降りてきた皆を迎えて開口一番。あたし達は頭を下げた。
「「すみませんでしたっ!」」
「反省したか」
「うん、なんか色々やれそうな気がして調子乗ってた。改めてわかったし、あたしにちゃんとできることから一つずつやろうって思ったよ」
「うん」
ねえ、頭に手を載せる所まではいいんだけど、なんでいつまでもぽんぽん叩いてんの?
「ねえ、蓮」
「うん」
「あたしの頭はバスケットボールじゃないよ」
「あ、ごめん。つい……」
つい、じゃないわ。ん? 何赤い顔してんの。
「うう……なんか恥ずかしくてさ。俺も同じようなことしてたし、そんな俺が自分が怒られたのと同じようなこと言って怒るとか。今回は特にでかいブーメラン食らっちまったし、なんかもう……」
なあんだ、蓮も同じようなことしたのか。ちょっと前の自分と同じような失敗を諭すって確かにきつ……あ、駄目だ。あたしもドリブルやりたい。ていうかドリブルやめてよ。
「あの、なんかごめん」
「蓮、悪かった。俺……」
「勇治!」
「な、なんだよ」
「いいんだ、もう本当に! わかってくれたならいいんだ」
「そ、そうか」
「ああ、それ以上謝られたらボコボコに殴り倒したくなるから」
「怖えよ!」
なんだか一気に疲れてしまった。
辺りを探っていたラウールさんが戻ってくる。あたし達の微妙な気配を察したのか、その辺は何も触れずに蓮に声をかけた。
「もうすぐ日暮れですが、どうしましょうか」
「場所はどの辺りになるんだ」
ラウールさんは地図を広げて、何やら魔法を使ったりあれこれ調べ始める。どの辺まで来てるんだろう。
「うーん、少し走れば宿泊予定の仙台に着きますが」
「そうか……いや、止めておこう。ここで泊まりだ」
「わかりました」
眞生さんがデュークに積んでいた荷物を下ろしてラウールさんに渡す。何が入ってるのかな。興味津々で覗き込む。
中身は……アウトドア用品? どっかで見た有名メーカーのロゴマークが書かれている。
「ラウールさん、これどうしたんですか」
「通販サイトで買いましたよ。あれ、便利ですね」
そう言うと、あっという間にテーブルやらコンロやらを組み立て、魔法のように食材や食器を取り出していく。そして、パチリと指を鳴らすとコンロやランタンに火を入れた。
「さあ、皆様座って楽になさって下さい。色々ありますから焼いて食べましょう」
ここはどこ? 異世界ってどっち?
これって普通にキャンプに来てバーベキューしてる雰囲気よね。乗ってきたのはドラゴンだけど。
魔法使いがいるから火や水の心配もないし、こっちの方が便利かもしれない。カチャカチャと調味料を混ぜ合わせた神シェフの手が食材の上を動く。
んおおおおお! いい匂いだあ。シェフ、その調味料の配合を是非とも教えてくれたまえ。
あたし達は思い思いに手を伸ばし、食後のコーヒーまでを満喫した。
「……魔王について少し話しておきたい」
皆が落ちついた頃を見計らったように眞生さんが口を開く。彼は自分から話すことがほとんどないから少し驚いた。
「魔王というのは勇者の対極にある存在だと認識しているが異論はないか」
あたしを含め皆が頷く。
「まず、勇者という者だが、あれは赤子として生まれ成長し、そして勇者という立場、もしくは称号といったものを獲得するか、勇者として名乗りを上げる。例えば、そう、親の意思を継いで勇者となるということもあろう」
眞生さんがそこまで話した時、不意にカップを取り落としそうになった蓮が慌てて握り直す。
「どうかしたのか」
「いや、話の腰を折ってすまない。続けてくれ」
眞生さんは頷いて先を続ける。
「勇者が魔王の討伐に出るかどうかはその時の状況次第であろうが、それをしなくとも勇者であることに変わりはないし、新たに勇者を名乗る者がいればその者も勇者となる」
ここまではいいかと言って皆を見回す。
誰でもなれるんなら、あたしも勇者だって言えばそうなるってことよね、なんて考えていたあたしを眞生さんの視線が捕らえる。
「つかさ。貴様が今、我は勇者なりと言えば貴様はその時から勇者だが、今すぐ目の前の我と戦えと言われたらどうする。名乗りを上げるのも覚悟がいるのだぞ」
あ……そうか……勇者になるってことは義務を負うってことなんだ。誰でもなれるからといって誰でもいいわけじゃないんだ。
「片や、魔王は存在した時から魔王なのだ。選択も拒否もできぬ。魔王を辞めたければ死ぬしかない。魔王の立場に代わりの者を就けたとしても、それはあくまでも代わりであって魔王ではない。魔王は魔王であるが故に魔王なのだ」
それって辛くない? なんて思ってしまった。
世界は酷なことをするなんて思うのは、のほほんと育ったゆえの無知な傲慢さなのかもしれない。だけど、魔王になりたくない魔王だっているかもしれないじゃない。
「むろん、魔王のいない時代や存在しない世界もある。我のように勇者と共に異世界の勇者と旅する者もいる」
だから気にせずとも良いと眞生さんは小さく口の端を上げたけど。なぜだかそれが儚げに見えてしまった。
「ともあれ、魔王とはそういう存在なのだ。魔族の存在意義を肯定しその頂点に君臨する者。それゆえ魔族は魔王に従い、それゆえ魔王の感情に触発されて攻撃行動をとる場合がままある」
「それが今回の魔物の行動の原因なのか」
眞生さんは蓮の言葉に首を縦に振った。
「可能性は高い。蓮、この世界の魔王について知っていることはあるか」
「それは……ほとんど何も知らない。今回のことだって昔の話からおそらくこうだろうってことしか。だから俺達にしてみれば現状こうして調査する以外にやれることはない。魔王が生まれたっていうなら、子どものうちなら話し合える余地を持てないだろうか。身勝手なのは承知だ。だが戦いを選ぶより、共存できるならそのほうがよくないか?」
今度は首を横に振る。
「厄介なことに攻撃行動を起こしたとして、それが世界を掌握せんがためか赤子の癇癪かはわからぬ」
「それってどういう意味だ」
「魔王の生まれというのは判然とせぬのだ。仮に今この場所に成人した魔王が出現したとしても、遥か遠くで赤子として生まれたとしても、世界にとってはどちらも有り得ることなのだ。我とて赤子だったかと問われると覚えておらぬとしか言えんからな」
蓮は眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
しばらくの間、皆が無言になる。虫の声だけが大きく聞こえていた。
「……まあ、何にせよ予定通りに進むしかないだろ」
勇治さんがそう言って立ち上がる。
「とりあえず頭と体を休めよう。旅の続きはそれからだ」
それを見上げて蓮もそうだなと呟いた。そして気分を入れ替えるように声を出す。
「そうだな! 勇治も初飛行で疲れただろうし早めに休もう」
「あ、それだ! 初飛行で疲れたから悪夢を見るかもしれない。皆、川の字で寝よう! 俺が真ん中な!」
「はあ?」
「隣は眞生で、反対側は……お前でもいいや」
「つかさ、お前はボルドールに寄りかかって寝るといい。尻尾畳むように横たわると揺りかごみたいになるんだよ。意外とあったかいし寝心地いいんだぞ」
「聞けよ!」
ぎゃいぎゃいと文句を言いながらラウールさんまでひっぱり込んで結局揃って横になる。
「おお! これいいな。明日もやろう」
「やらん」
「明日は予約した宿で荷物や装備の交換の予定なんですが」
「お前は真面目か」
「やかましい! 黙って寝ろ」
あたしはボルドールの揺りかごに抱かれて、だんだん目蓋が重くなってくる。遠くなっていく皆の声。
「気にするな、こう見えて我は貴様らとの旅を楽しんでおる」
眞生さんの声を最後にあたしは眠りに落ちた。
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