教えてもらったことで何となく自信が持てた気がする。まあ、気がするだけかもしれないけど、気持ちが上向くのは確か。練習したこと忘れないようにしなくちゃね。
「どうした? 機嫌がいいな」
蓮が驚いた顔をしてる。そんなにあたし機嫌悪そうだったのかな。でも、いいんだ。それは昨日までのあたし。今日からのあたしは一味違うのよ!
「うふふ、何でもない」
「そうか」
蓮はくしゃくしゃとあたしの頭を撫でて、さて今日も行こうかとヘルメットを手にする。あたし達はまた走り出した。
《どの辺りまで行くの》
《かなり広範囲偵察してきたけど、襲撃を受けた所も修復始めてたし俺らの出番はなさそうだったな。盛岡に向かってもいいんじゃないか》
《こちらは私が見ていきますので何かあったらお知らせしますね》
ラウールさんからも通話が入る。
《あ、そうだ。それなら遠野ってとこ行ってみてえんだけど。確か途中にあるんだよな》
勇治さんが言う。
民話の里だよね。河童とか座敷童子の話は有名だもん。遠野を知らなくても、これ知ってる人は多いはず。
《かまわないけどちょっと遠いぞ。何かあんのか》
《妖怪がいるんだろ》
《お前な、それ昔話だぞ》
《え? いねえの?》
《そこまではわかんないけど。まあ、行ってみるか》
《サンキュな》
うーん……気のせいか、ちょっとだけ嫌な予感がする。
《つかさ、遅れてきているがどうした》
《あ、眞生さんごめんなさい。気をつけますね》
そして。
到着しましたよ。遠野に。
あたし達が来たのは古民家を利用した伝承に関する観光施設なんだけど、近くには大きな曲り家もあってすごく雰囲気がある。
そして長閑な風景なのに濃密な空気が、あたしにはやっぱりちょっと……しんどい。
「へえ、こんな感じのとこなんだ。なんか長閑な村だな」
「ふむ」
「んで、妖怪はどこにいるんだよ」
勇治さんと眞生さんは物珍しそうにあちこち見回している。
あんまり詳しくないからよく知らなかったけど、妖怪っていうのも神様カテゴリーに入るんだろうか。武甕槌命の加護があってもこれほどってことは一人とは限らないのかな。なんだか目眩がしそう。
「つかさ、お前大丈夫か」
蓮が顔を覗き込んでくる。この感じだと蓮も昔話の里って認識なんだろう。
「……ちょっと休んでていいかな」
「どうした、体調悪いのか」
勇治さんも。
武甕槌命の時みたいに多分慣れれば大丈夫だ。でもそんなに具合悪そうに見えちゃうのかな。ごめんなさい。勇治さん、せっかく楽しみにしてたんだから見に行って来て。
「少し休めば大丈夫です。勇治さん達は回って見てきて」
「いいのか?」
「うん、大丈夫大丈夫。いってらっしゃい」
ちゃんと笑って言えたかな。
「俺がついてるから。駄目そうなら病院連れてくわ」
「わかった。そん時は連絡してくれ」
「ああ」
ちょっと行ってくると足早に移動を始めた勇治さん達と、近くのお店に飲み物を買いに行く蓮に手を振る。
さすがにお店の中に入ってぐったりしてるのは申し訳ない。あたしは近くの木陰にもたれかかった。少しずつ体を慣らすようにゆっくりと呼吸する。
「ねえ、お姉ちゃん大丈夫」
「ん? あ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
いつの間にか小さな女の子が傍に立っていた。こんな小さい子に心配されるなんて……武甕槌命、あたしに元気を!
「今日はちょっと暑いからね。お水飲めば多分治るから大丈夫」
「そっか」
「おーい、どうしたんだ」
もう一人来た。今度は男の子。確か近くに小学校があったな。そこの子達? お祭りでもあるんだろうか。ちょっと短めの着物を着てる。ふふっ、遠野だもんね。座敷童子みたいだな。
「お姉ちゃんが具合悪そうなの」
「あ、大丈夫だよ。今、お友達のお兄ちゃんがお水買いに行ってくれてるから」
「そうなんだ。じゃ戻ってくるまでいてやるよ」
優しいなあ。お姉さんほろりとしちゃうわ。
「そうだ、飴あったな。みんなでひとつずつ食べよっか。あ、お家の人に怒られちゃうかな」
「大丈夫」
「ぼくも」
「じゃ、どうぞ」
口の中で溶けていく飴は甘かった。三人とも何にも言わないで舐めてたけど、なんだかとても幸せな味。ただの飴なんだけど、何でこんなにほわわ〜ってするんだろう。
「……さ……おい、つかさ。大丈夫か」
「ん?」
「大丈夫か、水買ってきたから飲めよ」
「うん、ありがと」
ほんわりしてたら蓮が戻ってきてた。うん、大丈夫。もうだいぶ慣れて落ち着いた。
あたしは小さな二人の友達にお礼を言おうと思って振り返る。
「……あれ?」
「どうしたんだ」
「男の子と女の子見なかった?」
「いや、お前一人だったけど」
「え? 多分地元の子だと思うんだけど、小さい子二人心配してついててくれたんだよ。まだちゃんとお礼も言ってないのに……」
あの子達足速いなあ。そんなに急いでいなくならなくてもいいのに。
蓮と二人、のんびりと待っていると勇治さんと眞生さんが戻ってきた。
「おーい、つかさちゃん大丈夫か」
「おう、おかえり。ちょっとよくなったみたいだ」
「そか。不思議な雰囲気あって面白かったぞ。早足で回ってたらちょっと変な顔されたけど」
「あー、長閑なところなのに早足は確かに不審だな」
二人が戻ってきて急に賑やかになる。あたしも軽口に笑えるほどになったし、もう大丈夫。
「バイク乗れそうか」
「うん、落ち着いたし大丈夫」
「よし、じゃあ行こうか」
あたし達は揃って駐車場に向かう。バイクに乗ろうとしたところで声がした。
「お姉ちゃん」
この声は。あたしが振り返るとやっぱりあの男の子と女の子が立っていた。
「あ、君達さっきはありがとう。一緒にいてくれて心強かったよ」
「ぼくたちも飴ありがとうございました」
「お姉ちゃん達どこまで行くの」
「うん、北へ行くのよ」
「……あのさ! 大変な時はぼくたちも力になるからね」
「ん?」
「気をつけてね」
「うん、ありがとう」
二人に手を振ってエンジンをかける。もう一度振り向いた時にはもう二人はいなかった。
《つかさ、どうかしたのか》
《つかさちゃん、誰かいたのか? 出発しても大丈夫?》
《はい、大丈夫です》
あれえ、あの子達に気づかなかったのか。やっぱり足速いな。
《じゃ行く……ってあれ何だ?》
蓮の言葉に振り返ると、あの子達の他にもたくさんの妖怪達が並んで手を振っている。コスプレ、っていうよりあれはもう特殊メイクじゃない? やっぱりイベントかなんかやってたのかも。すごくよくできてる。
《何かよくわかんねえけど、応援されてるっぽい雰囲気を感じるのは俺だけか》
《俺もそう思う》
《昼なのに百鬼夜行か》
眞生さんがボソッと呟いた。
なんとなく雰囲気に背中を押されて、あたし達はみんなで手を振り返す。でも、あれが全部本物だったら? って思ったらちょっと怖かった。
「はあああぁぁぁ……」
遠野から走って宿に着いた。その後もあちこち立ち寄ったりしていたあたし達は思ったより時間をかけていたみたい。宿に着いたのは少し遅めの時間だった。
ちょうど人が途切れて貸切状態になった露天風呂で手足を伸ばす。お湯の温かさと少し涼しくなってきた気温がちょうどいい。
今日も色々あったな。明日は何があるんだろう。あ、その前に練習しなきゃ。
ゆっくりお風呂を堪能してたら、竹を組んだ衝立の向こう、隣の露天風呂から皆の声がする。
「……アホか」
「いやいや、やっぱり露天風呂といえば必須のイベントだろ!」
この声は勇治さんかな。
「お子様ですね」
「うむ」
「ちょうどいい具合だな、これ。足のかけやすい感じの作りじゃね?」
なるほど、それか。と思った瞬間声に出してた。
「ああ! もしかして覗きイベントですか?」
「そう! よくわかったね」
「そのイベントいりません」
「あ、そう。すみませんでしたー」
……イベントない日があってもいいんだからね!
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