち! 泉の中を見てちょうだい》
泉の中? と、皆は顔を見合わせて中を覗き込んだ。
《よお!》
《あ、ちょっと! 邪魔しないでよ。蓮、わたしよ》
ゆらゆらと揺れる泉水にユグドラシルの姿が映る。
途端に勇治が身を乗り出した。
「おおお! なんだ、このゆるふわ可愛い女の子は。くっそう、蓮! お前ばっか可愛い女子と知り合いなのは許せねえぞ」
可愛い女の子のところで気をよくしたユグドラシルがにっこりと笑いかける。
蓮は、うひょお! と奇声をあげる勇治を横目にもっともな疑問を口にした。
「ゆーぐ? なんで、こんなとこで繋がるんだよ」
《泉はコミュニケーションツールってやつだからな》
《もう、邪魔しないでってば》
武甕槌命の声だろうか。あの偉丈夫がどこにいるのかと蓮はきょろきょろと見回した。
《ここだ、ここだ》
手のひらサイズの武甕槌命と経津主神が、ユグドラシルの両手に抱えられて手を振っている。
「ぬうぅ……神様でも許せん。羨ましい。俺と場所代われ」
「勇治、少し落ち着けよ」
不毛な言い合いを始めた勇治と蓮をおいてラウールがユグドラシルの正面に立った。
「はじめまして。私、ラウール・フランと申します。蓮様のお世話をさせていただいております」
《はじめまして、わたしがユグドラシルよ》
「折原勇治だ。よろしくな」
《うん、よろしくね》
ラウールを押しのけて勢い込んだ勇治の言葉は、やけに少なかった。
《そうそう。蓮、さっきのだけどね。清浄な水には癒しの効果があるでしょ? それだけじゃなくて、その水を通して交信ができるのよ》
「へえ、そういうことができるのか。ああ、久しぶりだな。そっちの様子はどうだ?」
気になるんならもっと話せばいいのに、と勇治を小突きながらも蓮はユグドラシルと話し出す。
話し始めた蓮に視線の棘を突き刺しながら、なぜか勇治の話しかけた先は小さな神様達だった。
「何でそこに? それと、その場所代わってくれよ」
《はっはっは、これが徳というものよ》
《得の間違いかもね》
《あ! こら、言うなって》
武甕槌命はニヤニヤしながら煽るように勇治を見る。経津主神も諌めているように見えるが満更でもなさそうだ。
《それより、話相手は俺達でいいのか? 彼女と話せばよいではないか》
《ばっか! 初めて会ったのにそんな馴れ馴れしくして嫌われたらどうすんだよ》
《わたしなら、かまわないわよ? 勇治くん》
うひゃお! と再び奇声をあげた勇治に微笑みながらユグドラシルは言った。
《みんな、仲良くしないとダメよお。それに、話はそれじゃないでしょ》
《おっと、そうだったな》
武甕槌命は表情を改め、何か変わったことはないかと言った。
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