蓮は残滓を追い出すように頭を振って、大太刀を構える。
「勇治、なるみちゃん。でかい奴を倒すだけでいい。小さいやつは影響受けてるだけだ。魔物とかじゃない」
「了解、いくぞ!」
「おう!」
俺も成美も大狐に刀を向けた。
ちょっと細身で頼りない感じがするんだが大丈夫か、これ。片刃だけど刺突剣みたいな使い方すりゃいいんだろうか?
じりじりと包囲を狭め、大狐目がけて一気に突きを繰り出す。横から小狐が飛び込んで来た。刀が小狐の体に埋まっていく。なんだ、この斬れ味。
滑らかすぎる手応えに狼狽えている間に、俺を睨んでいた小狐の目から光が消えた。
「落ち着け」
「なるみちゃん」
「刀は突きもよいが、引いて切るのじゃ」
無造作に刀身を拭い、このようになと言いながら刀を振り下ろす。刀ごと叩き伏せようと追ってきた大狐の尾が一本切り落とされた。
「力任せに叩かずとも、刃筋を立てて振り下ろせばよい」
でかいのに集中しろと胸を小突かれる。
ああ、確かに焦ろうが混乱しようが敵は待ってくれない。落ち着け。
「焦るな、三方からかかれ」
正面から向かう成実は飛び交う小兎を左右に両断し大狐に向かっていく。
後退した大狐を追った蓮の飛び込み様に振り下ろした大太刀が奴の顔を捉えた。左目から頬にかけてざっくりと切り裂いていく。大狐が吼える。
「くっ……人間風情が!」
大狐の残った右目が妖しい光を放つ。途端に分裂する狐。追加二体かよ。
俺の腕じゃ大狐は無理そうだから、ちょっと小ぶりの追加された二体の狐に刀を向ける。練習台になってもらうぜ!
俺は防戦一方の狐に刀を振るう。刃筋を立てるだっけ? こう……か? くっそ! 当たらねえ! するする避けやがって。ムカつく。もう一回。まっすぐ構えて……振り下ろすっ!
「ほう! なかなかいいぞ」
何がなかなかいいぞだ。馬鹿にすんじゃねえ! 俺は大きく踏み込んで狐を追いかける。
狐は俺の繰り出した刀をするりと避け、逆手に持ち変えた刀の柄頭を鳩尾に叩き込んできた。
「ゔっ……げ……」
「ほれ、目を覚ませ」
何だ……? なるみちゃん?
「大狐の目は見るな。瞞しを見せられるようだ」
「は……は、はやく……言ってくれ」
ぎりぎりと軋る歯の間から、大狐の怨嗟の声が聞こえる。
「おのれ……我の眷属まで斬りおったな」
「斬られたくないなら避難させろ。簡単だろう」
「うるさい! 我らの勝手じゃ」
成美が言うと、大狐はちんまいのを集団で戦いにぶっ込んできた。
「やれやれ。斬られるのは嫌だと言いながら、こいつらが頼みの綱なのか」
そう言って刀を構え、同じく構えた蓮を見て頷いた。俺は頭数じゃねえのかよ。まあ、刀に不慣れだからな。だが俺にもやれることはあるんだよ!
「蓮、なるみちゃん、下がれえぇぇ!」
飛び退いた二人を視界の隅に捉え、俺は広範囲に雷撃をぶっ放した。
「忘れてたけどさ。俺、魔法使えるんだったわ。こいつら麻痺ってるから当分使い物になんねえぞ」
「貴様……」
刀を使うのに必死で魔法使うのを忘れてた。何も蓮と同じじゃなくていい。俺には俺のやり方があるわな。
さあて、反撃だ。もう一発。今度は大狐に向けたが首の一振で弾き飛ばされた。
「チッ……効果なしか」
「かまわん。打ち続けろ。牽制になる」
「ああ、わかってる」
今度はちゃんと連携するさ。威力を高めて一点集中。俺は次の雷撃を放つ。蓮と成実が斬り込んでいく。
「防御力高えな」
「だが満身創痍だ。そろそろ決着をつけよう」
「だな。おい、そろそろ降参しちゃどうだ?」
大狐と麻痺の切れかかった小狐や小猫までが歯を剥いて威嚇してくる。
「引かぬ。我はこやつらと、この地を守らねばならぬ」
「何?」
「こやつらの多くは人間に捨てられたのじゃ。勝手に関わり勝手に捨ておって。我を頼って来たゆえ、我は面倒を見ねばならぬ」
「なぜ魔王につく」
「魔王は我らに居場所をくれた」
俺も蓮もそれを聞いて下を向いてしまった。
それでも、成実は大狐に問いかける。
「お主の事情はわかった。やはり降参せぬのか。最後までオレ達と戦うのか」
「当たり前じゃ。魔王には恩がある。歯向かう者は殺す」
「では、その首貰い受ける」
「なるみちゃん!?」
戦じゃ、と言いながら成実は一歩踏み出した。
「魔王につく以上、オレ達の敵だ。敵は倒さねばならん。伊達成実参る!」
噛みちぎろうと迫ってくる狐を躱し、刃を突き出す。繰り出される攻防は十数合に及んだろうか。
「ふんっ!!」
成美の気合を込めた一撃が大狐の伸び切った首筋に落とされた。
「こいつらは別に何の力もないただの動物達なのだろう? ならば魔王も手出しはせぬだろう。それに動物というものは、小さくとも案外しぶといものだ。この地ならば彼らなりに生きていくであろうさ」
そう言って大狐の首を片手で拝む。首は何故か表情を和らげたように見えた。
しばらくすると、大狐の体は光に包まれて消えていく。だが首はだんだんと固くなり、ごろりとした石に変わった。
「石?」
「形はどうあれ、こやつらと共に居たかったのやもしれぬ。これでは悪さもできぬだろうし、このまま放っておけばよいだろう」
「そうだな」
ちょろちょろと石の周りに寄ってくるちんまい動物達は、しばらく小首を傾げていたがやがてそれぞれに生きることを始める。最初に見た時のような長閑な様子の中にも、何となく大狐の影を感じてちょっとしんみりしてしまった。
「なるみちゃんってすげえなあ」
「お主らよりは出陣した戦が多いだけのことだ」
「もう、なるみちゃんとか呼べねえわ。せめて「しげさん」とか呼ばねえと」
「うわあ、じじむさい」
蓮が嫌そうに顔を顰めると、成実も頭を抱えた。
「頼む。それはやめてくれ」
「だって「なるみって言うな」ってよく言うじゃん」
「いや、もう本当にそれでよい。この器はまだ若いのだぞ。地味に傷つくから爺呼びはやめてやってくれ」
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