辺りはもう星が見えるほどに暗い。蓮はさっきみたいな光の玉を空に打ち上げる。今度のは明るい光で暗がりを照らし出す。
「柵の補強が優先だ。深追いせずに戻れ」
蓮はゴブリンを追っている人達に声をかけ、柵の補修状況を確認しながらあたしを連れて戻っていく。
あたし達が地上に降りると、トゥロさんやラウールさんが出迎えてくれた。
歩きながら蓮が兜やら篭手やら装備を外していく。横を歩く人が黙ってそれを受け取り片付けていく。うわぁ、勇者っぽい。
「勇者様、ご無事で何よりです」
「つかさ様もありがとうございました」
「交易路の安全確保は重要だからな。それよりもゴブリン達が指揮官を立ててまで攻撃してきたのが気になる。しかもこんな時間だぞ。あいつら夜はあまり活動しないんじゃなかったのか」
「それについては各地からも連絡がきていまして」
言われてみれば、ここに来たのは夕方くらいだったっけ。夏で日が長いとはいえ、それももうとっぷりと暮れた。
皆が一様に厳しい顔になる中、何が変なのかイマイチわかってないあたしだけがキョトンとしている。
そんなあたしを見てラウールさんが言った。
「込み入った話になるかもしれません。お疲れでしょうし、とりあえず場所を移動して休んでからにしませんか」
それを聞いて、賛成とばかりにあたしのお腹がぐうっと鳴った。やだもう……恥ずかしくて泣きそう。
「ああ、そういや腹減ったな」
あたしを見てそう言った蓮の腹に無言で一発叩き込む。
「お、お前何すんだよ」
「デリカシーなさすぎ!」
「なんだよ、お前だって腹減ったろ?」
「もうっ! 知らない!」
ぷんっと頬を膨らますあたしとお腹を押さえる蓮の間で、まあまあと周りの人達が笑った。
確かに食べる暇もなく戦いが始まっちゃったからお腹は空いたけど、そこはさりげなくスルーするとか何かあるでしょう。あたしが物凄い食いしん坊みたいじゃない。
少しだけ拗ねながらも促されて歩き始めたあたしに、蓮は思い出したようにちょっといいかと問いかけてきた。
「お前、なんでこっちの世界にいるの?」
そりゃ、そもそもの疑問だろうけどさあ。今それ聞く? って、いろいろありすぎてあたしも忘れてたけど。
「あんたを追いかけてたはずだったんだけど、なんかトンネルみたいなのが? ってなって気がついたらここ走ってた」
「げ! マジか。じゃあ通路閉じるのが遅れたんだな。つか、埋め合わせするから今度なって言ったじゃないか」
「何よ! そんな言い方するから、もしかしたら浮気でもしてんのかと思ったのよ! 追いかけてぶん殴ってやろうって。そしたら急に道の感じが変わって、変だなって思ってたらあんたはコスプレして出てくるし、っていうかコスプレじゃなかったし。バイクはドラゴンになっちゃうし、戦ってるあんたはかっこよかったわよ! ふんっ!」
一気に言い終わって肩でゼーゼー息を吐く。なんか言うだけ言ったらちょっとスッキリした。
「「すみません」」
あれ? なんでラウールさんまで一緒に謝るの?
「通路の開閉は私の役目なんです。今回は巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「いえいえ。っていうか、むしろよかったです。彼、たまに連絡取れなくなることがあって、ツーリングだって言うけど連れてってくれないし何やってんのかなって思ってたから」
だからいいんですと言いながら軽く蓮を睨む。
「言えないだろ。勇者やってますとか魔物退治してますとか。こっちじゃ普通でもあっちじゃ拗らせ全開じゃないか」
ああそうか。蓮があまり自分のことを言いたがらなかったのはこれも理由としては大きいのかも。実家はどこ? って聞いても、帰国子女ってどこの国から? って聞いてもはぐらかされたのは結局これだよね。
「確かに向こうに魔物はいないからねえ。でもさ、あたしは言ってほしかったな」
それを聞いてもあたしはあんたを嫌いにはならないよ。
そう呟いたら蓮に抱きしめられた。ちょ……ちょっと待って! 恥ずかしい! 人が見てるぅ! 恥ずかしい!
「黙っててごめんな、ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
蓮の安心したような優しい声を耳元で聞いて、ジタバタしていたあたしは抵抗をやめた。
見た目より筋肉質の腕があたしを抱く。蓮ってば着痩せするタイプだよね。胸にことんと頭を落として心地よい弾力に身を任せる。
覚えてる? と、あたしは蓮に体を預けて言った。
「あたしがあんたを初めて見たのは、さっきみたいな甲冑姿だったんだよ? 写真撮らせてってお願いしたのこっちだったじゃない。異世界勇者にドン引きしない自信あるわ」
「うん」
「でもさ、そこは自信あるんだけど、戦うってことにはちょっと心が追いつかないみたいなんだ。血を見るのが嫌とかじゃなくて戦う行為自体に納得してないんだと思う。だからあんたのこと、この世界のこと、少しずつでいいからもっと知りたいなって思うよ」
蓮が黙ってしまう。でもねとあたしは蓮を見上げた。
「それでもあたしが好きになったのはあんた自身だもん。あたしは、あんたが何者でも好きだよ」
蓮の手に力が籠る。待って苦しいよ。顔を上げるとキスがひとつ降ってくる。
「飯……支度できたみたいだから、そろそろ行こう」
唇が熱い。照れて視線を逸らす蓮に、雰囲気台無しなんて言いながら頷く。
あたし達は互いの手の熱さを感じながら歩き出した。
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