「蓮様」
「ラウールか」
「眞生様のバイクはトゥロさんに預けて参りました」
「ありがとう」
あれっきり勇治さんは無口になった。それでも話を振れば応えてくれるんだけど、どこか上の空で危なっかしい。
「勇治さん、このままじゃよくないよ」
「わかってる」
あたし達が頭を突き合せて小声で話していると、不意に勇治さんが立ち上がった。
「悪ぃ、ちょっと出てくるわ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
あたし達が対応を決めかねているうちに勇治さんは心を決めたらしい。
戻ってきた彼は今まで通りの勇治さんに見えた。耳に見覚えのあるピアスがある。
「よう、戻ったぜ」
「勇治さん、大丈夫なの?」
「ああ、心配かけちまったな。あいつもまた会おうって言ってたし今はそれでいいさ」
勇治さんはあたしに笑ってみせた後、蓮に向かって言った。
「俺なあ、思ったんだけどさ。これは俺じゃなくて、お前の、市川蓮っていう勇者の物語だろ。だから今はお前の物語を進めよう」
「ありがとう。お前がいてくれると心強い」
「だろ?」
「ああ、何せウチのパーティは……」
「「圧倒的人材不足だからな」 」
蓮と勇治さんの口から飛び出した言葉。そこから笑いが弾ける。わざとでもいい。前向きに声に出すと何かが変わるはず。
「いつもの勇治さんですね」
うん、今はたとえ振りでもこれは今まで一緒にいた勇治さんだ。だから「いつもの」勇治さんと拳を合わせる。
「おう! 帰ってきたぞ村人A」
「村人A? あたし村人Aなんですか?」
「違うのか」
「もうちょっと何とかしてほしいなあ」
だって、蓮と勇治さんは勇者でしょ。ラウールさんが魔法使いならあたしも何か……
「弓使いとかアーチャーかな」
「えええ……ああ、そうか。そうなっちゃうのか。うわあ、やっぱり無理。あたし村人Aでいい。なんかおこがましいもん」
そう言って頭を抱えると周りで笑いが溢れる。くぅ……そういうのが似合うようになれるかなあ。
「頼りにしてるぞ村人A」
「では出発ですね」
「そうだな。札幌まで行く。装備を整え直して向こうへ移動しよう」
あたし達は移動を開始した。
蓮と勇治さんとラウールさんとあたし。海に沿って走る。景色を楽しみながら、おしゃべりをしながら。
一人抜けた穴を埋めるように。 そして眞生さんが戻ってきたらこんなだったよって話してあげたくて。誰も言わなかったけど同じ気持ちだったろうなって思う。
《なあ洞爺湖寄ってこうぜ》
《いいな。ちょっと休憩したいし高速降りよう》
ふっ……あたしも高速道路を走ったわよ。緊張したけど何事も経験よね。
《走るの楽しいね。あたし皆と一緒に走れて良かった》
《どうした急に。旅の終わりはまだ先だぞ》
《うん。だから、これからもよろしくお願いします!》
バイクを降りたあたし達はお腹の虫が誘う方向へ突進する。
やっぱり食べ物が美味しい。ちょっとしたカフェに入ってもサンドウィッチは自家製パンに採れたて野菜とか。素材が良いってスイーツも美味しいのね。濃厚なのに甘過ぎないクリームとか、チーズケーキなんかもう美味しいったらありゃしない……って語彙力が足りない。なんかもっと褒めたい。いも天も食べたい。じゃがバタも食べたい。
「……おい村人A、涎拭け。そして帰ってこい」
「ハッ!」
いけない、胃袋の世界にトリップしてたわ。呆れたような勇治さんの声で引き戻される。
「いやあ、ご飯が美味しいっていいですね!」
「そうですね。美味しくいただけるのは健康な証拠ですから」
「もうちょっと食い気より色気に走ってもいいと思うけどなあ」
ニコニコ笑ってるラウールさんと苦笑する蓮。うっ、色気か。最近忘れてる気がするぞ。ここはひとつおしとやかに……
「皆様、あたくしお腹いっぱい……」
「つかさ、いも天食いに行くか」
「うん!」
頭を抱えてため息をついた蓮の肩を叩いて頷く勇治さん。二人を見て、しまったとは思ったけど美味しい食べ物には変えられないもんね。
「そんなに食べてたら太るんじゃないの」
「運動するからいいの……って誰よ」
「お前っ!」
いつの間にか隣に男の子が座っていた。こっちを見てニヤッと笑う。
「こんにちは、お姉さん」
「君は!」
「あなた達がなかなか来ないから僕が来てみたよ」
そう言って魔王はあたしのケーキにフォークを刺した。ちょっと何するのよ。って思う間もなくそれは魔王の口へと消えていく。
「へえ、ホントだ。美味しいもんだね」
「何しに来た」
お店の中だから抑えてはいるけど、蓮の声に殺気が籠る。
「暇つぶし。ちょっと腕試ししてみようと思ってさ」
「上等じゃねえか」
勇治さんが凄む。肌がちりちりする。周りの人達も不穏な空気を察したのかざわつき始めた。
「ここじゃ狭いし、あの真ん中の島に来てよ。もちろん向こうの世界のね」
魔王は言うだけ言うと消えてしまう。
「何だよ、あれ」
「あの歳の子どもなら宿題やりなさい、とでも言えるのですが魔王ですからねえ……暇つぶしに偵察ですか」
「とにかく行こう。つかさ、ごめん。悪いけどお前も来てくれないか。魔王がここに来られるってのがわかった以上、一人でここに残る方が危ない」
あたし達は早々に立ち上がりお店を出た。向こうの世界に移動するならもう少し装備を整えなくては、とラウールさんはトゥロさんの所へ通路を開く。
「装備をお願いします」
「はい!」
魔術師が数人、ラウールさんの補助に入る。魔力の補助と隠蔽の魔法をかけているのだそうだ。
そりゃドラゴンのいない世界にいきなり何頭も現れたらパニックになっちゃうもんね。それにラウールさんにとって、行ったことのない場所に通路を開くのはかなり魔力を消耗するものらしい。
「どうだ」
「位置を確認しました……これから位相を重ねます。もう少し……」
ラウールさんは汗が伝うのもかまわず目の前の魔法陣に集中する。回りながら近づいていく二つの魔法陣がピタリと合わさり回転が止まった。
「通路を開きます」
「よし、インカム繋いでおけよ。出発する!」
「了解」
「はい!」
あたし達は騎竜に乗り通路に飛び込んだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!