「ハンナ、負傷者は? タダイ、ダネル! 城壁上の魔導兵を排除しろ。狙い撃ちにされるぞ。無事な者はその援護だ」
ボルドが矢継ぎ早に指示を飛ばしていると、ハンナが近寄って来て報告をする。
「大丈夫です。負傷者はいません」
ボルドはハンナに向かって頷くと、今度はイェンスに顔を向けた。イェンスがそれに気がついて口を開く。
「四人、やられた。こちらは俺を入れて、残り五人だ」
「すみません……」
「馬鹿野郎、謝る話じゃない。お前の隊を守るのが俺たちの役目だ」
「はい……ですが、すみません」
尚も謝ろうとするボルドにイェンスは苦笑を返した。
「で、どうする? 城門まで塹壕は後、三つだ」
「先発した突撃部隊はどうなったのでしょうか?」
ボルドの言葉にイェンスは難しげな表情を浮かべた。
「分からん。流石に全滅ってことはないだろうな。奪ったどこかの塹壕で、俺たちと同じように足止めされているといったところか……」
ボルドもその意見に頷きながら同意する。
「どうする、ボルド少尉。このまま突っ込むか?」
イェンスの言葉にボルドは即座に否定も肯定もできなかった。城壁の上から、そして敵の塹壕からも攻撃を受けて突撃するのは、確かに危険であるように思えた。例えイェンスたち重装歩兵を盾にして突撃しても、敵の塹壕内に魔道兵がいたら格好の餌食となるだけだ。
その時、逡巡するボルドたちを横目に塹壕の横を駆け抜けていく一団があった。
先頭を重装歩兵が三人。横に二人。最後尾に一人。その中心には人族と思しき少年の顔が見えた。
……先頭を走っている重装歩兵は第五特別遊撃小隊を率いているマルガル少尉に違いなかった。
「無茶だ。戻れ!」
聞こえるはずもなかったが、ボルドは思わずそう叫んでいた。
だが、彼らは止まらずに足を進めていく。
正面に見える塹壕から上半身を出す二人の敵兵が見えた。
……魔道兵。
直撃だった。先頭のマルガル少尉が持つ大盾を何なく吹き飛ばして、魔道兵から放たれた火球はさらにマルガル少尉の頭部を直撃した。
マルガル少尉の巨体が斜め後方に吹き飛ばされていく。しかし、一団はそれすらも怯まずに歩みを進める。
「タダイ、援護を! 前方の敵塹壕と横の城壁だ」
小銃で狙うにはどちらも距離があり過ぎた。だが、ボルドにはそう叫ぶ他になかった。
次いで一団の左横を守る二人の重装歩兵二人が、ほぼ同時に短距離魔法によって吹き飛ばされた。
無茶だ! ボルドは改めて思う。正面には塹壕の中に二名の魔道兵。城壁上にも数名の魔道兵が並んでいる。これだけの数に囲まれていては、ほぼ狙い撃ちとなってしまう。
その時、突如として最後尾にいた重装歩兵が大楯を投げ捨てると、前を走る少年をその両手で抱えあげた。そしてオーク種特有の咆哮を上げながら、その走る速度を上げた。
確かに大盾は重石の一つとなっているのだろう。だが、それを捨てたところで分厚い鎧を装備している以上、走る速度はたかが知れている。そして、やはりそれはお世辞にも速いといえるものではなかった。
正面の塹壕内にいる魔導兵の放った火球が、咆哮を上げながら走る重装歩兵の肩口で弾けた。その衝撃で重装歩兵の半身が大きく捻れたが、少年を守るように抱えて走る重装歩兵の足が止まることはなかった。
もう少し、もう少しで敵の塹壕だ。
ボルドは心の中で叫ぶ。気がつくと片手の拳を固く握っていた。
その時、城壁上から放たれた火球が重装歩兵の側頭部に直撃した。その一撃で重装歩兵の体が大地に投げ出される。
重装歩兵の体が大地に投げ出された瞬間、その体の下から飛び出す黒い影があった。
……重装歩兵が抱えていた志願兵の少年だった。
「もう少し、もう少しだから!」
気がつくとボルドの横にはルーシャが立っていて、彼女がそう叫ぶ。
少年の周りで二度、三度と火球が弾けたが少年に直撃はしなかった。急に現れたために狙いが定められなかったことと、重装歩兵よりも的となる体が小さかったことが幸いしたのかもしれない。
敵塹壕の中から小銃を構えた数名の敵兵が姿を現した。小銃の銃口が日の光を禍々しく反射させていた。
「駄目!」
隣のルーシャが短く叫ぶ。その瞬間、それがまるで聞こえたかのように少年は宙を飛んでいた。塹壕まではまだ距離がある。だが……。
宙を飛ぶ少年が白く光ったように見えた。それに銃声が重なる。
「伏せろ!」
ボルドはそう叫んで隣のルーシャに覆い被さった。直後に爆発音と小石が混じった爆風がボルドたちの潜む塹壕を襲った。
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