そんなことを言っているうちに通路の向こう側から声がした。魔法使いの子か。
《皆さん、大丈夫ですかあ? そこにいらっしゃいますか?》
《おう!》
「さて、帰るとするか」
俺は心の中でアルに呼びかける。
『いるか? アル』
『うん。終わったみたいだね』
『ああ、帰ろう。ニーズヘッグもいるんだろ?』
『……うん』
『なんだ? 歯切れ悪ぃな』
『置いていかれて怒ってるよ』
そうか、ニーズヘッグは蓮が取り憑かれたのがわからなかったのか。一緒に来たのに勝手に帰っちまったってことだもんな。それじゃ機嫌が悪ぃのもしょうがねえ。
『急に置いて帰っちゃったからって言ってる』
『ああ、蓮も謝りてえだろうから連れてきてやってくれるか』
『わかった』
二頭の騎竜は連れ立って戻ってきたが、黒い竜のご機嫌はすこぶる悪い。
「ニーズヘッグ!」
蓮が呼んでもぴくりとも動かねえとこ見ると、こりゃ相当怒ってんだな。
「どうした」
さっきの状況と、騎竜と乗り手の関係を説明すると成実の顔は苦笑いに変わった。
「ああ、それは大変だな。オレもやらかしたことがあるが、あれはなかなか機嫌を直さぬぞ」
「マジかよ」
謝り続ける蓮を見ながら、成実は大きな声では言えないがと声を潜めた。
「オレの馬は、驚いたのと寂しかったので拗ねてるのが大半だったと思うが、機嫌を直す頃合いが難しかったようでな。三日はかかったと思う」
そうなんだ……なんとか許してくれるといいんだが。
《あのぅ……通路閉めちゃいますよ。もう時間過ぎてますから》
《うわ、待って今行く。ほら、蓮! ニーズヘッグ帰るぞ》
俺と成実がアルに乗ると、ニーズヘッグは渋々って感じで蓮を乗っける。乗っけてくれたんなら仲直りも早そうかな。
って思っていたんだが、駐車場でバイクに抱きつきながらブツブツ独り言を言うお兄さんっていうヤバいものが目撃され、フロントから苦情がきてしまった。
ちょっと落ち込んでるだけです。少しだけそっとしておいて下さい。てな言い訳で魔法使いの子と二人、平謝りに謝って何とか収めてもらったが……なんで俺がこんな苦労しなきゃならないんだ。
「はあ……疲れたなあ」
部屋で茶を淹れてくれた女の子に、それにしてもと話しかけた。
「ラウールはまだ篭りっぱなしか」
「なかなか難しそうですね」
「ぱあっと魔力通しちゃえばわかるのにな」
「それをやって、とんでもないものを召喚したらどうするんですか」
地の底から湧き出るような声が後ろから聞こえ、俺と女の子は飛び上がった。
「二重構造を分離してやっと一つずつにしたんです。座標だと思われるものと、もう一つのは個人情報なんじゃないかと思うのですが、見知ったのと余りにもかけ離れていて……」
こわいよう。異世界の人達、二人ともこわいよう。光の消えた目で呪文のように早口で言われても……はっきり言わせてもらおう。怖いわ!
触らぬ神になんとかかんとか、っていう至高の格言がこの世界にあったはず。覚えてないけど。俺も触らないようにしよう。
愛想笑いをはりつけながら、じりじりと後ろへ下がる。あと一息で部屋から逃げ出せる。
「俺、ちょっと……」
言いかけたところで、ガシッと肩を掴まれた。えっ? なんで……
「すみません、勇治様。わたしまだ仕事が残っていて……すみません!」
そう言って魔法使いの子は俺をラウールの方へ押し出し、あっという間に部屋を出て行った。
「ちょっ……!」
「にーがーしーまーせーんーよー。それでですね……聞いてますか、勇治様」
やっぱり俺は運が悪いんだな……
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