「木戸口奈緒ちゃんだね!」
「はい」
大園先輩が、彼女が申請書に書いた名前を見ながら、そう言う。
すると、村口さんに似た女子生徒――木戸口さんは頷いた。
「こんな時期に転校なんて、珍しいね」
「はい」
木戸口さんは、普通に答えたように思えた。
けど、大園先輩は、聞いてはいけないことを聞いたかと思ったようで、咄嗟に、取り繕う言葉を続けた。
「あ! でも、事情は人それぞれだよね!」
「いえ、両親が喧嘩するたびに、どちらかに引っ張られて転校するのは、昔からなので」
――慣れてます。
と、木戸口さんは言った。
その言い方がとても無機質に感じられた。
だから、大園先輩は、もう触れない方がいいと判断したらしい。
「そうなんだねー」
「はい」
そう言って会話が途切れる。
大園先輩は、申請書を持って、机に向かった。
何かを書いているようで、ペンが紙をこする音だけが室内に響いている。
その間、僕は、落ちつかなかった。
木戸口さんを盗み見るようにして、チラッと視界の端に捉える。
……やっぱり、似ている。
村口さんに。
僕が好きになってしまって、僕がフラれてしまった女の子。
その人に、木戸口さんは、あまりにも、似ていた。
「……あの、さっきから、どうしてそんなに見るんですか」
「え?」
僕は、木戸口さんにそう言われてキョドってしまう。
「いや、その」
「自分、何かおかしいですか?」
「……そういうわけじゃ、ないんだけど」
「じゃあ、どうしてですか?」
木戸口さんは、あくまでも不思議だから聞いている。
そんな感じだった。
それなら、と思って、僕は、思っていることを包み隠しながら、言うことにした。
「木戸口さんが、僕の知っている人に、似てて」
と、僕が言うと、机に向かっている大園先輩も顔をあげた。
「え! 峯村クンも?」
「え? 大園先輩もですか?」
「うん。最初、廊下で見た時から思ってたんだよね」
「そうだったんですか」
僕と大園先輩が盛り上がる。
けれど、僕の対面にいる木戸口さんは、浮かない顔だ。
「……やっぱりそうですよね」
「やっぱり?」
僕と先輩の声が被る。
「やっぱりって、どういうことですか?」
「自分、よく言われるんです。誰かに似ているって。どこにいっても」
「……へぇー」
と、僕が気の抜けた返事をする。
すると大園先輩が生徒手帳を持ってきた。
先輩は、木戸口さんに生徒手帳を渡すと、椅子を寄せて、僕の隣に座った。
「それが生徒手帳だよ! 初回発行は学費に含まれてるから無料だよ!
失くしたりすると、次からは330円かかるから、気をつけてね!
風紀検査とかでも、チェック項目だから、学校ではいつも持ってるようにね!
たまに、シャツのポッケに入れたままにして洗濯しちゃうことがあるから、洗い物を出すときは、ポッケの中が空になってるか、見るようにね!」
「ありがとうございます」
木戸口さんは、生徒手帳を受け取ると、カバンのポケットに生徒手帳をしまった。
「それで、さっきの話だけど! 峯村クンは、誰に似てると思ったの?」
「え?」
まさか、そんな急転回して話が戻ってくるとは、思ってなくて、僕は、大げさに反応してしまった。
「あたしは、峯村クンに、似てると思ったんだけど」
「ええ! 僕にですか⁉」
「似てない? 逆に、峯村クンは誰と思ったの?」
「……その、村口さんに似てるな、思って」
「……村口さんかぁ」
大園先輩は、そう言って腕を組んで、頭をひねった。
僕も、眉を寄せて、大園先輩の言ったことを、なんとか理解しようとする。
けれど、木戸口さんのどこを見ても、僕と似ているところは、見つけられなかった。
「大園先輩は、木戸口さんの、どこが僕に似ていると思ったんですか」
「え? そうだなぁ……。どこって、言われると難しいけど……。雰囲気だよ! 雰囲気がそっくり!」
「どんな雰囲気ですか」
「それも説明できないけど! とにかく似てるの!」
そう大きな声で誤魔化して、大園先輩は、僕に同じ質問を返してくる。
「峯村クンはどこを見て、村口さんに似てると思ったの?」
と言われて、僕は少しだけ自信を持って答えた。
「まず眼です」
「眼?」
「眼尻が、さっと横に一線引いたようになってるのが、似てます。まつげが長いのも似てる。あとは髪の長さとか、艶感とかも、村口さんの髪を植えたみたいに似てます」
僕は、自分の観察の結果を、ありのままに言った。
……のだけど、言いすぎてしまったらしい。
木戸口さんは、生徒会室に入るときよりも、顔が不健康な色になっていた。
大園先輩も、ウーと口をとんがらせて、驚きを隠せない様子だった。
「……まぁ、なんとなく、ですけど」
「……よく見てるんですね」
といったのは、木戸口さんだった。
「いや、その、ついというか」
「……つい⁉ つい、で舐めるように観察をしてるんですか⁉」
また余計なことを言ってしまったと、後悔しても、もう遅かった。
木戸口さんは、いよいよ震えだしてしまっている。
その木戸口さんの様子を見て、大園先輩が何とか弁明を試みる。
「ごめんね! 峯村クンも、悪気があったわけじゃないんだよ!」
「……そう、ですか」
それでも、木戸口さんは取り付く島もない対応だ。
「峯村クンはね、絵を描くのが上手だから、こんな風に、よく誤解されちゃうんだよ!」
「よく!? よくしてるんですか! こんなことを⁉」
木戸口さんが信じられないものを見るような目で僕を見る。
僕は、なんとか弁解しようと、
「いや、その……。た、たまに! たまにだよ!?」
と、言ったけれど、大園先輩が、
「そうだよ! たまに変人だと思われたり、ナンパだと思われちゃうこともあるけど、いい男の子なんだよ!」
「ナンパ癖のある男……⁉」
「先輩、ちょっと静かに!」
大園先輩が暴走を始めた。
慌てて、僕が止めに入ったけれど、もう遅かった。
「……じ、自分、もう、帰りますね!」
と言い残して、木戸口さんは、生徒会室から逃げるように、逃ていった。
「あ、ちょっと!」
ガンッと扉が、音を立てて閉じられた。
「なんだか……ごめんね……?」
「最悪だあああ!」
僕は、自分の不運を嘆いて泣いた。
変態の汚名を被されたことを嘆いて一晩中泣いた。
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