魔王はパチンと指を鳴らした。同時に島全体が……ううん、湖全体が騒めき出す。いつの間にか魔王の後ろには三人の大男が立っていた。
「ケルトハル、フィンタン、ズフタフという。結構な使い手だよ」
なんだっけ……そのケルトっぽい名前どっかで聞いた事あるような……
灰色の髪の熊のように大きな人。もう一人の銀髪の人は口の端を上げ笑ってはいるけれど妙に虚無的。赤毛の人は意地の悪そうな顔でこっちを見ている。
「んんん……っと、赤枝の騎士団?」
「へえ! お姉さんよく知ってるね」
「ケルト神話はちょっと好きだったのよ。その穂先の黒い槍、毒があるから気をつけて」
「あんまりネタバレされても困るんだけどなあ」
茶化すようにフフンと鼻で笑われる。腹立つなあ!
三人の男達の中には、騎士団でも腕が立ちすぎて変人みたいに言われた人もいたと思う。戦士達は得物を構えて向かってきた。
一人が角笛を吹き鳴らす。
ブオオオ! とお腹の底まで響くような音が辺りに満ちると背後でざわりと気配が動いた。
「何!?」
後ろの森から兵士達が向かってくる。こんなの今までいなかったのに! 兵士っていうより兵士ゾンビだ。ボロボロの甲冑を着てギクシャクと動いてくる。目に生気が感じられなくて不気味。おまけに湖からも爬虫類ぽい目が覗く。
「つかさ様! 空へ!」
待って。あたしだけ逃げるの? あたしが躊躇してると蓮が叫ぶ。
「アホ! 上空から攻撃頼む!」
「あ、そっか! わかった」
あたしはボルドールと空へ駆ける。他のドラゴン達も次々と地を蹴った。
周りを取り囲むように近づいてくる兵士ゾンビを何とかしないと。あのまま囲まれたら騎士団の戦士と戦うこともできない。
せめてもう少し皆を防御するものがあれば少しは戦いも楽になるんじゃ……
『娘、願え。和御魂はお主の願いを形にする』
誰っ!? ……ん? 和御魂って、もしかして水竜王様?
『そうだ。和御魂に願え』
あたしは首から下げている小さな袋を取り出し青く光る玉に願う。
皆を助けて。鎧をつけているとはいえ防御が足りないの。もう少し、せめてあの毒槍から守ってあげて。手の中から青い光が走る。あたし達に、ドラゴン達にも青い光が降り注いで体を覆う。
『それが和御魂の使い方の一つだ。但し、そう長くは持たん。過信せずに戦え』
ありがとう水竜王様。あたしは矢を番えて虚ろな目の兵士ゾンビに向けた。
金属の打ち合わされる音がする。槍と刀身の長い太刀。互いに遠くの間合いから一撃打っては離れ、また遠間から飛び込んでいく。蓮の打ち込む一撃一撃が重い音を立てる。
両手に持った剣が連撃を繰り出す。盾に阻まれ決定打に至らない。隙をつくように振り抜かれる剣を躱し勇治さんは胸元を突くように剣を伸ばした。飛び退って防がれた一撃から尚も追いすがる。こちらもなかなか決着がつかない。
ラウールさんは交わされる刃の隙を縫って銃弾のように小さく圧縮した魔弾を幾つも飛ばす。盾を翳し魔弾を防ぎながら突進してきた戦士が剣を叩きこもうとした時にはもうそこにはいない。既に回り込んでいた死角から再び魔弾を打ったけど、振り向きざま掲げられた盾で防がれてしまう。
あたしも矢を放つ。習う前とは大違いに精度が上がってる。足止めするだけでもって思ってたけど、放った矢はきっちり兵士ゾンビを捉えた。矢に貫かれたそれは黒い霧となって消えていく。
その間にも湖はバシャバシャと水音を立てて暴れていた。鰐のような尻尾や槍の穂先が時折水上に美現れ消えていく。
地上で火柱が上がる。戦士の一人が火に焼かれていた。肩で息をするラウールさんは、相手が霧のように消えたのを見ると休む素振りも見せずに二人の支援に向かう。
大男を相手取る蓮と勇治さんの体から、時折千切れるように青い光が流れる。あれは和御魂の光だ。それが視界に入る度にあたしは顔が引き攣る。あたしも援護に回りたい。
けど、あたしは兵士ゾンビの足を止めないと。ドラゴン達がゾンビの進路を妨害し爪を立てる。密集して足が止まった所に矢を打ち込む。
いつの間にか湖面が静かになっていた。
水竜王様が水面をひたひたと歩いてくる。王様が無造作に手を伸ばすと細い水流が伸びて騎士団の戦士の足元に絡みついた。
一瞬止まった足を見逃さず、鎧の隙間に勇治さんの剣が刺し込まれる。戦士が崩れるように黒い霧と化した。そして、もう一人も槍の柄を断たれ、そのまま振り下ろされた布都御魂に両断されて消えていった。
「蓮!」
地上に降りたボルドールから降りて走る。
「大丈夫? 怪我は?」
「大丈夫だよ」
よかった。あたしは力が抜けてへたり込んだ。
「あのさ、その他大勢も心配してくんないかな」
「勇治さんもラウールさんもよかったね」
「おい」
なんで棒読みなんだ、と笑いながら突っ込まれてあたしも笑ってみせたけど、正直それどころじゃなかった。
「水竜王」
蓮が呼びかける。
「ありがとうございました。湖の中の敵を全てお願いすることになってしまって申し訳ありません」
「リザードマンは水竜属の末席に連なる者ゆえ、我らにも戦う理由がある」
「詳細を伺ってもかまいませんか」
「……あの微弱な波動はやはり魔王だったな。あれの力が強まったせいでリザードマン達に影響が出たのだ。彼らは善性より少しばかり悪性が勝る。その性質上、魔王につけ込まれる余地があったということだ。元いた場所を捨てて魔王に従ったが、そうなれば我らとしても仕置もせず放置はできぬ。逆に言えばそのおかげで道が繋がったとも言える」
「それで彼らは……」
「案ずるな。残るも戻るも彼ら次第だが、戻りたい者がいれば受け入れる」
ほっとした顔を見せる蓮に水竜王は笑みを見せた。
「我とてそこまで狭量ではない。それより、そこの娘を休ませてやれ」
「ありがとうございます。つかさ、行くぞ」
蓮は座り込んだままのあたしに手を伸ばす。
「どうした?」
「あの……腰が抜けたみたいで……動けない」
「は? あんだけ啖呵切っておいて?」
勇治さんがまじまじと見てくる。
だって、あの時は必死だったんだもん!
「しょうがないな、ほれ」
蓮はあたしの肩に手を回すと、足の下にも手を差し入れた。
「行くぞ」
うう、お姫様抱っこはもうちょっと感動的なシーンでやってほしかった。情けない。
「あの、水竜王様! 助けてくれて、ありがとうございました」
「かまわぬ。御魂があればお主らの居場所がわかる。気にせず呼ぶがよい」
そう言って彼は湖に沈んで行った。
彼を見送り、さて、とラウールさんが振り返る。
「私達も戻りましょう」
「だな」
あたしはそのまま蓮と一緒にニーズヘッグに乗って通路を通った。
「もう夜なんだね」
「ああ……月、綺麗だな」
「うん」
あたしはコトンと蓮に頭を凭れかける。
「ごめん、迷惑かけて。あたしこっちで待ってればよかったんだよね」
「言ったろ。魔王があの場所に来れるなら一人で残ってた方が危ない。俺の方こそ巻き込んですまない」
いいんだ。少しでも力になれるのならその方がいい。あたし達の耳元で風の音が大きくなった。
ヒュルルルルル……ってこれ何の音?
《伏せろ!》
何!? 何なの?
ドオンという破裂音と共に光の花が咲く。は、花火?
《ヤバイ! 花火だ。降下して対岸へ急げ!》
《はい!》
《了解!》
「何? 何で?」
《この世界で騎竜が飛んでたらおかしいだろ!》
そうか、そうだった。花火の明るさでシルエットが見えてしまう。
『お主らは世話がやける』
笑いを含んだ声と共に湖面が盛り上がった。観客らしい人々のどよめく声とシャッター音が聞こえる。数秒で静かになった湖面とは逆に湖畔が騒がしい。
翌日、未確認生物が湖に!? っていう見出しが新聞やらテレビやらを賑わせたらしい。
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