「さてと、どうするかな」
地図とにらめっこしていた蓮が呟いた。
「なんだ?」
「ここからフェリーに乗ってもいいなと思ったんだが」
近くの港を指差して蓮が言うと勇治さんが地図を覗き込む。
「地図を見せてくれ」
そう言って眞生さんも覗き込む。眞生さんが進路に何か言うのは珍しい。とある場所を指差す。
「この辺りに行きたいのだが可能か」
「遺跡?」
「遺跡なのか……」
それを聞いて眞生さんは首を傾げた。
「まあ、そういうものかもしれぬな。行けるか」
「何かあるのか」
「多分、ここだと思うのだが……おそらく『妖精の輪』がある」
妖精の輪!? ここ、妖精が来るんだ。ん? 蓮も勇治さんも驚いた顔してるけど知らないの?
「貴様ら、勇者なのに知らんのか」
「知らねえ」
「知ってるけど、それがここにあるってのが不思議で。欧州方面限定のものかと思ってたから」
眞生さんは二人の返事と妖精を見たい気持ち満々のあたし、三人三様の様子になぜか深々とため息をついた。
「妖精の輪というのは常世との境界だ。稀にあちらの者達が訪れて跡を残していく。道が開かれやすいのは欧州だがここも通じないわけではない」
「へえ、じゃ妖精ってのも見れんのか」
「難しいだろう。元々、彼奴らは満月や夏至といった特定の日にしか現れぬ」
見れないのかと勇治さんとあたしは肩を落とす。だって薄い羽根を震わせてひらひら飛び回ったりする小さな女の子達だよ。そんな可愛い人達なら会ってみたいじゃない。
「つかさ……妖精という種族の者は気まぐれで何をするかわからぬ。あまり関わらない方が良い」
途端に釘を刺された。あたし、そんなに迂闊さんじゃないですって言いかけて今までの自分を思い出す。あれえ、ちゃんと言うこと聞いたほうがいい気がしてきたぞ。
「ついでだが、彼奴らは人の膝下くらいの大きさはあるし、見た目が年寄りの者も男もいるぞ」
「えっ? そうなの!?」
思わず声が出た。あたしの想像より重量級サイズの上におじさんとかもいるのか。うーん。
「とりあえず行ってみないか。その話しっぷりだと妖精はいなくても輪があればいいんだろ?」
そう言った蓮に頷いた眞生さん。輪っかって何があるんだっけ。神話とか妖精の話とか結構好きで読んでたけど思い出せない。
「それじゃ行こうぜ」
そう言って勇治さんは早々とヘルメットを手にする。あたしもパタパタと支度を始めた。
緑の中を走り出すと少し涼しい風を感じた。北へ向かって来たんだな。
《ラウール》
《はい》
《45号線を走って三内丸山遺跡に向かう》
《了解しました。現在地をもう少し見回ってからそちらに向かいます》
《わかった》
そして現地で合流って手筈になったところまではいいんだけど。
先に到着してたあたし達の所へラウールさんがすごい勢いで走ってくる。なんでそんな興奮してるの? 妖精の輪って妖精が来ただけじゃないんだけっけ。
「眞生様!」
「魔法使いならわかるであろう」
「はいっ! 妖精の輪ですね。この雰囲気ならありそうだと思います」
あたし達のポカーンとした顔とは対照的に、二人の魔法使い、特にラウールさんは興奮気味にキョロキョロと辺りを見回している。
「あるかもしれない、なのだが。ここにあった集落もなくなったようだし、まだここに来ているかどうか」
「意外と場所に執着するみたいですよ。ここはある可能性高そうじゃないですか」
「あのぅ……」
「とにかく探してできるだけ採りましょう。人目につくようなら夜にでももう一度来て……」
「あの……! 眞生さん、ラウールさん!」
「はい、何でしょう」
ニコニコしながら振り向くラウールさん。こんなに上機嫌なのは魔力酔い以来じゃないかな。
「あの、あたし達「妖精の輪」になんでそんな興奮気味なのかわかんないんですけど。妖精が本当に見られるとかですか」
「何言ってるんですか。妖精よりも跡に残ってるサークルの方が大事です。跡に生えている植物からフルポーションが作れるんですよ」
「フルポーションって回復薬のこと? ですか」
「そうです。それも体力、魔力は言うに及ばす、手足がちぎれていようが死んでいなければ回復できる完全回復薬ができます」
はぇぇぇ……それはすごい。魔法使いが興奮するのもわかる。そんなすごいのができるんだったら妖精の輪を探さなきゃ。あたしは妖精はとりあえずおいといてポーションのほうに俄然興味が湧いてきた。
「噂にもなってないところを見るとまだ見つかってないんだろう」
「今のところは」
こんな時SNSは重宝するよね。何かあればすぐ写真を撮って載せられる現代なら情報がリアルタイムで検索できる。今のところ誰も「こんなの見つけた」なんて載せてる人はいない。
「誰かに見つかる前にできるだけ確保しましょう。さあ、皆さん。はりきっていきますよ」
「「おうっ!」」
探した。
目を皿のようにっていうより、事件の凶器を探す警察みたいに。とにかく虱潰しに探しまくった。
あたし達の「捜査」の結果、眞生さんの言う通り妖精の輪はあったんだ。それも結構な数が。最初に眞生さんは、もしあれば多くても二、三個って言ってたからこれは嬉しい誤算だよね。
草丈が高くなっていたから見つけられなかったのではって言ってたラウールさんはホクホク顔……を通りこしてちょっとばかり妖しい雰囲気を醸し出していた。
不自然なほど無表情なんだけど、不用意に笑顔が漏れる。その笑顔がまた……
「つかさ様? どうされました」
「な、なんでもないですよ」
……怖いなんて、恐ろしくて言えない。
そして宿に着いた今。
部屋の中に黒魔術の祭壇が作られた……
そんな印象ってだけなんだけど不気味なものは不気味なのよ。ねえ、ラウールさんてこんな人だった?
「あれ大丈夫なの? 宿から苦情来ないかな」
「別に煮炊きしてるわけじゃないし匂いもないし。強いて言えば俺らが不気味に思うくらいだし。いーんじゃねーのー」
「蓮、台詞が棒読みだよ」
顔を見合わせて声を顰めるあたし達は、ため息をつくのすら静かに空気を乱さないように必死だ。
「でもさ、これでポーションができるんでしょ」
「ああ。まさかこんな不気味な作業だと思わなかったけどな」
「そうだよね。あたし大学とか製薬会社の研究室みたいなのを想像してたんだ。ほら、錬金術っぽい感じっていうの? あ、でも、これもしかしてラウールさんの雰囲気が不気味なだけ……」
「つかさ様」
「はいっ!」
振り返ったラウールさんが張りつけたような微笑みを浮かべている。こ、怖い……思わず直立不動になる。
「温泉、気持ちよさそうですよ。いかがです?」
「はいっ、行って参ります!」
「あ、俺も風呂行こう。勇治も行こうぜ」
「そうだな」
あたし達は仮面微笑のラウールさんに見送られてダッシュで部屋を出た。
「いやあ、緊張しましたよ」
翌朝の爽やかな笑顔と共に出たラウールさんの第一声がこれだった。緊張すると黒魔術師になるのか。いつでもリラックスしていてほしいなあ。
「作業は終わったのか」
「はい、一番大事なところは終わりました。後は簡単な作業と熟成だけなので、移動しながらでも大丈夫です」
「ならフェリーで移動だ」
「はい」
全員揃って船で移動する。実はあたし船乗ったことないんだよね。だから楽しみにしてるんだ。
バイクを固定してもらって、じゃあねってボルドールに言ったら傍にいたおじさんに笑われてしまった。
「心配せんでも大丈夫だ。転がったりせんよ」
そう言って笑うおじさんに手を振りながら中に入る。
「思ったより大きい船だし、そんなに揺れないね」
「だな。天気も良くてよかったわ」
「お前ら……何か不安じゃねえの。足の下に地面ないんだぞ」
思ったより駄目な人がいた。勇治さん足元しっかりしてないの苦手なんだっけ。
「四時間だけだからがんばれよ」
「がんばりようがねえよ」
「ドラゴン乗ってると思えばいいんじゃないですか」
「ああ……うん、ちょっとはマシかも。って、あいつ今固定されてるじゃん」
「だから、気持ち気持ち」
「誰かなんか喋っててくれ。気が紛れる」
「寝てしまえば良いではないか」
「うん、それが一番いいな」
そんな話で笑ってた時間が一番楽しかったかもしれない。
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