Dragon Rider

〜ツーリング時々異世界〜
kiri k
kiri

曲がり角にはご用心

公開日時: 2020年9月3日(木) 00:12
文字数:2,205

「お疲れ様でーす」

「おう、お疲れ」


 会社に戻るとあちこちから半ば反射のように声が上がる。さてと、さっさと報告書をまとめてしまおう。


「今日はもう上がりか」

「ええ、明日から三連休だしゆっくりしようと思います。って言えればいいんですけど、ちょっと勉強しないと」

「あっはっは! そうか。お疲れ様、気をつけて帰れよ」

「はい、お疲れ様でした」


 あたしは報告書を提出すると鼻歌混じりで駐車場へ向かった。


 バイク便のアルバイトを始めてから半年程になる。配達は大変だけど、バイクに乗れるのが嬉しくてこの仕事が辞められない。

 田舎と都会の道は交通量が違うから最初はビビりまくってたけど、もうそんなに怖くない。道だってナビがあるもんね。


 ホントは学校からなるべく公共交通機関で移動って言われてるし、もしかしたら学生の間くらいしか乗れないかもしれないけど……

それでもどうしても欲しくて。

 やっと手にしたバイクはあたしの宝物。数あるバイクメーカーの車種の中でも繰り返し生産されるこの型は、人によっては優等生すぎてつまらないバイクとか言われるけど、あたしはそこが好きなんだ。優等生ってことは信頼性がある優秀な子ってことよ!


 ぜーはーぜーはー……こ、こんなムキにならなくていいのよ。落ち着け、あたし。

 コホン。


 それより何より、あたしは一目見た時から気に入ってたんだ。ワインのような深い赤色のカラーリング。とても綺麗でずっと見ていても見飽きない。


「……だな……で」


ん? 話し声?


「おっまたせー」

「おう」


 バイクにもたれてスマホを弄っていたれんが手を振る。バイト仲間で彼氏。

 趣味も似てるし、つき合ってて疲れないし、彼がここのバイトしてるって聞いてあたしも始めたんだ。


「ねえ、誰かと話してた?」

「なわけないだろ、俺しかいないし」

「だよねえ」


 蓮がニヤッと笑った後、声のトーンを落として言った。


「お前の後ろにいるやつと話してたかもー」

「え?」


 振り返って見たけど誰もいない。


「誰もいないじゃん」

「お前なあ……」


 そこは、きゃあって言えよと蓮はため息をついた。

 ……あっ? そういうこと?


「……申し訳ない。きゃあ」

「全然嬉しくない」


 そんなに彫りは深くないけど鼻筋が通ってて、口元が引き締まってるから、あんたは真面目な顔するとちょっと怖いんだぞ。笑うとへにゃ〜ってなるんだけどね。

 真顔になると顔の造作が整ってる人ってちょっと怖くない? だから、あたしは慌てて話題を変えた。


「と、とりあえず帰ろ! 連休だもん」

「そうだな……あ、髪染めたのか?」

「うん、ちょっと明るくしてみた。どうかな」

「ショートボブならそのくらい軽い感じでいいんじゃないか」

「えへへ、よかったあ。また戻すかもしれないけどしばらくこの色にしよっと。ねえ、ご飯食べに行こうよ」

「だな、腹減ったわ。まずはそれからだな」


 ちゃんと気づいて感想言ってくれたり、気が置けないとこがいいとこ。こっちも話しやすいし。

 よしっと声を上げて蓮はあたしの髪をくしゃくしゃと掻きまわした。ついでにおでこにキスひとつ。


 こういうことはあぁぁ!

 もうっ……気安い感じかと思うと、こういうことさらっとやるんだから。

 ううう、あんたは帰国子女で他の国の文化が染みついてるのかもしれないけど! あたしは日本のド田舎育ちなんだよう。嬉しいけど恥ずかしい。おでこから熱が広がる。

 蓮は顔を真っ赤にしたあたしの頭にポンポンと手を乗せた。


 ツーブロックのサイドにふわっとかかる髪をかき上げヘルメットを被る。行くぞと彼はバイクに跨り、こっちを見た。


「帰んないのか?」

「か、帰るわよ!」


 キーを差し込んで回すと、目が覚めたよって灯が燈る。そしてスターターを押すとエンジンが言うんだ。さあ、走ろうって。この瞬間が一番ワクワクする。

 準備運動をしてるみたいなアイドリングの音を聞きながら、切ったばかりの髪をぱさりと後ろへ流しヘルメットを被る。


 バイクに跨ると、先に走り出した蓮の後を追ってゆっくりと走らせ始めた。

 そしてヒュウンと風を切るような音を残してスピードを上げていく。


《ねえ、ちょっと買い物していかない?》


 ふと思いついて、あたしはインカムを通して話しかけた。


《何、作ってくれんの?》

《それもいいかなあって》

《手料理かあ、いいな! サンキュ。それじゃ、そこのスーパー寄っ……ちょっと待って》

《へ?》


 唐突にインカムが切られた。何だろう。とりあえずついて行くしかないんだけど、彼の背中からなんだか切迫した気配を感じて少し不安になる。


《つかさ》

《な、何?》


 信号待ちで止まったあたしの耳に入ってきたのは緊張した蓮の声だった。


《悪い、これからちょっと行かなきゃならないとこがあって》

《え?》

《ごめん、埋め合わせはするから》


 ちょっと! 三連休は? お家デートは!?

 あんたがいないなら、あたし三日間孤独な勉強漬けなんだけど。いや、やるけどさ!

 えええ……一人でなんて嫌よ。勉強の合間の癒しとか癒しとか癒しとか欲しいじゃない。モチベーションが天国と地獄くらい違うのよ!?


 変わった信号と共に走り出す彼のバイクを呆けたように見送ったあたしは、その一瞬が過ぎると猛然と追いかけ始めた。

 何よ! さっきまでのいい感じなのはどこいったのよ。あたしに言えないようなどこに行くっての!? まさか……浮気? 冗談じゃないわ。とっ捕まえて文句言ってやる!

 左にカーブする彼のバイクを逃がすまいと、あたしもアクセルを握りしめた。




 ……で、ここはどこ?

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート