いたれりつくせりの設備に趣味のよい調度品。あたしの普段使いよりも、ちょっと(かなり)上質な化粧品を含めたアメニティグッズの数々。
監禁された部屋は牢獄というよりは星の数が多いホテルのようで。
いいのかなあって呟きながら一通り部屋を見渡した後ベッドに潜り込む。さすがに今日はこれ以上無理そう。ショートしそうな頭の中を整理するためにもとにかく寝よう。うん、そう……しよう……
「ふう」
翌朝、目が覚めたあたしは部屋中の探索を開始する。残念ながらっていうか当たり前だけど完璧に抜け道なんかはなく、唯一外に続くであろう窓に視線を移した。
薄曇りの空の下、手入れされた庭園が見える。
これ、外に出られるかな。
腰高の窓に手をかけ押してみると、意外なほど簡単に開いた。春先のほっこりと暖かいくらいの気温。微かに届く花の香りはあの小さな白い花のものかな。
ちょっと行ってみよう。
あたしは窓に足をかけ乗り越えようとした……ところで後ろから声をかけられた。
「何をしておる」
「あらやだ、眞生さん。女の子の部屋へ入る時はノックくらいしてほし……」
「しつこいくらい何度もしたぞ。返事がないので何かあったのかと思ったのだが」
足を窓枠にかけたままのあたしを見て眞生さんはため息をついた。
「これから何かするところだったのだな」
「いやあ、まあ、そうなりますね。えへへ」
だって外に出るドアないもんって呟いたら、眞生さんは呆れたように言った。
「前にも言ったような気がするが、人質としての自覚を持ったのではなかったのか」
「ごめんなさい」
「外は何もないぞ。人もおらぬし見たままのただの庭だ」
「ごめんなさい、お花がいい香りだったから近くに行ってみたくて」
眞生さんは壁に近寄るとそこに手を当て
「どうせなら扉から出たらどうだ? 」
と笑った。
あたしはありがとうと、ツンとすまして言い窓枠から足を退けた。
できたばかりの扉を通って庭に出る。窓枠に区切られた景色よりももっと、一面に広がる小さな花が風に揺れる。
「綺麗」
「摘んでも良いぞ」
かまわぬと言う眞生さんにあたしは首を振る。
「扉があるから、また見に来ます」
「そうか」
「なんだか癒されますね」
「うむ。そういう効果もあるようだ」
「眞生さんの趣味なんですか。素敵ですね」
「我ではない。魔族の一人が植え始めてな。気に入ってくれたのならば良い」
魔族が花など不思議だろうが、と呟いた眞生さんは少しバツが悪そうに、我も気に入っておるのだと顔を赤くした。
そんなことないよ。誰だってお花は綺麗だと思うんじゃないかな。可愛い花が好きなんだって思うと気持ちが和む。
「それよりも腹は減っておらんか。朝食を持ってきたのだが」
「いただきます。程よくお腹すきました」
「では、どうぞ」
そう言って笑いながらあたしに手を差し出す。
うむ、苦しゅうないぞ。手を取らせて遣わす。あたしは気取って眞生さんに手を預けた。
「ねえ、眞生さん。蓮見つけたかなあ」
「……まだ気配はないな。弄り出せばわかる」
あの時、あたしは眞生さんに手を取られた時に感じた小さな違和感をそのまま蓮のポケットに突っ込んできた。
小さく丸められたそれは紙屑かと思われるかもしれないものだった。でも、いつもなら手を引っ張るなんて絶対にしない人がそれをし必死な目であたしを見た時、これは渡さなきゃいけないものなんだって思ったんだ。
「貴様があれを何も聞かずに、何も言わずに渡してくれて正直驚いた」
「ちょっと眞生さん、いくらあたしでもそのくらい空気は読みますぅ」
「そうか」
「そうですっ」
眞生さんは、笑いながらカップをお皿に戻すと立ち上がり、大人しくしておれよと言い置いて扉を閉めた。
一応、追いかけて扉を開けようとしてみたけど、やっぱりそれは開かなくて。
「そりゃ、そうだよね」
とりあえず、あたしは合流した時に備えて稽古だけはしておこうと弓を取り出した。
そして何度目かのご飯の後、眞生さんは言ったんだ。
「来るぞ」
「じゃあ、ここから出られるの?」
「状況次第だな」
そっか、そこは難しいのか。でも、いつでも会える、意思の疎通ができる、っていうのは今とまったく心の持ちようが違ってくる。
「その時は眞生さんも一緒に行けるんでしょう」
「状況次第だな」
同じ言葉が返ってくる。あれ? 駄目なの?
「魔王の拘束力よりも上位の契約が確認できない限り、我は魔王側に付かざるを得ない」
「ええと、データを上書きできれば戻れるってことですか」
「手っ取り早く言えばそうだ。勇治が約束を思い出せば可能だとは思うが」
勇治さん次第なのか。少し寂しそうに笑う眞生さんを見て思いっきり絆された。
あたしは勇治さんに約束を思い出せと念を送ろうと思う。
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