スイッチを入れるとエンジンの鼓動が大きく響く。バイクもあたしの気持ちも温まってくる。ラウールさんに先導されてあたし達は走り出した。山間の狭い道を抜け広い道へ出る。
「そろそろ通路を開きます」
景色が変わった。
道の両側にあった田んぼは草原と低木に変わり、道の先に集落と空に向かって枝を伸ばす大きな木が見えてくる。
これは遠近感が狂う。木の傍に見える家々はまだ小さくしか見えないのに、木は視界の全てを占領してしまうくらいに大きい。
道沿いにある大きな屋敷の前でバイクを止めると、集まっている人達の中から、壮年の男性と真っ白い髭のおじいさんが出てきた。
「お待ちしておりました」
「世話になる」
「騎竜の訓練の時以来ですね」
「そうだな」
迎えに出た二人に言葉をかけ、蓮は聖樹ユグドラシルを見上げた。
「こんな大きさだったか?」
「大きさは変わっていないと思いますが」
「子どもの頃は、こんなでかい木じゃなかったような気がするんだが」
「もしかしたら子どもには威圧感を与えたくなかったのかもしれません。女神ユグドラシルはお優しい方ですから、小さな木に見せてくれたのではないでしょうか」
そう話すおじいさん達も木を見上げる。
優しい女神様なのか。あたしは、ふんわりした笑顔の女の子を想像した。そう、ちょうど目の前にいる子みたいな。
「こんにちは」
「あ……こ、こんにちは」
「ねえねえ、何しに来たの」
ちょっと舌っ足らずな幼い話し方が可愛い。見た目より年が下なのかも。ついつい、あたしも年下の子に話すような話し方になる。
「うん。あのね、剣を探しに来たの。多分箱に入ってるんじゃないかなって思うんだ」
「ふーん、貴女が使うの?」
「ううん、あたしじゃなくて。えーっとね、勇者さんが使うの」
「勇者さんかあ、わたしも会いたいな」
「一緒に来てそこに……あれ? 皆どこ行っちゃったんだろ」
もう、なんで置いていくかなあ。掘り出すにしても皆の方が力があるだろうから、あたしは戦力外だとは思うけどさ。ここの人と仲良く話してるなら大丈夫か、くらいの認識なんだろうな。くすん。
「うふ、わたし貴女のこと好きだわ。なんだか素直で安心する」
「そ、そう? ありがと」
褒められてるんだか貶されてるんだか、ちょっと複雑。
褒めてるよと笑いながら彼女は腕を絡めてくる。うわあ、ふんわりいい匂い。花の香りと一緒に清々しい常緑樹のイメージが、どっしりした木の幹とこぼれ落ちる陽の光が、頭の中に広がった。
「貴女……」
あらあらと言いながら、あたしの顔をのぞきこんでくる。うっ……か、顔が近い。そして可愛い。
「ふうん、他の人にも好かれてるわね。幽霊とかそういうのじゃなくて、もっと別の特別な存在っていうか」
何それ、ちょっと怖い。武甕槌命の言ってた人ならざるものってそういうものなの?
あたしの気持ちをほっぽって、女の子は腕を組んで頬を膨らませて口を尖らせて一生懸命考えてる。それは、なんだかとっても……可愛い。これが萌えってことか!? と、あたしはそっと拳を握った。
「めんどくさいからいっか!」
雑っ! 終わりかーい! 結局よくわかんないじゃん。でも悪い子じゃなさそうだし、可愛いから許す。って、さっきから可愛いしか言ってないな。
「それよりさ、勇者さんてどんな人?」
「そうね、優しいし、がんばりやさんだと思うな。周りの人の力になりたい、助けたいっていつも思ってるよ。あたしはいつも助けられてる」
「つかさちゃんは勇者さんと仲がいいのね」
「それはまあ、その……一応、彼氏だし」
「うふふ、照れてる」
「あたしのことより! 勇者さんに会いたいんでしょ。あたし呼んでくるから」
うわあ、照れくさい! 顔が熱い! なんだかその場を逃げ出したくなって、あたしは急いで蓮を呼びに行こうと走り出した。
「蓮!」
「どうした、急に大声出して」
「どうしたって……そっちもどうしたの」
あたしが声をかけると、なんだか皆が難しい顔をしている。
「そっちもって何だよ。聞いてる通りだよ」
会話が微妙に噛み合わない。それって、まるであたしがずっとここにいたみたいな言い方なんだけど。
「とにかく聖樹の周りは禁足地なのですから掘り返すなど以ての外です」
「でも、聖剣を取り出すには掘り返すしかないんですよ」
「いけません」
男の人の言葉に勇治さんが反論してるけど、さっきからいけませんの一点張りで、これの繰り返しなのだそうだ。
「禁足っていつからだ。俺は木の傍まで行けたぞ」
「社があった時代ならそこそこ近くまでは行けたでしょうが、それも朽ちた今となっては行けません。あれは騎竜が呼んだから行けたのです」
蓮がおじいさん達に聞くと、何を当たり前のことをっていう感じで返される。
それを聞いた勇治さんは頭を抱えた。
「んむぁぁ! もしかしてさあ、これってユグドラシルに呼ばれなきゃ近寄れもしねえってことになるんじゃねえのか」
「そうなるとどうしようもないですね。仕方ありません。このままでは埒が明きませんし、他の方法がないか考えましょう」
ラウールさんが言うと、白髭のおじいさん達もほっとしたように頷いた。
場が雑談に移り始めたタイミングで、あたしは蓮の袖を引っぱって話を切り出した。
「ねえ、蓮。ちょっといいかな」
「何?」
「ここ前に来たことあるんだよね。女の子の知り合いいる?」
「しばらく滞在したけどガキの頃だからなあ」
「そっか。うっかり名前聞くの忘れちゃったんだけど、あんたに会いたいって言ってる子がいてさ。できたら会ってあげて欲しいんだ」
「誰だろう。どこにいるんだ?」
「ありがと、こっちよ」
あたしが蓮を連れて戻ってくると、木の根元に座っていた女の子は嬉しそうに立ち上がった。
「久しぶりだね、蓮。大きくなったねえ」
「えっと……」
「んん? 忘れちゃったのかなあ」
そう言って女の子は彼の周りをくるくる回る。
「俺この辺りは一回しか来たこと……って、え?」
「思い出した?」
「ゆーぐ!?」
「そうよ。良かった、思い出してくれて。つかさちゃんもありがとう」
女の子はにこにこ笑って言った。あたし、この子に自分の名前言ったっけ。
「ふふふ、わたしは何でも知っているのよ。例えばつかさちゃんが蓮のこと……」
「わあぁぁぁ! それはいいから!」
改めて他の人の口から言われるなんて恥ずかしいじゃない! 言わなくていいよっ!
「むぅ……じゃあ、貴方達は剣を探している」
「それはさっきあたしが言ったじゃん」
「くっ……その剣はここにある!」
女の子は今度こそと鼻息も荒くビシっと指差した。
「蓮、この子剣の場所知ってるって」
「そりゃ知ってるだろうな。本人だから」
「はい?」
「この子が聖樹の女神ユグドラシルだよ」
ポカンと口を開けているあたしに、ユグドラシルはふふんと鼻息を荒くしながら胸をはる。
「ゆーぐ、布都御魂のある場所を教えてくれ」
「汝の願い、聞き届けたり……ほんっとタイミング良くて助かったわ」
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