「大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫れすよ」
町で魔物を買い取ってもらった後、休憩できそうなお店を探してるんだけど……ラウールさんは呂律が怪しいし、赤い顔でフラフラと歩いていくし、なんだか酔っ払ってるみたい。
「俗に言う『魔力酔い』ってやつだな。酒に酔うのと同じようなもんだ」
「やったの……ってか、やらせたの誰ですか」
「不慣れな魔王様が失敗しただけだろ」
「そおうれすよ!」
うわあぁ! びっくりした。ラウールさんてすごくしっかりした人だと思ってたから、あたしと勇治さんの会話に唐突に突っ込んできた人と同じ人とは思えない。でも年上の男の人にこう言ったらなんだけどちょっと可愛いよね。
「眞生様は、まあら不慣れなんれすからね。ちゃんと見守ってあれらいろ」
「ラウール、何言ってっかわかんないからちょっと黙ってろ」
「ふぁい、らまってます」
「つかさ、これ持ってて」
あたしに刀を渡すと、蓮はため息をついてしゃがんだ。
「ほら、おぶってやるから」
「わあい、ありあとうおらいあす」
ぽすっと背中に倒れ込むのを、よいせっとかけ声をかけながら持ち上げる。
「こいつ、細いくせに意外と重いのな」
「失礼れすよお」
背におぶわれて気持ちよさそうなラウールさんを見ながら、あたしは蓮に囁いた。
「ねえ、ラウールさん本当に大丈夫?」
「いつも気を張ってるから緊張の糸が切れたんだろう。酔いが覚めたら元に戻るさ」
そっか、完璧超人みたいなこの人も努めてそうあろうとしてるのかもしれないんだ。あたしもなるべく手を煩わせないように気をつけよう。
「た、助けてくれー!!」
って、いきなり何!?
「魔物が出たらしいぞ」
「こんな町の近くに出たことないじゃない。間違いじゃないの」
ざわざわと周りの空気が揺れる。話が伝わるにつれて町の人達の間に不安が広がっていく。
「そうだ、町には簡単に入ってこれないようになってるじゃないか。入口には警備の人員もいるんだし」
顔を見合わせて肩をすくめる人達の中へ、悪い知らせが血相を変えて飛び込んでくる。
「魔物だー!」
「町のすぐ外に魔物が出た!!」
「おい、警備隊も何人かやられたらしいぞ」
「えっ!? じゃあ町の中に魔物が入ってくるってこと?」
町の人達がパニックになりかかってる。
「皆さん! それについては今、警備隊が確認中です。状況がわかり次第お伝えしますので、皆さんは万が一に備えて西の広場に避難しましょう!」
こちらです、とゆっくり移動を促す警備隊のおかげで町の空気は少し落ち着いた。
蓮は警備の人に声をかけ、一言二言言葉を交わす。戻ってくると小さい声であたし達に言った。
「魔物はかなりの数だそうだ。この大通りを避難経路から外してもらった。騎竜を呼ぶ」
「……マジか」
「行くぞ! つかさ、刀!」
「はいっ」
「来い! ニーズヘッグ」
あたし達は走り出した。蓮は町の入口へ、あたし達は停めておいたバイクの所へ。
半覚醒のラウールさんは、この時半ば無意識に魔力を使ったんだそうだ。蓮の声に魔力が乗り騎竜を呼ぶ。
うねりを上げる風のような咆哮が聞こえ、ドラゴンが一頭、低空を飛行ってくる。
「先に行く!」
その声を残し、蓮はラウールさんごとニーズヘッグに飛び乗った。あたし達もバイクのエンジンをかけ町の外に向かう。
「お先!」
早い! 青いバイクが風を残して走り過ぎて行った。半端ない加速であっという間に小さくなっていく。眞生さんはあたしに合わせてくれてるけど、あたしも急ごう。
町の外へ出ると魔物の襲撃を受けて人が倒れている。あたしと眞生さんはその人達に駆け寄った。
比較的軽傷の人やショックで倒れているだけの人には、声をかけて町まで自力で逃げてもらう。
この人は裂傷か。なら黄色かな。緑の人に付き添ってもらって町で治療をしてもらおう。頭の中で怪我をした人にタグ付けをしていく。こっちは……赤。眞生さんの治癒どこまでできるんだっけ。
「眞生さん、この人は」
「問題ない。腕を繋げば良いのだろう」
「待って! 痛覚を麻痺させてから繋いでください。じゃないと痛みでショック受けちゃうかも。それと血が足りない。増血させることはできます?」
「わかった」
こんなところで実地訓練することになるなんて。覚えたこと少しでも役に立つといいんだけど。
切り口の組織がみるみる繋がっていく。青白くなっていた顔にも血の気が差してきた。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ。なんとか」
「動けそうなら町へ向かってください。眞生さん、次行きましょう」
町へ戻る途中の緑、黄組を掴まえる。比較的状態の悪くないこの人達なら付き添いをお願いできそう。
彼らに頼み、眞生さんに頷いて一緒に先へ走る。勇治さんと蓮は地上と空から魔物に向かっていく。
「よっ!」
勇治さんは両手剣を魔物に叩き込む。二度三度と連撃を繰り出し不意にすっと体を沈めた。後ろからドラゴンが走り、すれ違いざまに布都御魂が魔物を両断する。
勇治さんが叫ぶ。
「おい! 魔法使いに攻撃するように言ってくれ! 魔力を使って発散すれば酔いも収まってくる」
「わかった! ラウール聞いたな」
「はあい、いきまあす」
次の瞬間、魔物の群れに雷撃が落ちた。
「うう……蓮様? ここは……」
「後で説明する。まずはこいつらを倒す」
「わかりました。リンドヴルムを呼びましたので、あちらに移ります」
「向こうの魔物を頼む」
「承知しました」
ラウールさんは呼び寄せたリンドヴルムに飛び移ると、左側にいる魔物に向かっていった。
「今のうちです。町へ走って」
「ありがとうございます」
「すみません、向こうにも人が」
「わかりました、見てきます。あなたは町へ」
眞生さんが走り出し、あたしも後を追う。
「眞生さん、どう?」
「出血が酷い。呼吸が止まっておるし意識もない」
「……他に怪我してる人は」
「これで最後のようだ」
心臓マッサージを始める。戻ってきて。
眞生さんは膝をついて倒れている人の体に手を翳す。負傷箇所をスキャンするように全身に手を翳していたけど……あたしの腕を掴んで心臓マッサージを止めた。
「これは我にも癒せぬ」
「……」
悔しいけど、そう言われたらもうどうにもならない。あたしは手を合わせてから立ち上がった。
「町の人に連れていってもらわないと。魔物は?」
「まだ残っておるな」
「眞生さん、蓮達をお願いします。あたし町へ状況を知らせてきます」
眞生さんは頷き魔物へ向かっていく。あたしは町の人へ知らせに走った。
悔しい悔しい悔しい。あたしは確かに力ないけど、できたら助けたかった。なんであたしはただの人なんだろう。異世界って何かすごい力がもらえるとかじゃないの?
上空でドラゴンが舞う。そのスピードと布都御魂の斬れ味は魔物を次々と倒していく。
「くそっ! 多いな」
「それでも後半分もいない。いける!」
「おお!」
そんな声を遠くに聞きながら、あたしは町へ走る。
きっとこの先も助けられない悔しさとか悲しさを抱えていかなきゃならないんだと思う。忘れないようにしよう。この気持ちは絶対に覚えておかなきゃ。
町の入口を入ってすぐの広場には簡易の救急用設備が稼動し始めていた。
「先ほどこちらに誘導した人達でほぼ負傷者は戻っているはずです。何かお手伝いできることはありますか」
「大丈夫だ。もう町の医者が到着している」
「わかりました。では、万が一負傷者が出た場合に備えて入口で待機します」
それだけ言って戻ってきたあたしは、町へと繋がる道の途中で弓を取り出した。
攻撃の狭間、連撃の隙間に矢を放つ。警備隊の人達と一緒に攻撃の手が薄そうなところを援護するためだ。当たらなくても隙ができれば御の字、くらいの腕なのが申し訳ないんだけど。
魔法が飛ぶ。両手剣が刺し貫く。刀が両断する。
長い時間戦っていたけれど、ようやく魔物の最後の一体も倒れて大地に沈んだ。
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