ご馳走様でした、と一息ついてお茶を飲む。
「そろそろ行くぞ」
振り向いたあたしの目に映ったのは少し前にいなくなっていた魔王様だった。
「眞生さん」
「貴様のことだから食事が終わった頃に来てみたのだが?」
「完璧な訪問時間です」
あたしは親指を立ててみせた。
「おい、俺には何の挨拶もなしかよ」
「ついてきている奴もおるのでな」
「チッ……めんどくせえな」
勇治さんが頬杖をついたまま不貞腐れている。
「蓮、つかさは我が預かる。あの魔王に手出しはさせない」
「そうか」
「あれは貴様が思っているよりも手強いぞ。我が心情的にはこちら寄りなのも知っておる。召喚契約があるとはいえ穴がないわけでもないのだが、それでもかまわぬようだ」
「わかってる。あの外見そのままだとは思っていないよ」
そう蓮が言うと眞生さんは少しだけほっとしたような顔をした。
「では行こうか」
眞生さんは、そう言ってあたしの手を取る。あたしは頷いて一緒に歩きかけ、振り返って皆を見た。
「蓮!」
あたしは眞生さんの手を振りほどいて蓮に駆け寄って抱きついた。
「つかさ」
「ちょっとだけ! ちょっとだけこうしてて!」
蓮はあたしを抱いてキスを一つくれた。このままこの腕の中でこうしていたい。魔王なんかほっといて……ううん、わかってる。そうしてはいられないことなんてわかってる。
蓮のあたしを抱いた腕に力が入った。そして力が抜ける。うん、わかってるよ。
いつものようにわしゃわしゃと髪を掻き回した手が両肩を掴み、あたしの体をくるりと回す。行ってこいと押し出した蓮は、硬い声で眞生さんに言った。
「眞生、つかさを傷つけるな。それと必ず返してもらうからな」
眞生さんはなぜかそれには答えず勇治さんを見る。
「勇治、大丈夫か」
「ああ」
「そうか、ならば良い」
眞生さんは再びあたしの手を取って、今度こそ通路へ向かって歩き出した。
そして……
あたしの後ろで口を開けていた通路が閉じた。
「つかさ」
「何、眞生さん」
「貴様は人質なのだが。わかっておるのか? あまりキョロキョロするな」
だぁってさあ、魔王の城とか初めてだから何でも珍しくてぇ。
口を尖らせるあたしを苦笑いの混じった横目で見、眞生さんは目の前のドアを開けた。
「足りないものがあったら、そこのベルを鳴らせ。誰かこちらに回す……どうした?」
「……ここ? ここにいればいいんですか?」
「そうだが。不満か? 石牢のほうが良かったか」
結構です! 石牢とか固そうだし寒そうだし! あたしはブンブンと頭を振る。
「ドアの外には出られぬから牢と変わらんぞ。ああ、食事は運ばせるから心配するな」
広い部屋に大きなベッド。調度品の趣味もいい。何だか外のお化け屋敷みたいな雰囲気とまったくそぐわない。
「外の雰囲気と違って何だかすごく居心地よさそうだからびっくりしただけです」
「そこのドアからこちらは我の領域だ。誰も手出しできぬ」
「あの魔王も?」
「そうだ。我以外に開けられる者はここにはおらぬ」
何か閉鎖空間的な場所なんだろうか。参ったなあ、あわよくば城の中を見て回って、間取りとか教えてあげられたらなんて思ってたのに。
あたしは両手を上げて眞生さんに言った。
「大人しくしてます」
眞生さんは、そうしろと笑いながら言ってドアを閉めた。
さて、これからどうしようか。でも……
あたしはぐるりと部屋を見回し、こんな待遇でいいのかなあ……と思わず呟いた。
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