「徒手でいいから構えて」
足を踏むところから弓が離れるところまでやってみたけど、やっぱり飛距離が出るイメージも当たるイメージも持てない。
「ふうん。弓……持ってるのか?」
「はい」
「構えて」
あたしは袱紗を広げて弓を取り出し、同じように弓を引くところまでの動作を繰り返す。
「そんな怖がらなくていいんじゃないか? それと……」
言いながら、ここはこう、って一つずつの動作を手を添えて直される。こんなに忘れてたか。やっぱり見てもらえてよかった。
「じゃ、それでもう一回最初から」
「はい」
足を踏み込むと即座に「ダメ」と飛んできた。もう一回。
「うん」
次は……まっすぐ……
「ダメ、そこはもう少し……そう、このくらい」「はい」「ダメ」「はい」「うん」「ダメ」「はい」
与一さんは、どうしても上手くいかない時に、文字通り手取り足取り教えてくれるけど、基本は自分で気をつけて直せって感じで、ダメ出しだけしてくる。言葉では言わないけど、さっき教えたよなってガンガン言われてる。
これは、ちゃんと集中して自分のものにしないと、ただのアホの子で終わっちゃう。
「なあ、あいつら「ダメ」と「うん」と「はい」しか言ってねえぞ」
教えてもらってる途中で戻ってきた勇治さんは、眞生さんを看てくれてる義経に不思議そうに話しかけた。
「体が覚えなきゃだめなんじゃない? 僕はああいうの教えたりできないから尊敬するなあ」
「戦上手が戦のこと教えらんないのか」
「戦と個人技は違うでしょ。まあ、どっちにしても僕が教えるのは無理かな」
「何でだ?」
「戦は状況が変われば手も変わるし、理不尽に見えても最適解なら実行すればいいだけ。それを導き出せるかどうかはその人次第だけど。個人の技術に関してはねえ、僕が小兵だから万人向けじゃない。そんな拙い技術を人に教えられないよ」
はははと勇治さんが笑う。
「それでも武蔵坊弁慶を倒したやつがよく言うわ」
「……あれは別に僕一人でやったわけじゃないもの。囮にはなったけどね」
「は? そう聞いたけど……」
「戦にも決まりごとってあるじゃない。例えば物量の多い方が勝つとか、包囲した方が有利とか」
「じゃあ……」
「捕り方を揃えて囲い込んで、逃げられないようにしたの。包囲の中で暴れても、逃げられなければこっちの勝ちだもん」
「と、突破されれば終わりじゃねえか」
「何重にもすればいい。あの時は夜明けまでの勝負だったし、暴れる方は疲弊もする」
「お前……」
義経はニッコリ笑ってちょっと意地悪そうな声を出した。
「僕のことよりさあ、勇者はどうなの。君だって戦ってきたんでしょ」
「俺は基本戦いたくなかったから。なるべく戦闘は避けた」
「へえ、勇者なのに?」
「勇者っつっても正義の味方ばっかりじゃねえんだよ」
言ってから、勇治さんはしまったというように顔を背ける。
「興味あるなあ、それ教えてよ」
「大したことじゃねえから」
「大したことじゃないんなら教えてくれてもいいでしょ」
「……くそっ! お前嫌な奴だな。パーティのメンツが信用できない奴らだったから最速で魔王城行って魔王と世界を分け合っただけだ」
「もう! ざっくり過ぎてわけわかんないじゃん」
「俺の話は終わりだ、お・わ・り」
おーい、と勇治さんが呼んだ。
「お前らそろそろ宿に行くぞ」
「あ、はい!」
「わかった」
「与一さん、ありがとうございました」
「うん、明日は一日引いてもらうから」
「……はい?」
「時間ないんだろ? まあ、一日は大袈裟だろうけど、できるようになるまで弓引いてもらうから」
マジすか、先輩きついっす!
かつて部活の時に言ったセリフを心の中に吐き出す。がんばるんだ、あたし。今やらないでどうすんの。
「わ、わかりました」
「つかさちゃん、声震えてるぞ」
「やだなあ、勇治さん。武者震いってやつですよ」
翌日は与一さんの宣言通り、弓道場に籠ることになった。どこの弓道場でやってるかっていうと、眞生さんお手製の異次元弓道場。こんな時は魔法の世界っていいよね。
「うん」「うん」「ダメ最初から」「はい」
これの繰り返し。一射射るのに時間はかかるけど、何とか的に向かって矢を放つところまでいけるようになってきた。
「うん、何とかなりそうだな」
「ありがとうございます」
「荒っぽい教え方で悪いな。競技やるなら、もっとちゃんと教えてもらうといい」
「はい、本当にありがとうございました」
「ちょっと弓矢貸してみな」
与一さんは気負いもなく、すうっと矢を番えて弓を引く。形が綺麗だ。どこに力が入ってるんだろうっていうくらい静か。カンッと音がして矢が離れ飛んでいく。
黒丸のど真ん中に的中。本当に綺麗に真ん中を射抜いてる。あたしもこんな風に射てたら気持ちいいだろうなあ。
ほうっと見惚れているうちに次の矢を番えて放つ。え? 継矢? 継矢!? 目を疑っているうちにニヤリと笑ってもう一本。また継矢……なんなの。開いた口が塞がらない。
「まあ、射形が変わらなきゃこんなこともできるってことだ」
いやいやいやいや、普通できないから! 的に当たった矢に当てるとか無理無理! この人は、最後の最後に何をかましてくれてんの。
二人は眞生さんの開けた通路を通って帰っていく。
「今度は落っこちるんじゃねえぞ」
「あれは、たまたまだよ! 呼んでくれて助かったけどね。ありがと」
「与一さん、ありがとうございました」
「じゃあな」
与一さんにじゃれながら義経が手を振る。義経は最後まで、ほわほわしたアイドルみたいだったな。そう言ったら勇治さんが苦笑いしてた。
これは何か義経に思う所ありと見たぞ。
あたし、義経の美少年っぷりにはドキドキだったけど、また会えるといいなって思ったんだ。でもそれは勇治さんには言わないでおこうかな。
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