さすがに一宮。鹿島神宮の鳥居をくぐった瞬間、空気が変わる。押しつぶされそうな程の荘厳な気配。
「大丈夫か? なんだか顔色悪いぞ」
「大丈夫。すごく力のある神様なんだろうね。ちょっと気配っていうか空気がすごいなって思って」
「お前霊感とかあったっけ。外で待ってていいんだぞ?」
「行きます。ここまで来て戻るのは逆に神様に失礼な気がする」
楼門を通り、手水舎で清めてから拝殿に向かう。柏手を打って礼をする。頭を上げて横を見ると、蓮はまだ祈るように目を閉じていた。
不意にふわりと風が通る。
人のざわめきが遠のいていく。
「よう、異世界の勇者。よく来たな」
誰、この人。っていうか人じゃない? 雰囲気がすごい。
それに拝殿の周りを歩いたり写真を撮ったりしてた他の人達はどこへ行っちゃったの?
あたしは知らず知らず蓮にしがみついていた。
「そこの嬢ちゃんは聡いな」
そう言って男の人は精悍なその顔をほころばせる。
偉丈夫って言葉がしっくりくる筋肉質の日焼けした肌、白い歯が眩しい。聡いってどういう意味なんだろう。
「ああ、人ならざるものの気配に敏感だなってことだ。そんなに反応してたら疲れるだけだぞ」
疲れるだけって言われても。自分じゃどうしようもないんだけど。ぷしゅぅっと凹んで、蓮にしがみついたままのあたしに苦笑してるのを気配で感じる。
「あなたが……」
男の人が視線を移したんだろう。蓮の声がした。
「そうだ。俺が武甕槌。お前、布都御魂剣について知りたいんだろ」
「はい、ご存じのことを教えていただきたくて」
「宝物殿に置かれてるのは俺が使ったモノじゃない。まあ、偽物でもないけどな」
か、神様なの!? 混乱してるのはあたしだけなのかな。なんで蓮は普通に話してるの? 確か武甕槌命っていうのはここの主神だったと思うんだけど。
「つかさ、色々わかんないことだらけかもしれないけど、今はこの人と話させてくれ」
この前のも説明するって言ったきりスルーされたような気がするぞ。だけど反論する余裕もない。とりあえず、あたしは黙って頷いた。
それを見てその人、武甕槌命が話し出す。
「布都御魂って言われてるのは数本ある。そもそも名前からしてものすごく斬れる剣っていう意味だからな。世情不安定な時代にそういう刀剣を守り刀にしたい気持ちはわかるだろう。今ここにあるのは石上から鹿島に移ったやつだ」
蓮が頷く。
「前にも将軍だか水戸の藩主だったか、刀を模したいと言ってきたことはあった。その時のここの宮の奴らは、なんやかや理由をつけて断っていたんだが、保管はわりと適当でな、刀箱にも入ってなかったんだ。見るやつが見れば、作ることはできたと思うぞ」
「あなたは何も言わなかったんですか」
「俺達は、基本的に人間のやることには干渉しない。お前のように聞けば、答えてやったのだがな」
「もしかしたら写しも所在不明のモノも、下手をすると贋作なんかもありそうってことですね」
「神武天皇の時と同じ、鎮撫、毒気払い、肉体活性の神威を与えてくれと拝殿に持ってきたやつはいたぞ」
そう言って武甕槌命はニヤリと笑った。
「俺が使ったやつは石上にある。香取神宮の経津主神の所にもあったはずだが、今あそこには神獣鏡しかない」
「他で見つかってもおかしくはないってことですね」
「所在を認識できなくなったものもあったからな。ま、そういうことだ」
「ありがとうございました。向こうの集落で確認します」
「おう。俺はここから動くわけにはいかぬが無事を祈ってるぞ」
そう言って武甕槌命は消えていく。消え際になって、ようやく雰囲気に慣れたあたしに向かって
「聡い嬢ちゃんにがんばった褒美だ。俺の加護を与える」
と片目を瞑ってみせた。
「ありがとうございます」
「少しは負担が減るだろう。ま、気休め程度に思ってくれ」
「はあ……気休めですか」
それじゃあ、ぐっどらっくと手を振って消えていく。
加護っていったい何なんだろう。っていうか大昔の神様がグッドラックって現代風だなあ、なんて考えててふと気がついた。
神様相手だぞ!? ってか、神様じゃなくても「気休めですか」って何! こんな失礼なこと言っちゃって、加護っていうのチャラにされたりしないだろうか。おまけに、つられたとはいえ手を振るとか……ないわぁ……
急に聞こえてきた周りの雑踏の中、あたしは頭を抱えた。
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