「じゃあ、お願い!」
「うん。それじゃあ、板書はお願い」
「わかった~」
日直の相方に板書を託して、僕はゴミ袋を持って教室を出た。
向かうのは、体育館裏にあるゴミ捨て場だ。
本当は、昨日の日直が捨てておくべきなんだけど、捨て忘れてしまったらしい。
昨日のゴミがずっと教室の隅に置いてあるのは、なんとなく気分が悪いということで、僕が捨てに行くことにした。
ゴミは朝回収されるから、僕はゴミ捨て場ヘと急いでいる。
校舎を出て、体育館へ向かう。
そしてその裏のゴミ捨て場に――と、体育館の曲がり角を曲がろうとした時。
体育館裏に誰かがいることに気がついた。
僕は思わず、隠れてしまった。
体育館の角に背中をぴったりとつけて、耳をそばだてて、様子をうかがう。
「木戸口さんって……に……てるよね」
「別に……、そうじゃ……です」
「でも……てる、そっくり」
「色んな人に、……って……われます」
「俺の友達も……、……って」
「……そうですか」
体育館の裏にいるのは木戸口さんだ。
僕はそのことを察知すると、なぜかドクンと心臓が跳ねて、血液を活発に運びだそうとし始めた。
木戸口さんは、誰か男といるらしい。
それがわかると、二人の会話がより気になった。
「マジ、木戸口さん似てるよ、アイドルの下関ゆまに」
「アイドルですか……?」
「ゆわれない?」
「言われない、です。自分がアイドルなんて……」
より集中して話を盗み聞きしようとすると、鮮明に会話が聞こえてくる。
「そのさ、自分って言うのなんなん?」
「え?」
「普通は、女の子は自分って、ゆわんくね?」
「ああ……、そうですね」
「じゃあ、なんでなん?」
確かにそうだ。
木戸口さんの一人称が自分なのは、木戸口さんの見た目にも性格にも、合っているようには思えない。
と言っても、僕から見る木戸口さんは村口さんに似ているから、本当の木戸口さんはどんな風なのかはわからないけど。
でも、とにかく、合っていない気がした。
二人の会話は、男7:木戸口さん3の配分で進む。
「わかりません。でも、自分って言うのは大事な気がして」
「そうなんや。でも、ギャップがいいんじゃない。なんかキャラが立ってていいってか、面白いし」
「……そうですか」
そう木戸口さんが答えてから、ほんの一瞬だけ、妙な間があった。
僕は気になって、その一瞬を使って、体育館の角から顔を出して、二人の様子を垣間見る。
それから男がとある提案を持ち掛けた。
「でさ、もしよかったら付き合わない?」
「……何にですか?」
切り出した男はもう戻ることはできない。
男は口から桃色の吐息を溢している。
その濃色は揺れ動く線となって、木戸口さんへと突き進む。
「俺と付き合ってくれない?」
男の提案には傲慢があった。
声の調子から言葉の重みを感じなかった。
「……え?」
やっと、男の言う意味に気づいた木戸口さんは、ありえないという風に、手を口に当てる。
その足は震えていた。
木戸口さんは明確に怯えていた。
「どう?」
そう言う男は、品定めしているかのような、ベタついて糸でも引きそうな眼線。
「……ちょっと、いまは、その」
木戸口さんはそう逃れる。
苦し紛れだ。
でも、逃げの口実には十分だ。
「そっか。じゃあ、いつまで待てばいい?」
「えっと……」
「じゃあ、来週までには、答えを教えて?」
「……はい」
男はもっと上手だった。
木戸口さんは来週までに答えを出さなければならない。
そうなれば、自然と、木戸口さんが男について考える時間は増える。
そう言い切って、男は用事が済んだらしい。
「じゃあね。また、来週、ここで」
男はどんどんこっちへ向かってくる。
やばい!
僕はとっさに体育館の入り口へと張り付いた。
そこは少し窪みになっていた。
ここならバレないかもしれない。
僕は息をひそめる。
男が角から出てきた。
男は軽薄さが顔面に浮き出ていた。
瞬間の感覚でしか生きていない顔つきだった。
男は僕に気づかずに校舎の方へと、手をポケットに突っ込んだまま、小走りで去っていった。
僕はほっと、息を吐いた。
そして、男の出てきた体育館の裏へと急ぐ。
そこでは、木戸口さんが、膝を抱えて泣いていた。
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